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2010年3月 8日 (月)

ヴィクター・セベスチェン『東欧革命1989──ソ連帝国の崩壊』

ヴィクター・セベスチェン(三浦元博・山崎博康訳)『東欧革命1989──ソ連帝国の崩壊』(白水社、2009年)

 東欧の共産党政権が連鎖的に崩壊していった1989年の東欧革命。そこに至るまでに各国で様々な人物群像が織り成した政治劇をブレジネフ政権の黄昏から説き起こし時系列に沿って描き出した歴史ドキュメンタリーである。事実関係の描写が中心で特にこれといった洞察があるわけでもないが、ゴシップ・ネタふんだんにナラティブな構成なので、浩瀚なボリュームでも飽きずに読み進められる。

 レーガンの言う「悪の帝国」とはあくまでも国内向けの選挙用レトリックにすぎなかったわけだが、ソ連指導部は意外と本気で受け止めて警戒心を高めており、レーガンは後で知って驚いたらしい。大韓航空機撃墜事件は、ソ連の防空システムの不備を上から叱責されるのを恐れた現場の焦りと、こうした指導部の恐怖心とが相俟ってもたらされたとも言える。相互の誤解をいかにうまくハンドリングするかが大切だが、他方で、このような誤解に基づく意図せざる連鎖が「ソ連帝国」崩壊劇の大きな流れに着実に組み込まれていったのも事実である。ベルリンの壁崩壊は東ドイツ当局者による記者会見発表のミスが引き金になった。そもそもゴルバチョフのペレストロイカはソ連の建て直しが本来の目的であって、ソ連の崩壊など全く想定していなかった。

 現在ならインターネットだろうが、当時はテレビが大きな役割を果たした。東ドイツ国民は西ドイツのテレビを見て当局発表とは違うものの見方に気づいていた。ルーマニアでは、式典でいつものように大衆歓呼を期待していたチャウシェスクに対して図らずも野次がとび、予想していなかった事態にうろたえた彼の表情を生中継のカメラがしっかりとらえてしまい、権力失墜へと直結する。東ドイツ、ポーランド、チェコスロヴァキア、ハンガリーでは社会的に根付いた民衆運動が政治を動かしたのに対し、ルーマニア、ブルガリアではむしろ「宮廷クーデター」による政権交代となった。語弊のある言い方かもしれないが、市民社会的感覚が一般に根付いているかどうかという「民度」の違いとして目を引いた。

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