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2010年4月15日 (木)

小野川秀美『清末政治思想研究』

小野川秀美『清末政治思想研究』(1・2、平凡社・東洋文庫、2009~2010年)

・1969年刊行のみすず書房版には、洋務運動、変法論(康有為、譚嗣同、戊戌変法)、義和団時期における革命論、厳復や梁啓超における進化論の影響、章炳麟の排満・漢族ナショナリズム、劉師培の無政府主義などをテーマとした論文があり、今回、東洋文庫の増訂版ではさらに孫文や中国革命同盟会の機関誌『民報』に関する解説が採録されている。それぞれ別個のテーマによる論文だが、アヘン戦争の衝撃から辛亥革命に至るまでの思想的反応を描いた通史として一貫した流れができている。洋務→変法→革命という見取り図は、近代化論的バイアスとしてその後批判にもさらされたようだが、少なくとも近代中国政治思想史研究のたたき台としての役割を本書が果たしたことは確かだろう。
・個人的な関心からメモ。梁啓超の「新民説」:彼は康有為の大同説から徐々に進化論へと軸足を移した。進化生存競争の理により、民族存続のため時勢に適応する必要という問題意識→そのために「国民」全体の変化が必要だとして、民主主義、公徳、国家意識などを強調→かつて洋務派が「技術」の変革を、変法派が「制度」の変革を模索したのに続き、この段階における梁啓超は「国民」の変革、つまり国民国家の形成を主張したと言えるようだ。彼は「自由」の先駆的主張者でもあったが、やがて自由平等の論が野放図に流行するのを目の当たりにして「開明専制」論を主張するようになる。
・康有為は「華夷の別」を文化的問題と把握→民族の問題は出てこない。対して、章炳麟は華夷思想の根底に排満意識としての民族主義を強烈に打ち出す。
・立憲か革命か? 当初、章炳麟は種族(漢族)の光復を第一に主張、それは政体の変更とは関係ない。ところが、鄒容『革命軍』などが現われる時代風潮の中、政体の変革=革命→共和政体の主張も加味するようになる。
・劉師培は張継を通して無政府主義に傾倒。張継は北一輝の紹介で幸徳秋水に敬服。また、章炳麟も北や幸徳たちと接点あり。中期『民報』での章の主張には排満と同時に虚無の主張も散見される。

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