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2010年2月 4日 (木)

スティーヴン・キンザー『政権転覆:ハワイからイラクまで「体制転換」のアメリカ百年史』

Stephen Kinzer, Overthrow: America’s Century of Regime Change from Hawaii to Iraq, Henry Holt and Company, 2007

 ブッシュ政権がイラク戦争を開始した際、「体制転換」(regime change)という言葉がよく使われた。本書は、この「体制転換」をキーワードに、アメリカが海外における影響力保持のため自らに刃向かう政権をいかに実力行使で倒してきたのかを描き出す。エピソード豊富で読みやすい歴史ノンフィクションである。

 ハワイ王国では、リリウオカラニ(Liliuokalani)女王の政治改革によって利権を失うのを恐れた現地の白人たちがクーデター→ハワイ共和国をでっちあげ→米西戦争でフィリピンを得たときアジア進出の足がかりとしてハワイもアメリカに併合。その米西戦争は、スペインの過酷な植民地支配からの解放という大義名分→しかし、スペインで新たに首相に就任したばかりのリベラル派・サガスタ(Sagasta)首相はキューバやプエルトリコに自治権を与えようと交渉中→うまくいったらアメリカの出番はなくなる→メイン号事件を口実に開戦。背景としては、マニフェスト・デスティニー(フロンティアが消滅し、海外に目を向けた)やマハン提督の海上権力論に影響を受けたマッキンリー、セオドア=ローズヴェルトたちの帝国主義があった。キューバやフィリピンの独立運動に対しては弾圧。アメリカのドル外交(ラテンアメリカ諸国に無理やり金を貸し付けて影響力保持)を受け入れなかったニカラグアのセラヤ(Zelaya)大統領はアメリカが唆したクーデターによる最初の犠牲者である。ニカラグアではその後も反米運動が続き、とりわけサンディーノ(Sandino)がシンボル的存在となった。

 戦後はアメリカの利権を脅かした政治指導者を「反共」の論理で打倒した例が目立つ。石油会社国有化を宣言したイランのモサデク(Mossadegh)首相(パフレヴィー国王による専制政治への肩入れはイランで反米の気運を強めて後にイスラム革命を招いた)、農地改革を進めようとしたグァテマラのアルベンス(Arbenz)大統領(グァテマラにはユナイテッド・フルーツ社の利権があった。アルベンスに対するクーデターを目撃したゲバラやカストロたちはキューバ革命で急進的な反米主義をとる)、そしてチリのアジェンデ(Allende)大統領が、それぞれアメリカの策謀によるクーデターで倒された。南ヴェトナムのゴ=ジン=ジェム(Ngo Dinh Diem)の場合は、その強権的な政治手法がかえって共産主義勢力への人気を高めてしまっているという動機があった点でタイプが異なる。さらに時代をくだって、パナマのノリエガ将軍、グレナダ侵攻(親キューバ政権の内部抗争に介入)、アフガニスタン、そしてイラクへと現代に至る。

 アメリカの動機は、第一に国益(天然資源、アメリカ企業の擁護、パナマ運河のような戦略的拠点の確保)であるが、もちろんそれを表には出さず「正義」を大義名分に立て、むしろそれを自分たちで信じ込んでしまっていた節もある。それは、第二の動機としてのイデオロギー性の問題にもつながる。マッキンリーやセオドア=ローズヴェルトたちの帝国主義の背景にはマニフェスト・デスティニー、さらには後進国を「指導」する責務という考え方があった。ジョン・フォスター・ダレスたちは反共主義を信奉、非西欧世界におけるナショナリズムの動向を理解できなかったため、例えばモサデクやアルベンスは共産主義者ではないにもかかわらず、アメリカに楯突く=ナショナリズムは共産主義の隠れ蓑になっていると単純化された世界観によって彼らを邪魔者と断定した。そして、ブッシュ(息子)政権がネオコンの思い込みで戦争を引き起こしたことは記憶に新しい。こうした思い込みによって、現地の情報部員による分析は無視して政策判断が行なわれた誤りも指摘される。

 「体制転換」においては「自由」や「民主主義」といった価値観の普及も大義名分として掲げられた。ところが、イランのモサデク、グァテマラのアルベンス、チリのアジェンデ、いずれも民主的に選出された政治指導者であったにもかかわらず、彼らをクーデターで倒して抑圧的な政治手法を取る独裁者を後釜に据えた。こうした矛盾がこれらの国々をその後も混乱に陥れ、反米の気運を高め、長期的にはアメリカの「国益」に反する結果となってしまった誤謬も指摘される。

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