ツェリン・オーセル『殺劫[シャーチェ]──チベットの文化大革命』
ツェリン・オーセル著、ツェリン・ドルジェ写真(藤野彰・劉燕子訳)『殺劫[シャーチェ]──チベットの文化大革命』(集広舎、2009年)
「革命」をチベット語では「サルジェ」と言う。共産党軍がチベットに入ってきてからつくられた言葉らしい。本書のタイトル「殺劫[シャーチェ]」は、文化大革命がチベットにもたらした災禍を明確にするため、チベット語の「サルジェ」と似た発音の中国語単語の中から敢えて選ばれている。
文化大革命期にチベットで展開された光景を記録した写真はほとんど公表されていないが、本書には当時の写真が多数収録されており、資料的にも貴重な意義を持っている。著者の父親が撮りためていたものだという。この写真を何とか役立てたいと考え、ここに映っている人々はどんな思いを抱えていたのか、そしてここに映し出されている光景が意味するのは一体何なのか、そうした問いを投げかけながら、当時迫害を受けた人、紅衛兵や造反派として迫害を行なった人、70人以上の様々な当時の関係者に取材をした記録である。
煽動されて「造反有理」に邁進した少年少女たちの純情そうな表情。「牛鬼蛇神」(こんな概念自体がチベット語にはなく、中国語でぎこちなく発音されたらしい)としてつるし上げられた人々の打ちひしがれて力なく呆然とした諦め。背景に見える群集の不安げな戸惑い。チベット人はそれぞれの立場なりに緊張した面持ちを見せる中、漢人幹部の傲岸な笑顔が目に残る。父親が撮らされたヤラセ写真からも当時の状況は逆説的にうかがえる。
多くの人々が命を落とし、残された人々は身も心も傷を負った。続く造反派内部の武闘抗争。宗教文化の荒廃。漢語の押し付けと改名の強制。人民公社化は牧畜等の伝統的生活基盤そのものを崩してしまった。民族差別を階級闘争のロジックにすり替え、「所詮チベット人同士がやったことで漢人は関係ない」という逃げ口上は、楊海英『墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(岩波書店、2009年→こちらで取り上げた)でも指摘されていたのと同じ構図である。「批判闘争」のような抗争様式というのも、後天的に獲得された行動パターンという意味では一つの「文化」であり、それが外から持ち込まれたことによって、チベット仏教に基づく伝統的な生活形態の中では本来表面化することのなかった様々な醜さが意図的にほじくりかえされ無理やり表出させられてしまった。そうした意味での精神文化の破壊に目を覆いたくなるような悲しみを感じてしまう。
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