周婉窈『図説 台湾の歴史』
先日、台湾の書店に寄った折、周婉窈《台灣歷史圖說 増訂本》(聯經出版、2009年)が平積みされていたので購入。去年、東アジア出版人会議による「東アジアの100冊」のうちの一冊として本書が選ばれたことを受けて刊行された増訂本である。日本語訳は『図説 台湾の歴史』(濱島敦俊監訳、石川豪・中西美貴訳、平凡社、2007年)としてすでに出ている。
原著初版(1997年)は1945年の日本敗戦で筆が止められていたが、日本の版元側から戦後史も加筆して欲しいという要望があったそうで、日本語版には二・二八事件や白色テロ、民主化運動などを取り上げた戦後篇がある。今回、中国語版の増訂本にもその戦後篇が収録された。原著初版刊行時は戒厳令が終わって(1987年)からまだあまり時日が経っておらず、色々な政治的論争がかまびすしい中でそうした動きから距離をおきたいという気持ちがあったため、敢えて戦後史には触れなかったという事情があるらしい。他にも第10章〈知識分子的反殖民運動〉、第11章〈台湾人的美学世界〉も追加されている。
叙述を読みやすくする、図版を豊富に採録するといった工夫がこらされている。内容的な特徴としては、中台関係についてどのような立場を取るにしても、台湾が一つの政治的単位としてまとまっている現実を前提として現在の視点から台湾史を描き出そうとしていること(かつて日本統治期には日本史を、国民党政権期には中国史を押し付けられて、台湾人自身が台湾史を知る機会に乏しかったという問題意識)、漢人中心史観から離れて、とりわけ原住民族の存在を織り込んだ族群(エスニック・グループ)の関係に注意を払っていること(かつてアメリカ史においてネイティヴ・アメリカンの存在が忘却されてきたことへの近年の異議申し立てと同様の問題意識)などが挙げられる。台湾史についてとっかかりになる本を読みたい場合には本書をおすすめできる。
今回の中国語版増訂本で追加された第10章では台湾議会設置請願運動を取り上げ、台湾を一つの政治単位とする考え方の最初であったと位置付けられる。第11章は日本統治期における近代美術・音楽に関する叙述。原住民ツォウ族出身のUyongu Yatauyongana(漢姓:高一生、日本姓:矢多一生)、パイワン族出身のBaLiwakes(漢姓:陸森寶、日本姓:森寶一郎)という音楽家を取り上げているのが目を引いた。
中国語版増訂本カバーの表1を飾るのは陳澄波の〈嘉義公園〉、南国らしい緑の鮮やかな作品。表4には日本統治期台湾では珍しかったフォービズムの画家・鹽月桃甫の〈ロボを吹く少女〉、原住民族と思われる少女を題材とした赤い色合いに荒々しいタッチ。陳澄波は二・二八事件で処刑されていること、原住民族の少女を題材とした絵を使っていることから本書の傾向を読み取ろうとしてしまうと、さすがにうがちすぎか。
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