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2010年1月10日 (日)

台湾南部旅行②1月2日 台南、高雄

【台南】
・1月2日(土)。7:30高雄発の莒光号に乗り、8:15台南着。台南車站の駅舎は日本統治期のもので今でも現役である(写真)。観光マップをもらうため駅舎内の観光案内所に寄る。土日は観光用巡回バスが無料となることを教えてくれた。予定としては、まず一番遠い安平古堡近辺まで行き、そこから徐々に台南車站まで戻ってくるルートを計画。
・8:30過ぎにバスが来た。台南市内の観光名所をくまなく寄る形で路線が組まれているので時間は少しかかるが、市内のおおよその雰囲気、方向感覚、距離感を測る上で大いに役立った。観光に関しては大まかに言って二つの区域、つまり台南車站から歩ける範囲にある赤嵌楼などの区域と、海近くにある安平地区とに分けられる。その間は畑や空地が目立つ典型的に郊外型の風景。大型マンションなどが開発されつつあり、新しくて大きな台南市政府庁舎もある。
・「徳記洋行・安平樹屋」という停留所でバスを降りた。空地が広がって寂しいところで、ここで降りてしまってよかったのか?と一瞬不安になったが、とりあえず歩く。安興洋行(写真)。生い茂る木々の緑の中に埋もれるようにひっそりとたたずむ洋館。かつてドイツ商人の商館だったらしい。洋行とは欧米人の商社を指す。
・すぐ裏手には日本式家屋が復元されており、これも観光スポットとなっている(写真)。門前には赤レンガ積みの防空壕(写真)。
・台湾を歩いていると、時折、雨風にさらされてボロボロの日本式木造家屋の上に大きな屋根をつくって建物そのものを保存しようとしているのを見かけることがある。しかし、木造だとやはり保存にも限界があるわけで、ここ安興洋行の裏手にしても、あるいは以前に行った金瓜石でも見かけたが、日本式家屋を当時の工法に従って再現建築して歴史遺産にしようとする動きが興味深い。それを単純に日本へのノスタルジーと解してしまうのは少し違うだろう。淡水にあるスペイン人の紅毛城、高雄の打狗英國領事館、これから見に行くオランダ人のゼーランディア城(熱蘭遮城、台湾城)やプロヴィンシア城(普羅文西城、赤嵌楼)など、ヨーロッパの来航者たちの建築物も台湾では積極的に保存しようとしている。南方系、中国系、欧米人、日本人、様々な外来者がやって来て、その痕跡が重層的に積み上げられた多文化性そのものに台湾人としての歴史的アイデンティティーを求めようとする志向性があると言ったら的外れだろうか? かつては、中国人か日本人か、いずれでもない台湾人か、という排他的なアイデンティティー選択が問題となっていた。次いで、そうした選択を迫られること自体が不自然であることがポストコロニアル的な観点から指摘されるようになり、排他的選択ではなくすべてを包み込む多文化主義の流れの中に歴史的な経緯も組み込んでいこうとしているように思われる。
・安平樹屋(写真)。これも洋館であるが、屋根は落ち、壁は崩れかかり、そうした廃墟然とした建物をガジュマルの樹が覆い尽している。その風情がなかなか素晴らしくて、安平観光の目玉の一つとなっている。同じ敷地内にあるのが、徳記洋行(写真)。イギリス商人の商館だったが、現在は台湾開拓資料館となっており、中では台湾史の各シーンが蝋人形で再現されている。原住民や渡来漢人の生活、オランダ人の鄭成功への降伏場面、オランダ人の生活光景などもあった。
・ここから歩いて10分もかからないところに、安平古堡がある(写真)。かつてオランダ人が占領していた時代に拠点としていたゼーランディア城(熱蘭遮城、台湾城)。言うまでもないだろうが、この名前はオランダのzeeland州に由来し、語源的にはニュージーランドと同じ。鄭成功がオランダ人を追い払った後も彼がここに拠点を定め、19世紀末に清朝が台湾省を設置して台北をその首府とするまでは台南が台湾第一の都市として重きをなしていた。安平古堡は一時期は打ち捨てられて完全に廃墟となっていたようだが、現在は古跡として整備され、観光客もあふれかえるほどに来ている。中国式の城市は街の周囲を城壁に囲むが、対してヨーロッパ式(日本も同様)は市街地と城堡とが分かれている点に違いがある。オランダ時代の城壁(写真)。城壁上に置かれた清代の砲門(写真)。鄭成功の銅像(写真)。「民族英雄」と書かれている。資料館が二つあり、ゼーランディア城の復元模型(写真)、オランダ総督Coyet(コイェット、揆一)の銅像、濱田弥兵衛によるオランダ総督捕縛シーンの絵画など様々な展示。
・そろそろお昼時になろうかという頃合。安平は牡蠣の養殖が名物とされているらしい。陳家蚵捲に行く。レジ横に置いてある注文用紙に記入して会計を先に済ませる方式。時間のかかる料理は番号札を渡され、出来たときに受渡し口へ取りに行く。蚵仔煎、肉燥飯、魚丸湯を注文(写真)。蚵仔煎は牡蠣やモヤシなどの入ったオムレツ。
・バスを待つ時間がもったいないのでタクシーを拾い、億載金城へ行く(写真)。1874年の日本による台湾出兵で危機感を抱いた清朝政府は洋務官僚の一人、沈葆楨を台湾に派遣。彼の指示により台南の防備を固める目的で築かれた洋式の要塞である。近代的戦闘で主となる砲戦を踏まえて、城壁ではなく土塁によって攻城砲の威力を減殺すること、死角を作らないため堡塁を突き出していることなどが特徴。函館の五稜郭とほとんど同じ形式であるが、億載金城の堡塁は四つである。清代の将官の鎧を身に着けて拡声器を持った案内係のコスプレおじさんが、やる気のなさそうないかにもバイトだなという感じの若者兵士二人を引き連れて何やら騒いでいるなあと思っていたら、設置砲の射撃デモンストレーションらしい。安平の歴史から延々と説き起こして前置きが長いので帰ろうとしたら、背後から砲声が聞こえてきた。億載金城脇の水路には軍艦が停泊していた。ここに海軍博物館をつくる予定らしいから、展示のための退役艦であろう。
・タクシーを拾い、台南車站近くまで引き返し、延平郡王祠で降ろしてもらった。ここでは鄭成功が祀られている。彼は台湾の漢族系住民にとってのシンボルであり開山王廟として建てられたが、彼の母親が日本人であることから、日本統治期にここは開山神社とされていた。日本人以外を祭神とした神社は珍しい。戦後、延平郡王祠に戻る。鄭成功は明の皇帝から延平郡王という称号をもらっていたことに由来。写真は入口あたりの門。鳥居のようにも見えるが、横にある説明板によると、二・二八事件の事後処理で来ていた当時の白崇禧・国防部長が台湾の人々をなだめるために献納したのだという。廟堂内の鄭成功像(写真)。母親の田川松の肖像画もあった(写真)。敷地内には沈葆楨の銅像、それから、鄭成功文物館があり、鄭成功についてはもちろんだが、海洋文化に焦点を当てた展示も行なわれている。
・写真は廟堂に掲げられた蒋介石の揮毫による扁額。反清復明を唱えて大陸攻略の機会をうかがっていた鄭成功の姿を、共産党に奪われた大陸への反攻を目指す蒋介石自身になぞらえている。台湾史を読み取るときには、読み手側がどこにポイントを置くかに応じて鄭成功の位置付けが変わってくるのが興味深い。日本統治期は母親が日本人であったことから日中の架け橋として、国民党政権時代は大陸反攻の英雄として、台湾主体意識においては台湾の開発・近代化の基礎を築いた人物として、それぞれ位置付けのコンテクストが異なってくる。
・延平郡王祠から北へ向けて、かつて台南の中心街だったところまで行く。この辺りには古い建物が積極的に保存されているので、デジカメ片手に歩き回る。まず、孔子廟(写真)。以下は日本統治期の建物で、台南高等法院(写真)。旧愛国婦人会、現紅十字会の建物は修築工事中(写真)。小学校の図書館として利用されている昔の神社の社務所も修築工事中(写真)、同じ小学校の講堂は昔の武徳殿を再現している(写真)。嘉南大圳水利組合(写真)。八田與一はここに勤めていたわけだ。旧林百貨店は廃屋のまま残されている(写真)。旧勧業銀行、現在は土地銀行(写真)の亭仔脚は壮麗な列柱式(写真)。台南警察署(写真)。台南合同庁舎(写真)。旧台南公会堂(写真、写真)は現在でもコンサートホールとして使われている様子、清朝時代から呉氏の庭園として有名だったそうで呉園と呼ばれている。敷地内には日本統治期の料亭・柳屋が土産物屋になっている(写真)。この近辺で見かけた古い建物(写真、写真、写真)。
・写真は国立台湾文学館。日本統治期には台南州庁だった建物を利用、博物館・研究機関としての機能を持つ。荷物をクロークに預けて入館、順路に従って進む。この建物の建築様式及び設計者・森山松之助に関する展示から始まる。「多音交語 族群共栄」というキャッチコピーのコーナーでは声を聞かせる工夫に興味。原住民系諸言語、ホーロー語の各方言、客家語、オランダ語、日本語、標準中国語。多言語社会ならではの展示である。台湾の文学史はオランダ人が記録した『熱蘭遮城日誌』(分厚い中国語訳は台湾文学館から刊行されている)から始まるとされ、当時の台湾を知る史料として村上直次郎(台北帝国大学教授)訳注の『バタヴィア城日誌』(平凡社・東洋文庫)も展示されていた。頼和の書斎光景をホログラムで再現した展示も面白い。超現実主義の現代詩には西脇順三郎(台湾人の弟子として林修二という人の名前が挙がっていた)と春山行夫の影響が強いとあった。なお、帰国直前、台北の誠品書店で『台湾文学館の魅力』(国立台湾文学館、2008年)という日本の神奈川近代文学館で行なわれた展覧会の図録(日中両文)を見かけたので購入した。
・近くの度小月というお店で担仔麺を食べる。台南名物として知られる肉みそがけの麺。漁師さんが出漁できない時期に麺を担ぎ売りしたのがはじまりと言われている。たしか楊蓮生『診療秘話五十年 一台湾医の昭和史』(中央公論社、1997年)だったと思うが、日本統治期の学生時代、買い食いは厳禁されていたのに担仔麺を食べに行ったら、担任の先生も食べに来ていたのと出くわし、気まずい思いをしたが、後で何も言われなかったと回想していたのを思い出した。日本人の口にも合う味だったらしい。それから、再発號肉粽というお店で肉入り粽も食す。
・赤嵌楼。オランダ統治時代のプロヴィンシア城。門前には中国共産党による法輪功弾圧を非難するビラを配る人々。赤レンガの基壇壁は洋風だが、建物等は完全に台湾風である。中にはオランダ時代の模型。台南車站から歩いてこられる距離でもあり、観光客でごった返している。台南では一番の観光名所だが、意外と印象が薄かった。
・台湾の人たちは観光地でよく記念撮影をしており、特に若い人だとアイドルのように凝ったポーズを取る人も多い。去年、台湾の書店に行くたびに、ベストセラーのコーナーで美少女ポーズ写真入門の本が積んであるのを見かけ、いったい誰が買うのだろうと思っていたら、熱心に立ち読みしている女の子を結構見かけた。こういう本で勉強して、かわいらしいポーズで写りたい、ということか。
・台南車站まで歩いて戻る。駅の反対側に出ると、国立成功大学のキャンパスが広がっている。日本統治期の台南高等工業学校を前身として、現在は台湾でも有数の名門大学らしい。一般人も気軽に中に入って散歩している。奥の方まで行くと、赤レンガ造のなかなか風格のある校舎があった(写真)。その前にはガジュマルが点々と佇む芝生の広場となっている。ジョギングしたり、ボール遊びしたりする人々。写真は一番大きくて古そうなガジュマルの木。皇太子時代の昭和天皇がここで記念植樹をしたというから、これがそうかな。歴史文物館(写真)に行ったら、ちょうど閉館時間の17:00を過ぎたばかりで、中に入れなかった。

【夜の高雄】
・台南車站で17:21発の区間車に乗り、高雄に着いたのは18:00過ぎ。途中、保安車站で対向列車とすれ違うため一時停車した際、駅舎が古そうな日本式だったので撮影(写真)。
・宿舎で軽くシャワーを浴びてから、高雄車站の反対側(南側)に出て、高雄願景館に行ったら、今日も休みだった。明朝利用する予定のバスターミナルの位置を確認してから、タクシーを拾う。
・高雄市立歴史博物館(写真)。かつて高雄州庁だった建物が博物館として転用されている。平日は夕方18:00までだが、土日は21:00まで開館。常設展示のほか、特集展示として正月にちなんだ紅い小物特集、チベットのお正月特集などをやっていた。常設展示では、大衆芸能の布袋戯の他、1947年の二・二八事件をめぐる展示に力が入っている。高雄を中心に見た事件の経緯がパネルと映像資料でまとめられ、殺害された人々のリストや遺品なども展示。地元の有力者を中心に高雄二・二八事件処理委員会が設立され、国民党政府側との交渉を行なったが、国民党軍はそのメンバーを次々と逮捕・処刑、現在博物館となっているこの建物も砲撃を受けたという。博物館から道路を挟んだ向かい側の仁愛公園には高雄二・二八事件紀念碑が建っている。
・高雄車站方向へ戻りがてら、博物館の横を流れている愛河に沿って北へと向かう。高雄の夜は色とりどりのイルミネーションが美しく、夜の散歩は気持ちがいい。

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台湾新幹線編に続いてその2です。 台鐡台南火車站の前のバス停に着いてから、目指すは阿霞飯店。ここは有名店らしいですが、鶴瓶さんのNHKの番組を見ていたら、誰に聞いても阿霞飯店が美味しいと答えていたので、定番かもしれないけど、ここを目指しつつ散策。 台南の日本時代台南銀座とも言われたらしい中正路や中山路などは、スクーターのせいで空気が悪過ぎです。煙草を規制するのも良いけど、排気ガスもどうにかなりませんかねぇ〜。 ... [続きを読む]

受信: 2010年1月13日 (水) 08時34分

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