ゲイリー・ウィルス『ボム・パワー:現代の大統領と安全保障国家』
Garry Wills, Bomb Power: The Modern Presidency and the National Security State, The Penguin Press, 2010
核弾頭の発射ボタンを押す最終的な権限を握るアメリカ大統領。核兵器は、それがもたらす惨禍が破滅的であるだけでなく、その威力をどのように扱うかという思惑そのものが一定の政治システムを生み出した。本書は、核兵器の出現によって駆り立てられた行動パターンがいかにアメリカ政治を変容させてきたのか、第二次世界大戦における核兵器開発のエピソードからブッシュ政権のイラク戦争まで検討していく。タイトルをこなれた日本語にうまく置き換えられないのだが、つまり核弾頭の存在がもたらす影響力(Bomb Power)によって、アメリカが立憲主義に反する形で安全保障体制最優先のシステムに陥ってしまったという問題意識が示されている。
そもそもの出発点であるマンハッタン計画自体が隠密裏の活動で、副大統領だったトルーマンもF・D・ローズヴェルトの死去によって大統領に昇格するまで知らなかった。核開発知識の漏洩を防ぐため計画参与者以外には情報を完全にシャットアウトして大統領に直結。ソ連に対する対抗意識から計画推進のための膨大な予算を要求するが、議会のチェックは許さない。核の絶対性は、発射ボタンを握る大統領をして「我々の最高司令官」たらしめる(しかし、憲法上、軍隊の最高指揮官ではあっても、一般国民の最高指揮官ではない)。こうした秘密主義、大統領への権限の集中、議会へのアカウンタビリティーの無視といった政治文化が、冷戦から「テロとの戦い」まで一貫して続いているとするのが本書の趣旨である。例えば、ヴェトナム戦争のような宣戦布告なき戦争、CIAやNSAの独走による他国の政権転覆工作(Stephen Kinzer, Overthrow: America’s Century of Regime Change from Hawaii to Iraqが参照されている→以前にこちらで取り上げた)、情報公開への拒否(一つの情報は他の情報とモザイク状に絡まりあっているので、それを出してしまうと最高機密まで危ういというロジック)などの具体例を挙げていく。
すべての始まりが核開発計画だったとするのはあまりに単純化しすぎているような印象も受けるが、一つの視点としては興味深い。
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