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2010年1月10日 (日)

台湾南部旅行①1月1日 入国、高雄

【出国、高鉄、投宿】
・1月1日(金)。日本時間9:40成田国際空港発→台湾時間12:40桃園国際空港着のチャイナエアライン107便。ほぼ時間通り。機中で旅程の細部を練り直し、辞書をめくって行先の地名のピンインをメモに書きとめておいた。行先の具体的な場所を調べるにあたっては、片倉佳史『観光コースでない台湾』(高文研、2005年)、『片倉佳史の台湾新幹線で行く台南・高雄の旅』(まどか出版、2007年)、『台湾に生きている「日本」』(祥伝社新書、2009年)、荻野純一他『高雄と台湾最南端 歴史遺産からリゾートまで』(日経BP企画、2008年)、『台南 台湾史のルーツを訪ねる』(日経BP企画、2008年)などを参照した。
・今回は高雄のホテルに拠点を置いて動く予定なので、まず台湾高速鉄道(新幹線)に乗るつもりで台北に出ようと台北車站行きのバスに飛び乗った。バスが動き始めたとき、高鉄に乗るなら桃園の方が近いかという考えも頭をよぎったが、始発から終点までの長距離列車の旅にしようと考えなおす。
・桃園国際空港から台北車站までバスで所要約1時間。空港から出るまでにも結構時間がかかっていたので、台北車站にたどり着いたのは14時半頃。台北を15:00発、板橋・台中以外は通過する直達車で所要96分、左営には16:36に到着。1,450元。通路側の座席になってしまったので車窓の風景をじっくり眺められなかったのは残念。
・高鉄の改札脇の売店で台鉄便當を買った。60元。ご飯の上に豚の骨付き肉と甘辛く煮た厚揚げのようなのが載り、温野菜と漬物が添えられている(写真、写真)。ご飯にタレのからまるとなかなかうまい。「便當」とは日本語の弁当のこと。日本統治期にこの弁当という言葉は台湾に広まっていた。国民党政権の中国語化政策の下でおおっぴらに日本語を使うわけにはいかなくなったが、日常語はそう簡単に変えられない。そこで、発音はそのままに、字だけ変えて「便當」となったという。
・高鉄の終着駅は左営。将来的に延伸の計画はあるらしいが、現時点で高鉄は高雄まで通じていない。台鉄(台鉄の駅名は新左営となっているので注意)もしくはKRT高雄捷運という地下鉄に乗り換えて高雄中心部まで行く。時間にもよるが台鉄は本数が少なく、一昨年にKRTが開通してだいぶ便利になった。路線図状のタッチパネルがあり、行先駅名を押してから硬貨を投入(初乗り20元~)、出てきたトークンを自動改札機にかざしてホームに入る。高雄車站までは所要10分超程度。
・日本統治時代の高雄旧駅が新駅の隣に移築・保存されている(写真)。帝冠様式(基本は洋風のコンクリート造なのだが、上に和風の瓦葺屋根をのっけた昭和初期独特の建築様式。例えば、上野の東京国立博物館本館などもこれ)。現在は高雄願景館となっており、高雄の観光案内施設らしいのだが、今日はお正月だからだろうか、休館中(中国語圏は春節もあるから、事実上お正月が2度あることになる)。
・高雄車站の南側を正面玄関とすると、北側の裏玄関の方に宿泊先がある。KRTから地上に出ると南口だったので、北口へはどのようなルートをとればいいのか分からず、観光案内所の人に尋ねたら、入場券(6元)を買って駅構内を通過するしかないとのこと。
・宿泊先の京城大飯店は高雄車站から道路を渡ったすぐ向かい側。ビジネスホテルのつもりで予約していたが、なかなかきれいなホテルだ。カウンターへ行くと日本語の流暢な女性がいて、私がたどたどしい中国語で「予約してある」と言おうとしたら、すぐ日本語で返ってきた。3泊で15,600日本円。部屋は15階(ただし、縁起かつぎで3フロア分の番号が省かれていたから、実際には12階か)、高雄車站に面して見晴らしはよく、高雄85大楼もはっきりと遠望できる。部屋は広くて快適。駅まで徒歩1分だから移動にも便利。高雄車站の北口は少々不便だが、ホテルのカウンターに申し出れば駅構内の無料通行パスをくれる。

【夜の高雄】
・荷物を置き、軽くシャワーを浴びてから、ホテル前でタクシーを拾う(高雄では初乗り85元~)。沿岸部の西子湾にある打狗英國領事館へ行く。所要20分ほど。地図で見ると高雄の街の中心部からだいぶはずれているので夜だと寂しいのではないかと少し不安だったが、杞憂であった。すでに18:00を過ぎてあたりは暗くなり始めているが、ここは夜景のきれいなナイトスポットとして知られているらしく、むしろ夜の方が賑やかである。
・タクシーを降り、運転手さんが指さしてくれた方へ行くと緑に囲まれた小高い丘の上の方にライトアップされた洋館が見えた。そこへ向かって急な階段があり、大勢の人々が上り下りと行き交っている。登りきると、古びた風格のある赤レンガの建物。打狗英國領事館。清朝期のイギリス領事館である。すぐ脇に龍をあしらった台湾風のお堂があるのも面白い。ここは高雄港の入口を扼する要衝である。台北にとっての淡水のような位置関係か。打狗とはターカウと発音する。日本統治期にタカオ→高雄と改称され、現在は高雄→カオシュンと呼ばれている。
・赤レンガ建築の内部の一部はカフェでにぎわっているほか、歴史に関する展示室もある。打狗(高雄)はアロー戦争最中に結ばれた天津条約(1858年)による開港地の一つであり、対外交渉史について解説されている。清朝の役人とイギリス人領事が会談している蝋人形があった。
・それから、ロバート・スウィンホー(Robert Swinhoe、史温侯、1836~1877)という人物に関する展示。カルカッタ生まれのイギリス人外交官で、ヨーロッパ人として最初の台湾駐在領事として打狗に赴任。外交官としてよりも博物学(natural history)の方で知られているらしく、台湾の固有種の生物学名の多くは彼が名づけたという。スウィンホーの博物学者としての知名度に絡めてだろう、去年はダーウィン生誕200周年だったことに合わせてナショナル・ジオグラフィック誌との提携でダーウィンと進化論についての特集展示も行なわれていた。
・バルコニーからは夜の海の眺望が開けている。とりわけ市の中心部方面は街の明かりが美しく、記念撮影をする人が多い。若いカップルやお友達グループ、家族連れ、老人会らしき団体さん。老若男女、様々な人々がワイワイ歩き回っている。
・階段を降りて、タクシーで来た道を歩いて戻る。しばらく行くと西子湾に出た。細長く入り込んだ湾に沿って遊歩道が整備されている。潮風の少し濁ったにおいが軽く鼻につく。体感気温は15度前後か。高雄の一月は東京で言うと初秋の涼しさを感じさせる心地よさ。入江状の湾の向うには、高雄85大楼のてっぺんの緑色の明かりをはじめ街の灯がきらめいている。釣り人の釣竿の先端にも緑っぽい光、おそらく魚をおびき寄せる灯りなのだろうが、港を彩る光の一つとして面白い。
・鼓山区の商店街。人通りは多少あるものの、大半のお店の明かりは消えている。南国の家屋は暑いためか開放的だ。歩道として一般人が通行する亭仔脚のスペースも店先の一部として認識されており、仕事が終わって、食事をしたり、テレビをみていたり、子供がパソコンゲームに興じていたり、そういった生活光景が見える。別に覗き見したわけじゃないよ。日本統治期は高雄港駅を中心にこの辺りは繁華街となっていた。当時、この一帯は鉄道路線にちなんで濱線と呼ばれ、現在でも地元の人々は哈碼星=ハマセンという通称を使っているらしい。お店の看板に哈碼星という文字を見かけるし、「哈碼星 HAMA-Star」と表記した学習塾の看板も見かけた。
・警察署など日本統治期の建物もいくつか現存しているが、暗くてうまく写真に撮れなかった。旧高雄港駅は戦後もしばらく使われていたようだが、現在は路線廃止、駅舎は残っているが、線路は空地となっている。旧駅舎の前に高雄の歴史をマンガで解説したパネルがあった。暗くてよく見えなかったが、読めた範囲で言うと、糖業、電力など日本統治期のインフラ整備について詳しく取り上げられていた。それから、中学校教員として赴任してきた土屋恭一という人が学生を連れて考古学的な発掘調査をしたことにも触れられていた。現在、旧駅舎前にはKRT西子湾站がある。
・旧高雄港駅から沿岸に出る。新濱碼頭には海軍の基地があって小銃を抱えた警備兵がものものしいが、人々は関係なく夕涼みをしている。港湾局関連施設の脇の大通りを歩いて漁人碼頭へ。ネオンが明るくポップスが大音量で流れたり、ジャズのライブ演奏があったり、若者向けのお店が並ぶ一角である。
・日本の敗戦後、日本人の引揚者が集められた埠頭はこのあたりだろう。映画「海角七号」(→こちら)で日本人教師が引揚船に乗って去り、台湾の人々が大勢見送りに来ているシーンがあったのを思い出す。日本人と入れ代わりに、国共内戦で敗れた国民党軍の兵士や難民が大陸から台湾へと押し寄せてきたが、やはりこの埠頭のあたりで野ざらしで集まっていた。龍應台『大江大海 一九四九』(天下雑誌、2009年→こちら)にそういうシーンがあった。そういったことをつらつら思い出しながら、このオシャレな店並びとのギャップに、ある種の感慨も催す。
・漁人碼頭から歩いてまっすぐ北上。途中、噴水の出る公園があり、日本語の演歌が聞こえてきて、誰が歌っているのかと見回したら、水が出るのと連動したスピーカーからだった。一体これは何だ? 高雄市立歴史博物館まで出る。日本統治期の高雄州庁だった建物である。愛河(英語名love riverとなっているのは何かいやだなあ…)を渡ったところでタクシーを拾う。
・高雄85大楼。直通エレベーターに乗って75階の展望台へ。道路ぞいの看板の明かりと自動車のヘッドライトが光の直線を四方八方にのばしており、俯瞰すると高雄の夜景はキラキラと明るい。
・この近辺はデパートの集まった商業圏。大遠百FE21というシネコンも入ったデパートの上に誠品書店高雄店があるので足をのばした。誠品書店は本の品揃えだけでなく、どの店舗も内装がシックに凝っていて好き。あんまり買い込んで荷物が重くなるのはいやなので1冊だけ購入。
・三多商圏站でKRTに乗り、次の中央公園站で下車。六合夜市を歩く。担仔麺(肉みそがけの麺)、胡椒餅(基本的に肉まんみたいだが、外側の生地はパリパリとして、肉の餡がスパイシー)、臭豆腐など買い食いしていたら、これでもう夕食は十分。台湾の屋台街を歩くと必ずにおってくる臭豆腐、実は今回が初挑戦で、食べてみると意外とにおいは気にならない。ただし、タレの辛さを中程度にしてもらったが、それでも口の中がヒリヒリする。後でペットボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みした。
・中央公園站に戻ってKRTに乗り、高雄車站で下車。宿舎に戻ったのは23時過ぎ。

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