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2010年4月20日 (火)

『周作人随筆』『日本談義集』

 『周作人随筆』(松枝茂夫訳、冨山房百科文庫、1996年)を読んだ。情景的雑感のつづられた文人気質の趣味的短文が集められている。素直に読みやすい、と言っても感想らしい感想になっていないじゃないかと叱られそうなのでもう少し言葉を補うと、近代中国で名のある人物の文章を読んでも、ジャンルや表現の問題という以前に、感性的に何か「硬い」という印象が強くて、なかなか感情移入できない戸惑いがいつもあった。周作人の随筆に見られる、中国、日本、ヨーロッパ、古今東西の典籍を踏まえた博引傍証は一見ペダンチックにも見える。しかし彼は、興を感じたなら素直に面白いと言い、不自然に格好つけた形式へと筆先を落とし込むようなことはしない。その筆先にこちらものっていくと、彼の感じた興趣がさもありなんと得心されてくる。そういう意味で素直に読めるということである。彼も多感な青春期には中国革命を夢見ていたわけで、政治意識がその後も完全消滅したわけではなかろうが、円熟した筆さばきはそうした無粋な「硬さ」を韜晦の中へと紛れ込ませてしまう。

 何よりも私は、ある種の達観めいた感性に共感を覚える。例えば、「風を捕える」という一文が好きだ。旧約聖書の『伝道の書』を引き、パスカルの『パンセ』を引き、「空はあるがままに空であらしめ、空なりと知りつつも、しかもまたひたすらこれを追跡し、見極めようとするならば、それははなはだ有意義なことであって、実際偉大なるかな風を捕うること、と言われるにふさわしい。」こういう感性を私は『荘子』を通して感じているのだが、いずれにしてもこのあたりの勘所が分かっている人の文章というのが私にはとてもしっくりと馴染む。

 周作人は日本文学に造詣が深く、『日本談義集』(木山英雄編訳、平凡社・東洋文庫、2002年)には知日派としての知見を披露した文章が集められている(上掲『周作人随筆』との重複もある)。目を引くのは、他国文化を見るとき、政治の次元と文化芸術の次元とは分けて考えねばならないという指摘だ。時あたかも日本軍が中国大陸へと侵略しつつある時期であった。周作人も日本軍の乱暴には憤りを隠さない。他方で、日本の政治レベルでの醜悪さだけを見て、文化レベルの繊細な美しさまで一括りに断罪してしまうのもおかしいとたしなめる。人生すべからく矛盾が混在しているもので、そこに性急に断案をつけることはできない。しかしながら、親日か抗日かと二者択一を迫られる中で第三の立場の余地はなく、結局、彼は日本に利用され、戦後は“漢奸”として断罪されることになる。

 私が周作人の名前を初めて意識したのは、学生の頃、図書館で益井康一『漢奸裁判史』(みすず書房、1977年)を読み、そこに彼の名前があるのを目にしたときだ。魯迅の弟ということは知っていたので、そのギャップが記憶に残った。その後、劉岸偉『東洋人の悲哀──周作人と日本』(河出書房新社、1991年)を読み(→こちらで取り上げた)、江戸文化的エスプリへの共感という点で周作人と永井荷風に共通したものを見出す指摘にいたく興味がそそられた。荷風については、その放蕩生活からほのめかされた自我の徹底、脱俗性=非政治性そのものが、当時における軍国主義的時代風潮に対する最もラディカルな異議申し立てであったと指摘されることがある。周作人は、彼自身の意向とはかかわりなく政治に巻き込まれてしまったところに一つの悲劇があったと言えるだろうか。

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