アイヴォ・H・ダールダー、I・M・デストラー『大統領執務室の影で』
Ivo H. Daalder and I. M. Destler, In the Shadow of the Oval Office: Profiles of the National Security Advisers and the Presidents They Served─From JFK to George W. Bush, Simon & Schuster, 2009
アメリカの国家安全保障問題担当大統領補佐官(Assistant to the President for National Security Affairs)は常に大統領の相談相手として外交政策の形成を主導し、大統領の意向を受けて根回しを行う。そのため、政権運営の成否を左右してしまうほどの影響力を持ち、正規のポストではないにもかかわらず、時には閣僚をしのぐ存在感すら見せる。本書は、ケネディ政権のマクジョージ・バンディ(McGeorge Bundy)からブッシュ(ジュニア)政権のコンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)、スティーヴン・ハドリー(Stephen Hadley)まで15人の歴代補佐官の活動ぶりを検証、これらの具体例を通して効果的な意思決定プロセスのあり方について考える。一癖も二癖もある個性強烈なプレイヤーたちをチームプレイに組み込む難しさが浮かび上がり、組織論的な観点から読んでも面白いだろう。
ケネディはあらゆる選択肢を自分の眼で検討しないと気がすまず、異論も含めて幅広い情報を求めていた。ハーヴァード大学教授出身のバンディは各省庁とのコミュニケーションをうまく図りながら情報を集約、ケネディの要望にうまく応えた。ところが、ケネディ暗殺後に大統領へ昇格したジョンソンは政界寝業師的なタイプで知的な議論など興味がない。ウマが合わなかったバンディは政権を去る。代わったウォルト・ロストウ(Walt Rostow、発展段階論で有名な経済学者)はジョンソンとは個人的に仲が良かったが、政策決定プロセスの運営には失敗、ヴェトナム戦争の泥沼に引きずり込まれてしまう。
ニクソン政権のヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)は自らが表舞台に立って米中和解、ヴェトナム戦争終結、ソ連とのデタントなど華々しい外交成果を挙げた。しかし、それはあくまでも個人プレイであって、秘密主義的な態度から根回しは行なわれず、政権内部にはきしみが生じていた。カーター政権のズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)も同様の独断専行型、ハト派色が強い政権の中で彼のタカ派的立場は浮き上がって政策調整はうまくいかず、政権内部の亀裂を深めてしまった(ヴァンス国務長官を追い出してしまうほどだ)。
キッシンジャー、ブレジンスキーといった強力な補佐官の存在による政権運営不全を教訓として、レーガン政権は補佐官の役割を縮小、軽量級の人材を配置した。ところが、シュルツ国務長官、ワインバーガー国防長官という大物政治家が互いにいがみ合う中で補佐官による根回しは難しく、しかもレーガンはこれを放置していた。結局、政策調整がうまくいかないため、補佐官たちは独断で秘密工作に手を出してしまい、イラン・コントラ事件という一大スキャンダルを招いてしまった。
大統領や閣僚たちとの個人的な相性、国際情勢の変化などそれぞれの事情から一般化できない要因が多いため、どの補佐官が優れていたかという一律な評価は難しい。それでも、政策調整の根回しとリーダーシップとを両立できた点で、本書ではブッシュ(シニア)政権のブレント・スコウクロフト(Brent Scowcroft)が最も高く評価されている。彼の控えめだが芯の強い人柄は「公正な仲買人」(honest broker)として各省庁の根回しを円滑にし、同時に政策目標を一定の方向性へと主導していく。情報の共有によって相互の信頼を確立することが大切だったと指摘される。ちょうど東欧革命、ソ連崩壊、湾岸戦争と続く激動の時代であったが、政権内部の意見をまとめ上げて的確な反応をかえし(中にはもちろん判断ミスもあったにせよ)、難局をうまくソフトランディングさせることに成功した。次のクリントン政権でもアンソニー・レイク(Anthony Lake)はスコウクロフトを模範にする。
意思決定システムの不全と大統領の個性とが合わさってマイナスに作用して最悪の結果をもたらしたのがブッシュ(ジュニア)政権である。チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、パウエル国務長官と超重量級が居並ぶ中、まだキャリアの浅いライスが主導権を持って政策調整を行なうのは不可能だった(それどころか、チェイニーやラムズフェルドは彼女の権限を奪おうとしていた。尋問のため戦争捕虜に関するジュネーヴ協定を無視した決定はチェイニーの独断で、ライスやパウエルは報道で知って驚愕する。戦後イラクでの軍政は国防総省主導となったが、ラムズフェルドが情報提供を拒んで他省庁との連携はうまくいかず、ライスはイギリス軍からの情報に頼ったほど)。そうした大物を相手にわたりあうため彼女がとった手段は、ブッシュという最高権威者の意思の忠実な実行者として自らの役割を規定することであった。しかし、ブッシュは直観で政策決定しており、外交など全く知らない。イラク戦争開始にあたって政策失敗の可能性に関しても大統領に建言するのも彼女の役割だったはずだが、彼女自身がブッシュの語る「価値観」に取り込まれていたと後に証言している。イラク戦争の誤りが明らかになるにつれて、パウエルが去り、ラムズフェルドが去り、チェイニーは発言力を失って、国務長官に横滑りしたライスはようやく実力を発揮できるようになった。彼女は「調整するよりも、調整される方が本当に楽」と漏らしたらしい。
| 固定リンク
« 何冊かピックアップ | トップページ | ケネス・ポラック『ザ・パージァン・パズル──アメリカを挑発し続けるイランの謎』、マーク・ボウデン『ホメイニ師の賓客──イラン米大使館占拠事件と果てなき相克』 »
「政治」カテゴリの記事
- 筒井清忠『戦前日本のポピュリズム──日米戦争への道』(2018.02.16)
- 清水真人『平成デモクラシー史』(2018.02.13)
- 橋爪大三郎『丸山眞男の憂鬱』(2018.02.11)
- 待鳥聡史『代議制民主主義──「民意」と「政治家」を問い直す』(2016.01.30)
- 中北浩爾『自民党政治の変容』(2014.06.26)
「国際関係論・海外事情」カテゴリの記事
- ジェームズ・ファーガソン『反政治機械──レソトにおける「開発」・脱政治化・官僚支配』(2021.09.15)
- 【メモ】荒野泰典『近世日本と東アジア』(2020.04.26)
- D・コーエン/戸谷由麻『東京裁判「神話」の解体──パル、レーリンク、ウェブ三判事の相克』(2019.02.06)
- 下斗米伸夫『プーチンはアジアをめざす──激変する国際政治』(2014.12.14)
- 最近読んだ台湾の中文書3冊(2014.12.14)
「アメリカ」カテゴリの記事
- 高木俊朗『狂信──ブラジル日本移民の騒乱』、前山隆『移民の日本回帰運動』、他(2012.08.10)
- 堤未果『ルポ貧困大国アメリカⅡ』(2010.11.21)
- 渡辺靖『アフター・アメリカ──ボストニアンの軌跡と〈文化の政治学〉』『アメリカン・コミュニティ──国家と個人が交差する場所』『アメリカン・センター──アメリカの国際文化戦略』(2010.11.08)
- 渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』、堀内一史『アメリカと宗教──保守化と政治化のゆくえ』(2010.10.31)
- 森聡『ヴェトナム戦争と同盟外交──英仏の外交とアメリカの選択 1964─1968年』、水本義彦『同盟の相剋──戦後インドシナ紛争をめぐる英米関係』(2010.10.27)
コメント