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2010年2月 9日 (火)

ヴァーリ・ナスル『ザ・シーア・リヴァイバル:イスラム内部の衝突がいかに未来を決めるか』

Vali Nasr, The Shia Revival: How Conflicts within Islam Will Shape the Future, Norton, 2007

 全世界ムスリム人口のうちスンニ派が9割を占めるのに対してシーア派は1割ほど。本書は、両者の対立の歴史的起源から説き起こし、その経緯を政治史的・思想史的に整理した上で現代における中東紛争の構図を提示する。宗教的教義だけでなく、文化、民族、国家、欧米への態度(とりわけ反米)、様々な要因が複雑に絡まりあい、しばしばシンボル操作も伴って、そこから生じるダイナミズムが中東を舞台とした壮大なアイデンティティ・ポリティクスを展開していると言えるだろうか。イラン・イスラム革命とイラクのサダム・フセイン政権崩壊によって、これまでスンニ派によって押さえつけられてきたシーア派が台頭、こうした事態をスンニ派は脅威と受け止め、両者の対立がこれまでにないほど高まりつつあるというのが本書の示す見通しである。

 第4代カリフ、アリの一族がウマイヤ朝によって殺害され、前者をしのび続けたのがシーア派、後者の世俗的権威を承認したのがスンニ派というのは高校世界史レベルの知識だろう。アリの息子フセインの殉教は自己犠牲の美徳としてシーア派の精神的源泉となった。それはキリストの受難(passion)と同様の意味を持ち、フセインの殺されたカルバラ(Karbala)はシーア派の聖地となっている。建前としては信徒の平等、しかし実際にはアラブ人の優位→イラン人がシーア派にひかれた一因のようだ。スンニ派がイスラム法の解釈に重きを置くのに対して、シーア派は信仰の外的意味と内的スピリチュアリティとを分けて後者を重んずる。それは、アシュラ(Ashura)の熱狂的祭礼に具体化。スンニ派の中でも心理的バランスをとるかのように内的スピリチュアリティへの探求はスーフィズムという形を取った。スンニ派のうち最も厳格な立場を取るワッハーブ派はシーア派とスーフィズムの両方を否定(なお、イラン革命後のアヤトラたちも教義の純粋化を求めて敬虔主義的な志向性を軽視→シーア派の「スンニ」化が指摘される)。第12代イマーム、ムハンマド・アル・マフディ(Muhammmad al-Mahdi)が夭逝→「お隠れ」になった→その再臨待望がシーア派の教義となっており(十二イマーム派)、ユダヤ・キリスト教のメシアニズムに近いという指摘が興味深い。再臨待望思想は現世の苦難を耐える受身の態度につながり、スンニ派支配にも甘んじることになる。また、シーア派には階層的ヒエラルキーはなく、宗教的権威の多元性も特徴である(この点でホメイニは例外的)。

 ホメイニは哲学的にはシーア派的神秘主義による二元論→超越的な真理を知り得るのは「法の守護者」たるウラマーだけ→「ヴェラーヤテ・ファギーフ」(イスラム法学者の支配)はプラトン的哲人政治の形をとった。同時に、シーア派アイデンティティに訴える一方で、その精神的伝統としての敬虔主義的なスピリチュアリティ(例えば、アシュラ)は軽視した(つまり、シーア派の「スンニ」化)。イラン・イスラム革命の大衆動員にあたって「赤いシーア派」(Red Shia)「イスラム的マルクス主義」(Islamic Marxism)が大きな役割を果たしたというのが興味深い。イスラム革命直前に死んだアリ・シャリアティ(Ali Shariati)は獄中で左翼活動家と議論、彼らの唯物的無神論は承服しかねるが、『共産党宣言』を読み、社会的正義を求めて行動すべきという点ではシーア派の教義に通ずるものを見出す→イマームの再来を待つのではなく、積極的に行動をおこせ!→立場的にラテンアメリカにおけるカトリック神父たちの「解放の神学」と同様で、若手の支持を得た。つまり、ホメイニに体現された宗教的価値と、シャリアティが示したシーア派的マルクス主義における大衆動員の組織化、第三世界論、貧困の解消、中央集権体制など左翼イデオロギーとが結びついて革命運動が形成された。ホメイニは革命の輸出を目指す→しかし、イラン革命はシーア派がおこしたものであり、スンニ派にはアピールできない→論点を宗教的問題から外して、反帝国主義、反イスラエルなど世俗的テーマに訴えた。こうした流れの中でレバノンにヒズボラを創設。

 ワッハーブ派を国是とするサウジアラビアはイランの台頭を脅威と受け止め、まず、イラン・イラク戦争ではサダム・フセインを支援。また、潤沢なオイルダラーをつぎこんで世界各地のスンニ派の学校を支援、それは資金的と同時に思想的な影響→シーア派台頭への対抗戦略としてファンダメンタリズムを拡散させた。そうした流れの中からアル・カイダやタリバンが現われた。シーア派人口が一定数以上存在するレバノン、バーレーン、パキスタン、アフガニスタン、そしてサウジアラビアのお膝元でもスンニ派・シーア派の対立から政治的地殻変動が生じ始める。

 シーア派台頭の第二段階がアメリカによるイラクのサダム・フセイン政権崩壊である。バース党は世俗的ナショナリズムに立脚するが、実質的には少数派のスンニ派がシーア派を支配する構図だった(イラクの人口はシーア派が多数を占める)→フセイン政権崩壊でシーア派が勢いづき、スンニ派はますます警戒心を強める。この時も1980年代と同様にイランは反米・反イスラエルを呼びかけたが、スンニ派の反シーア派感情は拭えない→スンニ派はシーア派に対してテロ活動。

 こうしたイラク情勢の中で、本書はシーア派の宗教指導者シスタニ(Sistani)の存在感に注目する。彼は宗教的には保守派だが、シーア派本来の非政治性(静寂主義と批判された立場)からアメリカ・反米活動の双方から距離を置き、あくまでも自分は仲介役というスタンスをとった。また、イラクではシーア派が人口的に多数→多元的民主政は悪くない選択肢→一人一票の選挙を通した合意によって新しい体制をつくるべきことを主張(この主張はレバノンやバーレーンのシーア派にも影響→ヒズボラが選挙に参加、バーレーンでは民主化要求)、女性にも積極的な政治参加を呼びかけた。また、スンニ派のテロがあっても内戦回避のため抑制をシーア派に呼びかけた。シスタニを例にとって、ホメイニとは違ったタイプのリーダーシップもシーア派にはあり得ることが指摘される。

 イラン内部の多元性の指摘も興味深い。支配者層は宗教者である一方で、若者や中産階級は近代志向(→イラクとの交流が深まれば、この層が影響を及ぼす可能性もある)。また、ホメイニ体制ではシーア派伝統の敬虔主義は軽視されていたが、近年は敬虔主義への回帰現象も見られるという。近代志向の人々が選挙でハタミを支持して現体制への異議申し立てを示したのとは別の形による伝統派からの異議申し立てと指摘される。他方で、イランの地域大国意識は核保有を目指す強硬姿勢にもつながっているし、何よりもスンニ派との緊張は楽観的な見通しを許さない。

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