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2010年5月12日 (水)

2010年5月1日 北京

・5月1日から5日まで北京と天津を歩き回った。
・基本的な関心事としては、近現代史に関わる事件や人物にゆかりのある場所を一つ一つ訪ねて回ること。都市の距離感や街並みの色合い、におい、音、そういったものを体感すること。そのため、時間の許す限り自分の足を使って歩く。
・中国大陸に足を踏み入れるのは初めてで、連絡の取れる知人もいない→不測の事態に備えて現地ガイドの人と連のつく態勢を取るという意味で旅行代理店を通して飛行機・宿泊先の予約をした。歩き回ったのは都市部だけなので、一人旅でも治安上のトラブルには遭遇しなかった。

【一日目:5月1日(土)】
・午前10:30羽田空港発→(現地時間)午後13:30頃北京首都国際空港着のANA便NH1285。
・旅行会社の現地案内の方が出迎えに来てくれていた→宿舎までの車中で基本的な説明。明日の夜の京劇鑑賞の予約だけ頼み、あとは帰国まで一人で自由行動。
・空港から宿泊先まで車で40分くらいかかったろうか。高速道路で北京市内に入る。北京の自動車の渋滞はひどくて、平日はナンバープレートごとに規制、休日は規制なし、とのこと。
・午後15:30頃に宿泊先の北京宝辰飯店(Howard Johnson Paragon Hotel)に到着。アメリカ資本との合弁のようだ。北京駅(写真)のすぐ目の前で立地は便利。部屋の居心地はとても良い。
・荷物を置いて、すぐ外出。もう夕方だが、外気は暑い。今日は30度くらいまで気温は上昇したらしい。つい先日まで北京はむしろ寒くて季節の植物の開花が遅れていたくらいと現地ガイドの方から聞いた。異常気象。この暑さは予想外だった。
・宿泊先のすぐ目の前にある北京駅から地下鉄2号線に乗る。地下鉄は一律2元ということは事前に調べてあったので、乗車券の窓口へ行き、人の流れに沿って並んで買う。それから地下に降りる。セキュリティ・チェック。制服を着た少年少女(ボランティア? 見習い兵?)が荷物を通すよう乗客に指示している。バックやリュックなど大きめの荷物を持っている人はそれをベルトコンベアーに乗せて検査台を通す。ボディー・チェックまではされないから、腹巻に爆弾でも巻き込んでいても分からないのではないか。北京の街中では公安や武装警察などの制服姿をよく見かける。人民解放軍も含めて30万人の治安担当要員が北京にはいるらしい。
・地下鉄2号線の長椿街站で下車。長椿街を南下。中国の交通マナーの悪さに慣れないと命にかかわる。十字路で自動車は人がいようと関係なく平気で右折してくるし、赤信号でも歩行者は堂々と横断する。この辺のタイミングはすでに台湾で慣れている。どうしても恐い場合は地元の人が渡るのについていく。
・北京の街中では台湾資本のチェーン店を時折見かけた。例えば、ドラッグ・ストアの屈臣氏(ワトソンズ)、メガネの寶島眼鏡、コーヒー・ショップの上島珈琲など。
・長椿街站から歩いて30分ほどで牛街礼拝寺に到着(写真写真)。中国イスラムのモスク、いわゆる清真寺である。辺りには白い帽子を被った人を見かける。回族の人か。
・礼拝寺に入る。おそるおそる中をのぞいてみたら、入口管理室前で白衣に白帽、髭面のおじさんが地元観光客相手に何か説明をしている最中。脇にあった説明板(中文+英文)を読んでいたら、後ろから「何か御用ですか?」と声をかけられた。私に話しかけられているとは思わなかったので反応が遅れたら、「コンニチハ」と日本語であいさつを受けた。拝観料は10元。ポケットを探って、取りあえず出てきた100元札を出したら「額が大きすぎるよ」と笑われたので、さらにポケットを探して10元札を渡す。解説パンフレットをもらった。
・牛街礼拝寺は北京で最も古いモスクで、10世紀まで起源はさかのぼる。建物は中国風。中庭にある鐘楼は邦克楼、説明板を見るとミナレットとなっている(写真)。この中に来賓の記念写真が貼られていて、ハタミの訪問も受けたようだ。礼拝堂の本殿に非ムスリムは入れない。裏手には聖者のお墓(写真)。歩いていたら、彫りの深い顔立ちの青年とすれ違い、目があったのでお互いに会釈。ウイグルの人か。本殿前のベンチに腰掛ける。外の自動車の喧騒は遠くに聞こえる。夕方の涼風の中、鳥のさえずる声。
・礼拝寺横の路地を東に向かって歩く。途中、牛街清真牛羊肉市場という看板を見かけた。地下1階まで大きく入口が開いており、そこからカレーのようなきつい臭いが路上まで漂ってくる。香辛料か。故障したエスカレーターを降りていった。明かりが暗めの市場、さばかれた牛や羊の肉がぶらさげられ、時間はずれだからかお客はまばら。香辛料と羊肉の入り混じった臭いがちょっと苦手なので、すぐ外に出た。
・ちょっとした商店街風の大きめの通りが、やがて細い胡同に変わった。地図を確認しながら進む。所々くしの歯が欠けたように家屋が崩されている。残された家屋も崩れかかって荒涼としているが、その中に人々が暮らし、家族で食事している姿も開いた門から見えた。殺風景のようではあるが、中からばっちりオシャレした女の子が出てきたりもする。壁に「折」のペンキ印も見かけたから、この辺一帯の胡同はすべて更地にされる予定があるのだろう。10分くらい歩いたろうか、大通りに出た。菜市口大街である。この通りに沿った一帯にはすでに新しい高層マンションが建ち、脇につけられた道路もきれいに舗装されている。菜市口大街にはつい最近地下鉄4号線が開通したばかりである。新路線に合わせて胡同をつぶし、マンション等造成の再開発という形で北京の街並は変わりつつあるということだろう。
・牛街の方から抜けてきた胡同が菜市口大街とぶつかるところに譚嗣同故居写真写真)。ここから菜市口大街と並行する胡同をぶらぶら歩いていたら紹興会館もあった。
・菜市口大街と交差する大通りの広安大街を東に進む。少しして米市胡同に入る。康有為故居写真写真)。ここに康有為の出身地の南海会館があったらしい。当時、地方出身者ごとに同郷互助組織のような形で建てられた会館に上京者は暮らすケースが多かった。北京の城外南部には会館が集中していたという。この区域から牛街までも歩いて一続きとなっているが、イスラム系の人々がやはり同胞意識を持って集まり住んだから礼拝寺も整備されたということか。
・なお、広安大街から康有為故居のある胡同に入ってすぐのところはすでに崩され(写真)、くず拾いしている人の姿がみえた。北京の街中を歩いていると、三輪自転車の後ろのカゴに廃品を載せたくず拾いと時々行きあう。その呼び声には節がかかっていて、ちょっとした歌のようだ。日本の廃品回収車と同様か。
・湖広会館に出た(写真写真)。同郷者を集めて故郷の演劇を催す舞台があり、現在は観光客向けに京劇を上演している。なお、孫文が一時期この会館に滞在していた。
・南新華街を北上、瑠璃廠へ。書画骨董のお店が並ぶ通りである。北京に滞在した学者・文人の随筆などを読むとここで何々を見つけた、何々を買ったというような記述をよく見かける。写真は夕暮れの中の瑠璃廠の街並み。
・東へ向かい、細い胡同をしばらく分け入って、大柵欄に出た。繁華街である。今日はメーデー、建前上は社会主義を標榜する中国では祝日であり、人々でごった返している。まっすぐ歩くと前門大街とぶつかる。ここは歩行者天国のようで自動車が入ってこないので、大通りというよりは広場という感じだ(写真写真)。
・焼売で知られる都一処が目に入った。かつて乾隆帝がお忍びで食べに来たという逸話がある。夕飯でも摂ろうと思って入ったが、ただし、体調としては疲れていて、あまり食欲はない。少々無理する感じではあったが、焼売と、五穀粥のようなのを注文。焼売は、上の皮がヒラヒラとしたフリル状に飾りつけられていた。
・前門大街はレトロな雰囲気の漂う繁華街として整備されており、観光用の路面電車も走っている。写真はユニクロ。写真は路面電車と星巴克(スターバックス)。写真は路面電車と正陽門(前門)。この正陽門の北側に天安門があり、さらにその向うが故宮である。正陽門脇には1901年に建てられた北京駅がある。現在の北京駅は東へ2~3kmくらいの所に移転されているが、正陽門前の旧駅は改修保存して北京鉄路博物館となっている(写真)。写真の向うに見えるのは旧アメリカ公使館。東交民巷である。
・もう暗くなってきたが東交民巷をぶらぶら歩き、天安門広場の方に出た。お上りさんでごったがえし、その中に混じるように公安、武装警察がうようよ、人民解放軍兵士が小走りに行進。初年兵の訓練か。武器は持っていない。歩哨に立つ兵隊さんに観光客が道を尋ねると、直立不動で返事していた。天安門広場に入るだけでもセキュリティ・チェックを受けねばならず、面倒くさかったから帰る。上海万博開幕に合わせた記念行事でもやっていたのだろうか。天安門広場で公的行事があるとき、天安門近くの地下鉄駅(1号線の天安門東、天安門西、2号線の前門)は閉鎖され、電車は通過する。今回も5/1~5/3まで閉鎖されていた。写真はライトアップされた天安門。
・北京で最大規模の書店、王府井書店をひやかす。開店60周年記念ということで著名な作家や学者に講演してもらったという趣旨のポスターがエスカレーター脇にぶらさがっていた。ロケット工学専門家の院士(ドクター)の梁思礼の名前が中にあったが、たしか梁啓超の息子のはずだ。私は台湾へ行ったときには書店でいつも本をごっそり買い込むが、言論統制下にある中国ではあまり買い込もうという気力がわいてこない。
・夜はホテルでテレビ。ニュースは上海万博関連一色。テレビドラマは、共産党による建国物語みたいな現代史ものが結構多い。真ん中横分けヘアは若き日の毛沢東、眉が太くてテキパキ動くのは周恩来、ハゲ頭で偉そうなのが蒋介石、蝦蟇ガエルみたいな顔しているのは蒋経国か。すぐ分かる。音楽チャンネルのMTVをつけたら、繁体字の字幕が出る番組をやっていた。萌え系ロリータ・アイドルにセーラー服を着せたりして、日本の芸能番組風の演出。明らかに台湾制作番組だ。日本の“萌え”文化は台湾経由で中国に流入しているのか。中国の芸能番組等は実質的に台湾人がプロデュースしているというのを何かで読んだか聞いたかした覚えがある。

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