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2010年4月16日 (金)

陳立新『梁啓超とジャーナリズム』

・梁啓超の議論は一貫性がなかったとよく言われるし、彼の『清代学術概論──中国のルネッサンス』(小野和子訳注、平凡社・東洋文庫、1974年)でも自らそれが欠点だと記している。ただし、『清代学術概論』では、彼の師匠にあたる康有為がせっかく孔子改制論を通して多元的議論の可能性を開いたにもかかわらず自分の断案に独善的に固執してしまったことを批判、それと対照させる形で梁自身の一貫性のなさを並べる構図となっている。極端はダメよ、というニュアンスで多様な立場を相対化させるため自分を敢えて戯画化したのではないかと私は解釈したのだが、深読みにすぎるか。

・明治期日本でもそうだが、近代初期の言論活動においては国民への啓蒙という問題意識が明確に打ち出されていた。陳立新『梁啓超とジャーナリズム』(芙蓉書房出版、2009年)は言論誌での活動を主軸として梁啓超の生涯と議論の変遷をあとづける。
・私は梁啓超のことを詳しく知らないので本書からは興味深く勉強させてもらったのだが、本のつくりとして読みづらいのは残念。博士論文ということで、出版義務があるから出した本なのかもしれないが、せめて日本語のチェックくらいしっかりやってあげても良かったのではないか。後半はまだしも、前半は赤字で添削したくなって腕がウズウズして、内容に集中できなかった。
・上海イギリス租界で『時務報』(1896~1898年)の主筆。
・1898年、戊戌の政変で日本へ亡命。横浜で『清議報』(横浜居留地139番。1898年12月23日~1901年12月21日停刊。社屋が火災で焼失したため)、『新民叢報』(横浜山下町152番、後に160番。1902年2月8日~1907年11月20日。保皇会の大同訳書局から資金援助)を創刊。学術思想に着目。国民国家の理念を主張。日本をはじめ外国の新聞記事の転載も多い。また、『新小説』に政治小説を執筆(ドイツ的国権派とフランス的立憲民主派とが議論する作品もあったらしいが、中江兆民『三酔人経綸問答』の豪傑君と洋学紳士を思い浮かべた。その作品を読んでないので何とも言えないが)。
・『民報』(主筆の章炳麟は排満の種族革命を鼓吹)との論争。革命派に対抗して1907年10月17日、神田錦輝館で政聞社を設立。
・『国風報』(上海、1910年2月20日から)。京都の島津製作所がスポンサーになっていたらしい。1911年3~4月まで林献堂の招きで台湾へ行き、その紀行文を『国風報』に連載。
・いわゆる「革命史観」の中では清朝の予備立憲は評価されない。しかし、梁啓超は民主共和への橋渡しとしての「開明専制論」を主張、これを清朝が採用した。リアルな政治的配慮が彼のジャーナリズムの特質として評価される。「開明専制論」を支持する立憲派は非暴力的に国会請願運動を展開。これは暴力路線も含まれる革命派とは異なる。辛亥革命勃発時には清朝の予備立憲段階として設立されていた地方諮議局(地方議会)の有力者(日本留学経験者も多く、政聞社のメンバーとも重なる)が動いた。辛亥革命後、梁は「虚君共和論」を主張。なお、本書では触れられていないが、日本植民地下の台湾で台湾議会設置請願運動を指導した林献堂はかつてこの方針を梁啓超から示唆されていた→以前に周婉窈《日據時代的臺灣議會設置請願運動》(自立報系文化出版部、1989年)を読んでこちらで取り上げた。
・1912年10月、約14年間にわたった亡命生活を終えて中国へ戻る。12月1日、天津日本租界旭街17号で『庸言』(奇妙なことは言わないという趣旨。英語名はThe Justice)を創刊(~1914年6月5日)。
・1913年9月、熊希齢内閣が成立して梁啓超は司法部長として入閣。
・1915年1月25日、『大中華』(~1916年12月20日)を創刊、政界離脱を宣言。感情論を克服するため学問に専念したい。日本の対華21か条要求に際しては対日批判。袁世凱の帝政に反対して護国戦争。
・その後、上海の『東方雑誌』(商務印書館)、『学灯』、北京の『晨鍾報』などに拠って論陣を張る。復辟論をめぐって師匠だった康有為と対立。
・1918年12月から欧州歴訪。1919年9月から上海で『解放与改造』(後に『改造』)。偏狭な愛国主義には賛同しないと明言。1920年、ベルグソン、ラッセル、ドリーシュ(ドイツの哲学者)、タゴールなどと会う。
・理智に関わることなら科学で解決するが、情感に関わることは科学では解決できない→唯物論派と論争。

・梁啓超を明治啓蒙思想、とりわけ福沢諭吉と思想史的に比較してみたら面白そうだという印象を持っている。例えば、議論の対象とした分野の多面性、ジャーナリスティックな政論でも学術的根拠を踏まえた議論を心がける態度、国民国家形成という問題意識、奥行きのある議論を平明な文章で表現したこと、などなど。あくまでも印象に過ぎないが。

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