川島真『中国近代外交の形成』、青山瑠妙『現代中国の外交』、牛軍『冷戦期中国外交の政策決定』、王逸舟『中国外交の新思考』
川島真『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会、2004年)
・中華民国初期の外交を対象とした研究。この時期の中国外交については後世の国民党及び共産党の「革命外交」史観によって「売国外交」としてイデオロギー的にマイナス評価されてきた。対して本書は、外交档案の丹念な調査・読解を通して事実に即した中国近代外交史の再構成を目指している。
・中華民国北京政府は国際社会において「文明国」として対等に認知されることを志向(この点では清末外交との連続性が認められる)、それをテコとして不平等条約改正を目指した。→こうした「修約外交」は、スローガンばかり先行する「革命外交」とは異なり、具体的な成果あり。他方で、北京政府は「宣伝」「大衆動員」「説明」などをあまり行なわなかった点で19世紀的な政府であった。
・朝貢システムから近代外交システムへの移行期における朝鮮の位置付け:朝鮮半島を属国視したのは、伝統的な「中華思想」の表われというよりも、中国自身の国際社会における「強国」「大国化」志向と解釈される(朝鮮にとっては清もまた帝国主義的存在となっていた)。
・北京政府と広東政府との対峙、軍閥割拠と国内的には分裂していたが、同時に「中華民国」という枠組みにおけるナショナリズムは共有されていた→重要な国際案件についての態度は一致(パリ講和会議には北京政府・広東政府が全権代表を共同派遣)。ただし、政治主体としてのあり方が分節化されていたという状況。
青山瑠妙『現代中国の外交』(慶應義塾大学出版会、2007年)
・冷戦初期における中国の対外政策について、イデオロギー的アプローチor状況的アプローチ?→当初はソ連とアメリカとを両天秤にかけた柔軟性→ソ連からの支援があったから向ソ一辺倒政策を選択(状況的アプローチに適合的)。経済主権、自力更生のための手段として、政経分離で西側諸国との貿易も促進。
・「強硬路線」の中に見られる「柔軟路線」という中国外交の特徴:対外政策の形成・決定はトップダウン方式。最高決定者(毛沢東)が大原則を示す→ルーティンワークにおいて政策解釈権者(周恩来)が現実的な判断→各実務担当者、という縦割りのピラミッド型政策執行体制。
・中国による対外援助(特にアフリカ):①米ソを意識して中国の知名度向上が目的→②採算度外視の援助、③内政不干渉。ただし、④台湾ファクターは要求。方法としては、⑤「援助・貿易・投資の三位一体型協力」という日本モデル。⑥地方、国営、私営企業などのアクター。(※このあたりの議論については最近、Deborah Brautigam, The Dragon’s Gift: The Real Story of China in Africa[Oxford University Press, 2009]でも指摘されていた→こちらで取り上げた。)
・文革期の外交:外交分野は相対的に秩序安定。ただし、周恩来の権威低下→鄧小平らの地位上昇→改革開放。
・「内外有別」(国内問題、対外問題で異なる管理原則)→グローバル化の中で対外問題について行政の分権化。
・「一圏・一列・一片・一点」対外戦略:近隣諸国との友好関係、先進国との友好関係、発展途上国との連帯、対アメリカ政策。近年は「一点」とされていた対アメリカ政策の比重が低下。
・改革開放以降は経済優先の外交方針。
・PKOなど国連活動に参加:中国は世界秩序改編には関心がなく、既存のルールへの適応を選択。「自己認識」を変えないまま外からの「障害」を「外交」がうまく吸収、乗り越えながら国際的活動への参加。→国際社会への参加が中国内部に変化を引き起こすかどうか?(トロイの木馬効果)
・冷戦期におけるプロパガンダと、冷戦後におけるパブリック・ディプロマシー(中国に対するマイナス・イメージ払拭を目的)とを区別。
・中国国内の世論:政治的代表機能が限られている社会環境の中で、メディア(学者・研究者が発信)、投書・陳情(農民などサイレント・マイノリティー)、インターネット(都市部の若者→ネット世論)という三層構造。→政府は世論誘導のためメディアを活用し、外交機能も変化。
・全般的な特徴の変化としては、「断片化された権威主義」から「ソフトな権威主義」へ転換されるつつあることが指摘される。
牛軍(真水康樹訳)『冷戦期中国外交の政策決定』(千倉書房、2007年)は、政策目標の設定とその達成というイデオロギー・フリーの尺度から冷戦期中国が直面した外交問題を分析。具体的には向ソ一辺倒政策、朝鮮戦争(抗米援朝)、インドシナ戦争(援越抗仏)、中印国境紛争、中ソ同盟の形成と崩壊、ヴェトナム戦争(援越抗米)、中ソ国境紛争及びその余波としての中米接近、以上8つの事例分析が行なわれる。国内的要因、指導者の認識や方針からの影響が重視され、その判断ミスがもたらした情勢の変転も含めて描き出される。著者は北京大学教授で、中国側研究者による政策決定過程の分析としては類書がない。
王逸舟(天児慧・青山瑠妙編訳)『中国外交の新思考』(東京大学出版会、2007年)は、国際政治学の理論的立場としてはリベラリズムに立脚、構造的に多元化する国際社会における中国の位置付けを分析、今後を模索する。新しい総合安全保障観として、国家間の権力政治だけでなく、市民社会やNGOなど国家以外のアクターも含めて重層的な「政治」概念を提示。多国間外交の制度化、その中での国際協調、大国としての中国が建設的な責任を果たすべき必要の指摘。概ね穏当な議論が展開される中、台湾問題や日本の軍国主義復活への懸念などには若干の違和感あり。ただし、例えば「中台統一のため軍事的準備を怠ってはならないが、一方で長期的には現状維持となるから短慮はいけない」という感じに「一方で」のような逆接詞を入れて本題につなげているところから見ると、こういうのは中国内部での一種のポリティカル・コレクトネスのようなものか。
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