橋本健二『「格差」の戦後史──階級社会 日本の履歴書』『貧困連鎖──拡大する格差とアンダークラスの出現』
橋本健二『「格差」の戦後史──階級社会 日本の履歴書』(河出ブックス、2009年)は、社会学的な「階級」もしくは「社会階層」という概念をもとに戦後日本社会における構造変化の動態を読み解く。「階級」と言ってもマルクス主義イデオロギーの不毛さとは距離を置いた学術用語である点に注意。「格差」は量的な差異を示す中立的用語だが、分断状態の質的差異が見失われやすい。「貧困」はイメージしやすい言葉だが、それをめぐる差異が目えづらい。「結果の格差」と「機会の格差」、二つの原理が理念的によく語られるが、現実には両方が絡まりあってカテゴリー間の格差再生産につながっており(例えば、教育機会の格差と経済状態は結び付いており、親の出身階級に左右されていることは近年指摘されている。苅谷剛彦『階層化日本と教育危機──不平等再生産から意欲格差社会へ』[有文堂高信社、2001年]を参照)、こうした問題を経済的・社会的資源配分の不均等としての「階級」概念によって可視化。資本家階級・労働者階級という二項対立ではなく、旧中間階級(自営業等)、新中間階級(正規雇用者等)を加えた四階級モデルが本書の分析視角。地位の非対称性と賃金格差が結び付いている点で、現在では正規雇用者と非正規雇用者との間に搾取関係のあることが指摘される。
橋本健二『貧困連鎖──拡大する格差とアンダークラスの出現』(大和書房、2009年)は現状分析。九割中流という幻想が破綻していることはすでに社会全体で実感されているが、自民党政権時代の政府・財界が「格差はみせかけ」と主張していた一方で、親の経済状態と子供の教育水準とが連動しているという問題意識から実態調査をしようとしても教育現場では「差別につながる」として反対があったらしい。その二重の意味での逆説が目を引いた。生活の不安定な非正規雇用の増大→従来型の階級構造のさらに下に位置するアンダークラスとなり、生活水準の低さから家庭形成困難→子孫を増やすという意味での世代再生産困難(山田昌弘『少子社会日本──もう一つの格差のゆくえ』[岩波新書、2007年]の結婚格差の指摘とパラレルな議論だ)。さらに、健康格差、生命格差の問題。自己決定は選択肢が健全に保証されてはじめて成立するが、機会格差拡大の現状を放置しながらそれを正当化しようとする「自己責任」イデオロギーの欺瞞が指摘される。
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