奥野信太郎『随筆北京』
奥野信太郎『随筆北京』(平凡社・東洋文庫、1990年)
奥野は昭和11~13年まで外務省派遣の特別研究員として北京に滞在、その折の見聞から触発されるようにつづられた随筆集。街に行き交う人々の光景、小吃の風味、芝居のこと、そういった諸々の話題も、いつの間にか古典から現代文学まで幅広く引きながら一種風格のある文章にまとめ上げてしまうのは、やはり奥野の筆さばきのたくみさである。物売りの呼び声は東京ではもう聞けなくなったな、と言いつつ北京の呼び声を記して、それがちょっとした詩のようであるのも面白い。丁玲について好き嫌いこもごも感想を記しているのは、当時にあっては現代文学を論じていることになるのか。この随筆が中国論としてどこまで通用するのか私には判断しかねるが、むしろ奥野の話芸を堪能するという読み方になるのだろう。
折しも盧溝橋事件が勃発、東交民巷での避難生活の描写が興味深い。周作人、銭稲孫など北京残留知識人との会見記もある。冀東防共自治政府の殷汝耕とも会っており、彼の日本語はたくみで豊かだと論評しているが、逆に、上から目線のようにも思えて気になった。中国滞在中の中国専門家が中国側要人と中国語で会話したわけではなかったのか。奥野に特別な意図はなかったろうが、日本軍占領下の雰囲気が、逆説的にではあるがうかがわれる。
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