陳柔縉《人人身上都是一個時代》
陳柔縉《人人身上都是一個時代》時報文化出版、2009年
これも先日、台湾の書店で平積みされていたので購入。著者はジャーナリストで、日本統治期台湾の歴史を掘り起こす仕事を続けている。日本語にも翻訳された《宮前町九十番地》(2006年、時報文化出版。日本語訳は『国際広報官 張超英』坂井臣之助訳、まどか出版、2008年)もこの人の筆になる。まだ読んでいないが、他に《台灣西方文明初體驗》(麦田出版、2005年)、《台灣摩登老廣告》(皇冠文化出版、2008年)、《囍事台灣》(開[啓]文化事業、2009年)もとりあえず私の手もとにある。
タイトルは、人にはみなそれぞれの時代経験がある、という趣旨と解されるだろうか。台湾ではかつての国民党政権による中国化政策の中で、台湾人自身の歴史を学ぶ機会がなかったと言われる。前回取り上げた周婉窈『図説 台湾の歴史』にもそうした問題意識がうかがえた。本書にもやはり、日本統治期にあっても台湾人の生活が連綿としてあったにもかかわらず、その時代的記憶と現代との間に断絶がある、そうしたギャップを埋めようという動機が働いているようだ。
生活史的なエピソードを一つ一つ取り上げていく歴史エッセイで、肩肘はらずに読み進められる。図版が豊富、当時の光景を再現したイラスト(梁旅珠・画)も挿入されて、時代の雰囲気を読者に感じさせようとする工夫として面白い。
エレベーター・ガールのまだ珍しかった時代、少年たちが胸をときめかせて見に行ったり、自由恋愛の風潮が現われ始めて心中事件が世相を騒がせたり。台南の運河が自殺の名所として有名だったらしい。タバコ工場で働く女工さんたちのアンケート調査も面白い。板垣退助が来台、自由民権運動の老闘士として台湾人から大歓迎されたが、宿泊した鉄道ホテルの費用が高すぎて払いきれずに訴えられたなんていうエピソードもある。
食の関係では、味の素は台湾でも売り出されて中華料理にも合うことが分かり、大陸へ売り込むきっかけになったという。弁当(便當)の習慣が台湾でも広まって、温かくない食事への抵抗感がなくなったらしい。カゴメのケチャップ(蕃茄醤)も普及、無実の罪で逮捕されていた頼和が獄中でケチャップ炒めを食べてうまかったと日記に記しているのも、深刻な話題なのに、ちょっとニンマリ。
中華民国の国慶節の際には台北駐在領事の主宰でパーティーが開かれたが、北洋政権、北伐後の蒋介石政権、王克敏政権、汪精衛政権とその都度掲揚される国旗が変わったらしい。土地の記憶をめぐっては東京にも渡り、林献堂たちの台湾議会請願運動や留学生の生活にも思いを馳せる。
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