後藤致人『内奏──天皇と政治の近現代』
後藤致人『内奏──天皇と政治の近現代』(中公新書、2010年)
昔も今も日本政治における天皇の位置付けというのは非常にナーバスな問題をはらんでいるが、本書は、臣下が天皇に対して報告・意見具申を行う「奏上」に注目する。奏上、言上、上奏、密奏、内奏etc.と様々な表現があるが、明治憲法下で政治システムが整備された際、制度化されたものを「上奏」、成文化されていない政治的慣習として行われるものを「内奏」と言う。ただし、実際にはだいぶ混乱していたらしい。太平洋戦争末期、終戦の意見具申を行った「近衛上奏文」は、近衛個人が行った点では「内奏」だが、政治的な意図を込めて「上奏」と表現されたと考えられる。
戦後、天皇が象徴に祭り上げられたことで「上奏」はなくなったが、「内奏」は慣習として続いている。「内奏」の内容が漏洩すると、場合によっては天皇の政治利用として問題化されることもあった。憲法は変わっても昭和天皇は政治への関心が強かったため、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘など保守系政治家は折に触れて内奏していた。もちろん昭和天皇が政治的意思決定に関与することはなかったが、天皇の「御下問」が政治家個人の心情に響くシチュエーションもあったようだ。ただし、政治家の世代交代につれて天皇との心情的距離感も開いていく。非制度的な慣習の中に残った政治的関係を窺う視点として興味深く読んだ。
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