楊海英・新間聡『チンギス・ハーンの末裔──現代中国を生きた王女スチンカンル』、楊海英『モンゴル高原の文人たち──手写本が語る民族誌』
楊海英・新間聡『チンギス・ハーンの末裔──現代中国を生きた王女スチンカンル』(草思社、1995年)は、オルドス在住のモンゴル貴族出身女性スチンカンルから聞き取ったオーラル・ヒストリーをもとに、中国領内モンゴル人に襲い掛かった苦難を描き出す。彼女は共産党の活動に一所懸命に努力しても、「悪い出身階層」であるがゆえに認められない。そればかりか、難癖をつけられて迫害された。モンゴルの生活文化に対する漢人の無理解(定住化の強制、牧畜集団化の失敗など)はモンゴル人の生活基盤を崩してしまい、漢語教育の押し付けなど大漢族主義の傲慢さは、民族文化消滅の危機をもたらした。中国共産党がかつてモンゴル人を懐柔するためにアヘンを用いたことも指摘されている。文化大革命前後の残酷な迫害については楊海英『墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(上下、岩波書店、2009年)に詳しい(→こちらで取り上げた)。
上掲書はオーラル・ヒストリーだが、楊海英『モンゴル高原の文人たち──手写本が語る民族誌』(平凡社、2005年)は手写本に注目、そこに表現されている様々な語りを通してモンゴル史の再構成を目指す。日本の東洋学研究にも長年の蓄積があるが、かつてそれは主に漢文史料に基づいていたため漢人視点に立った塞外史としてモンゴル史を捉える形になっていた。そうした傾向は中国国内により顕著なことは言うまでもない。遊牧民族も自分たちの歴史を文字に記してきたにもかかわらず、漢人=文明/遊牧民=野蛮という偏見から、モンゴル語史料の価値が無視されてきたという問題意識を本書は示している。手写本の喪失はすなわちモンゴル文化消滅を意味する。反右派闘争・文化大革命をはじめ漢人から受けてきた政治的弾圧の中でも身を挺して守ってきた人々の努力に敬意が払われる。少数民族出身研究者は、場合によっては投獄されかねないようなナーバスな政治状況と隣り合わせである。従って、「自民族中心主義」「分離独立主義」などと言いがかりをつけられるような隙を見せないためにも客観性・政治的中立性に細心の注意を払わねばならないという難しさを、自身モンゴル人である著者は指摘している。
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