周婉窈『日本統治期の台湾議会設置請願運動』
周婉窈《日據時代的臺灣議會設置請願運動》自立報系文化出版部、1989年
植民地として日本の支配を受けた台湾は政治的・経済的に搾取の対象となり、人々は権利を奪われた状態にあった。台湾議会設置請願運動とは、そうした状況下にあって合法的に台湾人の権利を確立すべく台湾議会の設置を求める請願書を1921~1934年までの14年間、計15回にわたって日本の帝国議会に提出し続けた運動である。
請願運動をリードした林献堂はかつて梁啓超に意見を求めた際、「中国にはしばらくの間、台湾を助ける余裕はない。軽挙妄動は避け、むしろ大英帝国におけるアイルランド人にならって、台湾総督府の非を日本の中央政界に直接訴える方が良い」と助言された。外部からの助けが期待できないならば、台湾人自らが現実的な方法で目標を追求するしかない。そう考えた林献堂は、第一次世界大戦後における民族自決主義の世界的思潮の中、まず六三法(台湾総督に立法権を委ねた法律)撤廃運動、そして台湾議会設置請願運動に乗り出し、1921年に結成された台湾文化協会はその運動母体となった。
当然ながら、台湾総督府はこれを単なる政治運動ではなくその覆面の下には民族独立思想が潜んでいるとみなしてあらゆる手段を使って弾圧した。1923年には総督府の命令に従わなかったとして請願運動の参加者が逮捕・起訴される治警事件が発生。しかし、公判闘争はむしろ台湾・日本双方の世論に訴える機会となり、請願運動そのものは違憲ではないという考え方が定着、日本における大正デモクラシー、1925年の普通選挙法なども追い風となる。ところが、文化協会内で左派が台頭して分裂、林献堂、蔡培火、蒋渭水らは台湾民衆党を結成、さらに民衆党も分裂、こうした中で急進左派の主張は総督府の猜疑心を招いた。1931年の満州事変以降、軍国主義の高まりを受けて請願運動を独立思想だとする世論が日本人側に再び表われ、請願運動の継続は難しくなった。
台湾議会設置請願運動は独立運動だったのか? これは台湾を主体とする近代的政治制度を求める民族運動であり、日本人へのアイデンティティ上の同化は拒絶、ただし、個別の参加者には色々と思惑はあっても、請願運動全体の最終的目標が独立にあったかどうかは判断できないと本書では指摘される。運動の進展につれて穏健派・急進派に分裂していったが、台湾議会に基づく自治主義という考え方そのものはおおむね超党派的に支持されていたという。台湾史における請願運動の意義としては、第一に文化協会や民衆党の活動は近代的民主政治の考え方を広く台湾社会に向けて啓蒙する役割を果たした、第二に「台湾人の台湾」という台湾本位の考え方が示された、と本書は総括する。
請願運動の精神的支柱となっていた林献堂は、その穏健な態度が急進派からは生ぬるく見られたが、他方で改姓名には応じず、日本語は一切使わず、和服も着ず、漢人の伝統的な教養人としての生活を送っていた。日本統治期においては時に「非国民」と呼ばれて殴られたりもしたが、光復後、今度は国民党から「漢奸」呼ばわりされてしまう(丘念台のとりなしでブラックリストからは外された)。二・二八事件では心を痛め、結局、病気療養の名目で1949年に日本へ渡り、1956年に客死するまで故郷へ戻ることはなかった。本書の附篇「思郷何不帰故里──林献堂先生的晩年心境試探」はそうした林献堂の心境について想いをめぐらす。同様の趣旨で邱永漢もかつて「客死」という小説を書いていたから、台湾の人にとって関心をひくテーマのようだ。近年、林献堂の日記が遺族から台湾中央研究院に寄託されて『灌園先生日記』として校訂・刊行が始まっているから、彼の晩年の心境についても研究が進むことだろう。
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