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2010年4月 6日 (火)

坂野正高『中国近代化と馬建忠』、岡本隆司『馬建忠の中国近代』

坂野正高『中国近代化と馬建忠』(東京大学出版会、1985年)
・馬建忠(1845~1900)は天主教徒の生まれで、洗礼名はMatthias。西欧諸語に通ずると同時に、科挙の勉強もした。李鴻章の幕僚として洋務の現場に従事、1877~1880年初めまでフランス滞在。1890年代からは上海に隠棲。この頃、梁啓超は馬建忠およびその兄の馬相伯からラテン語を習っている。馬建忠は中国語の文法書『馬氏文通』の著者としても知られている。
・本書は馬建忠の意見書を検討。とりわけ、外交官、海軍などの人材育成システム、人事行政、訓練計画など、専門家集団の確立と合理的組織運営の必要性を提言→「近代化」との関連で注目される。インフラ整備の必要性→借款をしてでも鉄道建設を主張。海軍建設は失敗したが、鉄道技術者層の造出には成功。
・「擬設繙譯書院議」の訳文を収録。

岡本隆司『馬建忠の中国近代』(京都大学学術出版会、2007年)
・馬建忠は李鴻章の意を受けて朝鮮に派遣された。壬午軍乱の具体的経過について馬の「東行三録」を訳出。彼は西欧的知識に馴染んでいるが、同時に現実に応じて臨機応変の外交政策立案→「属国自主」の論法で朝鮮問題、ヴェトナム問題に対処。
・済物浦条約は手ぬるいと「清流」派からの弾劾、「洋務」派内の勢力争い、本人の性格的問題などで昇進できず。上海では盛宣懐とも対立。
・「富民論」を訳出→貿易、金鉱開発など経済政策の提言。これは経済思想というよりも、当人の就職目的の自己推薦書なのではないかと指摘。外交面では辣腕を振るった彼だが、企業経営家としてはパッとしないのはなぜか。この論文のテーマとしての「民」「富」と「国」「強」とを媒介する社会的・制度的条件が清末期には存在せず、彼のヨーロッパ体験や学知とそうした現実の社会構造とがかみ合ってなかったのではないかと指摘される。

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