ニコラス・トンプソン『タカ派とハト派:ポール・ニッツェ、ジョージ・ケナンと冷戦史』
Nicholas Thompson, The Hawk and the Dove: Paul Nitze, George Kennan, and the History of the Cold War, Henry Holt, 2009
核抑止論に立脚して軍備増強を主導したポール・ニッツェ(Paul Nitze)と、それは際限なき軍拡競争を招いてしまうと批判したジョージ・ケナン(George Kennan)。方やウォール街出身の実務家としてトルーマンからレーガンまで歴代政権のスタッフとして活躍、方や外交官出身の歴史家。考え方も身の処し方も相異なる二人だが、個人的には非常に緊密な親友同士であったという。
本書は、冷戦期におけるアメリカ外交政策の基本方針を理論的に基礎付けたこの二人の交友関係を軸として、第二次世界大戦の終結からソ連崩壊に至るまでのアメリカ外交史を描き出す。二人の考え方に代表させる形で核戦略をめぐる議論の構図が明瞭に浮き彫りにされるだけでなく、多彩な人物群像のエピソードも活写されてとても面白い歴史書だ。著者はニッツェの孫にあたるが、二人には等距離から向き合う(どちらかといえばケナンの方に肩入れしているような印象すら受ける)。ニッツェと同様の核抑止論で華々しく注目された若僧のキッシンジャーにニッツェは嫉妬していたらしい。親父もソ連も大嫌いでアメリカに亡命したスターリンの娘スヴェトラーナがケナンのもとに身を寄せていたのは初めて知った。
ケナンはソ連問題の専門家であり、有名なX論文ではソ連=ロシア帝国の内在的ロジックが共産主義イデオロギーと結び付いた膨脹主義を指摘、「封じ込め」(containment)政策を提唱して注目された。ただし、それはプロパガンダ合戦や周辺国への援助などの政治的意味合いが強かったにもかかわらず、ケナンの当初の意図から外れてこの「封じ込め」という言葉だけが独り歩きを始め、軍事的意味合いが強くなってしまったことに彼は不満を抱いていた。
ニッツェはフォレスタルの推挙で政権入り、日本敗戦後に戦略爆撃調査団の一員として来日、広島の惨禍は彼の脳裡に強くこびりついた(なお、彼は近衛文麿の尋問も行なった。報告書では、戦争末期の日本の政治指導層は分裂しており、いずれ降伏せざるを得ない状態にあった、従って原爆投下は不要であったと結論付けたが、国務省には無視されたらしい)。他方で、ソ連が核開発に成功、これが核兵器の威力そのものへの恐怖心と結び付き、アメリカへの核攻撃を回避するためには常にソ連に対して軍事的に優位に立っていなければならないと考える(核抑止論)。この場合、アメリカは核兵器をうまくハンドリングできるし、ソ連の野心を抑えるのが目的で先制攻撃には使わないから大丈夫というのがニッツェの前提だが、これに対してケナンは、そんな保証はあり得ないし、そもそもアメリカの核兵器における優位はソ連側にアメリカが先制攻撃をしかけるのではないかという猜疑心を煽って軍拡競争が激化してしまうと批判することになる。ただし、ニッツェにしても核攻撃の回避が基本動機なのでソ連との軍縮交渉も積極的に進めた。ABM条約、SALTⅠ協定の実質的な準備はニッツェが行なったし、レーガン政権でのSTART交渉には彼自身を長年呪縛してきた「ゴルディウスの結び目」を解こうという意気込みで取り組んだ(ただし、彼の在任中には成功せず)。
キッシンジャーによるデタントはケナンが意図した「封じ込め」の考え方に近いという指摘が目を引いた。ニッツェにとっての「平和」とは、アメリカの力を全世界にのばすことで攻撃回避を目指すものであったのに対し、ケナンやキッシンジャーにとって「平和」は、アメリカ自身のもろさを前提としてバランス・オブ・パワーを注意深く扱うところに求められた。言い換えると、ニッツェのような「タカ派」(the hawk)は自国の強さを追求する理想主義者としての側面が強く、対して(キッシンジャーはともかく)ケナンのような「ハト派」(the dove)は自国の弱さの自覚から出発するリアリストであったところに二人の相違が見出される。
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