齋藤希史『漢文脈の近代──清末=明治の文学圏』
齋藤希史『漢文脈の近代──清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会、2005年)
・一方的な影響や受容という捉え方ではなく、日本・中国それぞれにおけるエクリチュールの変容を可能にした言語意識の重層性に着目しながら、東アジア近代における漢字を媒介とした文学的インタラクティブを読み解く。関心を持った点を以下にメモしておくと、
・「和漢」→「漢」は「和」に入り込んで境界が曖昧。しかし、Japan and Chinaと表記すれば両者は明確に区別されるという視点の転換→China=「支那」という表現は、西洋人と同じ目線に立って、外部から中国を指す→「和」に入り混じった中国経由の文化を外在化し、日本固有の「伝統」を創出しようという意識。
・梁啓超の母語は広東語であり、北京官話は苦手。しかし、科挙準備のため経学を学ぶ→文言による枠組みが漢民族=「中華文明」の一員としてのアイデンティティー。日本語は仮名を使って漢字を補うため識字率が向上したと梁は指摘。西洋の学術成果摂取の手段としての日本語→漢文訓読の逆のようにして日本語を読む方法を考える。洋学習得には時間と労力がかかるため中国の学問習得の余裕がなくなる→日本語経由が効率的という判断。小説の通俗的大衆性→啓蒙の手段として小説を利用する効用主義(文学としての価値ではなく)→矢野龍渓『経国美談』や東海散士『佳人之奇遇』など明治政治小説を翻訳紹介。
・森田思軒の翻訳テクスト→翻訳にあたり日常言語に埋没させないよう敢えて直訳体の異化作用。その国の言語にはそれぞれの「意趣精神」がある(→近代国民国家における国家としての固有性追求と親和的)ことを、小説の翻訳過程で意識された点が指摘される。森田は、頼山陽の漢文の分かりやすさは朗誦して耳に入りやすいところにあると評価→中国の規準に無理やり合せる必要はない→表現対象に即したリズム中心の文体として把握→森田はこうした漢文脈の把握を通して、翻訳の際に可塑性のあるものとして漢語、口語の使い分け、文体の自由を獲得。
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