« 2009年12月20日 - 2009年12月26日 | トップページ | 2010年1月10日 - 2010年1月16日 »

2009年12月27日 - 2010年1月2日

2010年1月 1日 (金)

西澤泰彦『日本の植民地建築──帝国に築かれたネットワーク』

西澤泰彦『日本の植民地建築──帝国に築かれたネットワーク』(河出ブックス、2009年)

 建築様式ばかりでなく、建築家及びその所属する組織、レンガ・セメント・鉄など建材の調達、建築情報の伝播──本書はこうしたヒト・モノ・情報のネットワークとして日本支配下の台湾・朝鮮半島・中国東北地方(旧満州)における建築史を捉えていく。

 日本が植民地に建てた建物は台湾・朝鮮総督府をはじめ西洋の様式が基本である(日本様式は神社などに限られる)。明治期以来の日本の建築教育の事情もあるが、欧米諸国との協調により東アジア支配を行なうという状況のもとで欧米に引けを取らないものを示そうという意図のあったことが指摘される。満州事変を転機に台湾・朝鮮・中国それぞれの様式を取り入れたデザインが現われたというのが興味深い。大東亜共栄圏イデオロギーによるのだろうか。鉄筋コンクリート造は白アリ対策のため日本よりも台湾でいち早く普及、しかし問題点が見つかるのも早く、その調査を通して技術向上、結果としていわばパイロットテストのような位置付けにもなったようだ。

 日本と植民地とを従属の関係として捉えるのではなく、植民地相互の行き来、さらには日本帝国外へも広がるネットワークがあった。その中で建築家たちは様々な建築を見る機会を得て、日本だけでは得られない情報を手にしたことにより建築に関しては世界レベルでの先進性を持っていたと指摘される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月31日 (木)

エミール・デュルケーム『自殺論』

エミール・デュルケーム(宮島喬訳)『自殺論』(中公文庫、1985年)

 なぜ自殺するのか、その動機は究極的には本人にしか分からない。しかし、統計数字を見ると自殺者数の変化には一定の傾向が認められる。自殺のように極めて主観的な動機による行動と見えても、その背景として社会状況による因果関係が作用していることを明らかにし、逆に言うなら、自殺という事象を通して社会のあり様を看取できる視点を示している点で、本書は社会学の古典と位置付けられている。

「自殺者のとるその行動は、一見したところ、あたかもかれの個人的気質の反映にすぎないようにみえるが、じつはそれは、ある社会的状態の結果であり、またその延長であって、当の社会的状態を外部的に表現しているのである。」(375ページ)
社会が持っている「この実在性を承認し、われわれに作用をおよぼしている物理・化学的力と同じように、外部からわれわれに行動をうながしている力の全体としてこれを理解することである。それは、まさに一種独特のものであって、言葉のうえだけの実在ではない。ちょうど電流や光源の強さを測定するように、それらを測定することもできれば、相互の大きさを比較することもできる。したがって、社会的事実は客観的なものである、というこの基本的な命題、筆者が他の著作のなかで証明し、社会学的方法の原理とみなしているこの命題は、道徳統計、わけても自殺統計のなかに、新たな、とくに論証性に富んだ証拠を得たことになる。」(389ページ)
「自殺する本人は、生からの訣別の行為をみずからに納得させるために、それをもっとも身近な周囲の事情のせいにする。自分が悲しいので、生も悲哀にみちていると考えるのだ。もちろん、ある意味では、かれの悲哀も外部からもたらされるが、しかし、それはかれの生活上のあれやこれやの出来事からではなく、かれの所属している集団からもたらされる。それゆえ、どんな事柄であろうと、自殺の誘因とならないものはない。要は、こうした自殺の原因が、どれほど強力な作用を個人の上におよぼすかという点にある。」(376ページ)

 本書が示す要因がそのまま自殺を招来するわけではない。死別、失業など個人的・偶発的な出来事に遭遇したとき、それに耐え得るだけの社会心理的基盤が失われていることを示そうとしている。自己本位的自殺、集団本位的自殺、アノミー的自殺という3パターンが示される。このうち集団本位的自殺とは個人としての自我のあり方と、それを外在的に拘束する規範意識の強さとに大きなギャップから自殺へと追い込まれてしまうケースである。伝統拘束性の強い社会や、近代においては軍隊が例として挙げられる。現代社会ではむしろ自己本位的自殺とアノミー的自殺の二つが注目されるだろう。

 自己本位的自殺とは、社会的つながりを失った個人が、自分の生きていく根拠や目的意識を失った結果として表われた自殺である。

「…社会の統合が弱まり、われわれの周囲やわれわれの上に、もはや生き生きとした活動的な社会の姿を感ずることができなくなると、われわれの内部にひそむ社会的なものも、客観的根拠をすっかり失ってしまう。それは、もはや空虚な心象(イマージュ)の人為的な結合物、あるいはいささかの反省によっても容易に霧散してしまうような一個の幻影にすぎなくなる。すなわち、われわれの行為の目的となりうるようなものは消滅してしまうのである。ところが、この社会的人間とは、じつは文明人にほかならない。社会的人間であることが、まさにかれらの生を価値あるものにしていたのである。このことからして当然、〔社会の統合が弱まると〕かれらの生きる理由も失われることになる。つまり、かれらのいとなむことのできる唯一の生活〔社会的人間としての生活〕に対応するものは、現実のなかにはすでに皆無であり、現実のなかにまだ根拠をもつ唯一の生活〔物理的人間としての生活〕は、もはやかれらの欲求にこたえてくれないからである。人びとは高度な生活によって慣らされてきたので、いまさら子どもや動物の甘んじているような生活には満足できない。だが、いまやこの高度な生活そのものがかれらの手からすり抜け、かれらは途方にくれている。その努力をひきつけるような対象はなにひとつなく、自分の努力が無に帰してしまうという感覚がかれらの心をとらえる。人間の活動には、それをこえたひとつの対象が必要であるということの真の意味は、ここにあるのだ。それは、この対象が不可能な不死についての幻想をいだきつづけるうえになくてはならないから、という意味ではなく、この対象がわれわれの精神的構造のなかにふくまれていて、それが一部分でも崩壊すると、それにともなって精神的構造もその存在理由を失わざるをえないという意味なのである。こうした動揺状態におかれるとき、わずかでも人びとを落胆させるような原因があると、かれらは容易に絶望的な決断をくだしてしまう。それは証明するまでもないことだ。生がもはやそれに耐えるだけの労苦にあたいしないとなれば、生を放棄する口実にはこと欠かない。」(254~255ページ)

 アノミーとは、社会的・時代的環境の変化によって、それまでの社会によってはめられていたタガがはずれてしまい、個人の欲望が際限なく拡大していく状態を指す。あくまでも想像に過ぎない目標に向かって限りなく進む欲望は必ず現実との落差に直面し、達成できない挫折感へと個人をたたき込む。このギャップが自殺を誘発してしまう。

時代が変わって社会環境が混乱しているとき、「社会はただちに個人を新しい生活に順応させることはできないし、また不慣れなさらに激しい緊張を課することに慣れさせることもできない。その結果、個人は、与えられた条件に順応していないし、しかも、そのような予見でさえもかれに耐えがたい思いをいだかせる。この苦悩こそが、個人を駆って、その味気ない生活を──それを実際に味わう以前にさえ──放棄させてしまう当のものなのだ。」…「こうして、いったん弛緩してしまった社会的な力が、もう一度均衡をとりもどさないかぎり、それらの欲求の相互的な価値関係は、未決定のままにおかれることになって、けっきょく、一時すべての規制が欠如するという状態が生まれる。人は、もはや、なにが可能であって、なにが可能でないか、なにが正しくて、なにが正しくないか、なにが正当な要求や希望で、なにが過大な要求や希望であるかをわきまえない。だから、いきおい、人はなににたいしても、見境なく欲望を向けるようになる。」…「欲望にたいして供される豊富な餌は、さらに欲望をそそりたて、要求がましくさせ、あらゆる規則を耐えがたいものとしてしまうのであるが、まさにこのとき、伝統的な諸規則はその権威を喪失する。したがって、この無規制(デレーグルマン)あるいはアノミーの状態は、情念にたいしてより強い規律が必要であるにもかかわらず、それが弱まっていることによって、ますます度を強める。」(310~311ページ)
「…人間の本性が、この欲求に必要な種々の限界を設定することは不可能である。したがって、この欲求がたんに個人だけにもとづいているかぎり、けっきょく、際限のない欲求となってしまう。人間の感性は、それを規制しているいっさいの外部的な力をとりさってしまえば、それ自体では、なにものも埋めることのできない底なしの深淵である。」「そうであるとすれば、外部から抑制するものがないかぎり、われわれの感性そのものはおよそ苦悩の源泉でしかありえない。というのは、かぎりなき欲望というものは、そもそもその意味からして、充たされるはずのないものであり、この飽くことを知らないということは、病的性質の一徴候とみなすことができるからである。限界を画するものがない以上、欲望はつねに、そして無際限に、みずからの按配しうる手段をこえてしまう。こうなると、なにものもその欲望を和らげてはくれまい。やみがたい渇きは、つねにあらたにおそってくる責め苦である。」(302ページ)
「欲望の目ざしている目標は、およそ到達しうるすべての目標のはるか彼方にあるので、なにをもってしても、欲望を和らげることはできないであろう。その熱っぽい想像力が可能であろうと予想しているものにくらべれば、現実に存在するものなどは色あせてみえるのだ。こうして、人は現実から離脱するのであるが、さて、その可能なものが現実化されると、こんどはそれからも離脱してしまう。人は、目新しいもの、未知の快楽、未知の感覚をひたすら追い求めるが、それらをひとたび味わえば、快さも、たちどころにして失せてしまう。そうなると、少々の逆境に突然おそわれても、それに耐えることができない。そして、そのような熱狂がすべて醒めてしまうと、人はその狂奔がいかに不毛なものであったかに気づき、新奇な感覚をいくら積み重ねてみたところで、それが幸福の確固たる元手──それによって人は試練の日々にも耐えることができる──とはなりえないっことをさとる。」…「いつも未来にすべての期待をかけ、未来のみを見つめて生きてきた者は、現在の苦悩の慰めとなるものを、過去になにひとつもっていない。かれにとっては、過去とは、焦燥のなかに通りすぎてきた行程の連続にすぎないからである。かれを盲目にしてしまったのは、ほかならぬ、いまだ出会ったことのない幸福がやがては見つかるであろうとつねに当てにしてきたこと、そのことである。」(316ページ)

「自己本位的自殺においては、社会の存在が欠如しているのはまさしく集合的活動においてであり、したがってその活動には対象と意味が失われている。アノミー的自殺においては、それが欠如しているのはまさしく個人の情念(パッション)においてであり、したがって情念にはそれを規制してくれる歯止めが失われている。」(320ページ)

 自分が生きていくことに意味付けをする根拠としての社会が失われているとき自己本位的自殺を招きやすい。社会による規制が失われて、昂進する欲望と現実とのギャップが耐えがたいほど開いてしまったときアノミー的自殺を招きやすい。個人を社会に組み込んでいく必要があるが、しかしながら、社会による拘束があまりに強すぎると自己実現とのギャップから集団本位的自殺を招きやすくなってしまう。

 個人を社会的連帯へとバランスよく組み込んでいくのがデュルケームの目指すところであるが、従来自明視されてきた国家、宗教社会、家族ではその役割を十分に果たせないと指摘する。個人としての自律性を確保しつつ、相互に協同関係を持つことによって成り立つ職能団体に彼は具体的な可能性を見出している。これについては『社会分業論』で詳しく議論されている(→こちらを参照のこと)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月30日 (水)

アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言』

アンドレ・ブルトン(巌谷國士訳)『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(岩波文庫、1992年)から。

「未知のものを既知のものに、分類可能なものにひきもどそうとする始末におえない狂癖が、頭脳をたぶらかしているのだ。分析欲が感情にうちかっているのだ。」

「私たちはいまなお論理の支配下に生きている。」

「きっぱりいいきろう、不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。」

「自分が自分の本の著者であるとは思わない、なぜならこれはシュルレアリスムの産物としか考えられないもので、署名している者の才能の有無の問題などはすべて排除されているからだ。自分は自分の意見をはさまずにひとつの資料を写しとっただけなのであり、また、罪を問われている書物に対しては、すくなくとも裁判長とおなじくらい無縁なのである」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月27日 (日)

「海角七号──君想う、国境の南」

「海角七号──君想う、国境の南」

 台北でミュージシャンとして成功しようという夢にやぶれた阿嘉(范逸臣)。自分の音楽が認められず、失意のうちに故郷・恒春に戻り、郵便配達をしている。ある日、宛先の分からない小包が目にとまった。海角七番地(海角は岬という意味)。開封すると、中にあったのは少女のモノクロ写真と七通の古びた日本語の手紙。敗戦直後に引き揚げた日本人の書いたもののようだ。

 ちょうどその頃、日本人歌手・中孝介のコンサートが開催されることになり、町議会議長はまちおこしのため地元メンバーのバンドに前座をやらせようと強引に決めた。かき集められたデコボコ・バンド。経験があるのは阿嘉だけだ。それぞれに失意を抱えている彼らはいがみ合い、日本人マネージャーの友子(田中千絵)ともことあるごとにぶつかる。

 半世紀以上も昔、台湾を離れる日本人教師がその愛した教え子へと宛て、しかし投函できなかった七通のラブレター。したためられているのは、捨てられた、裏切られたと彼女に思われてしまうかもしれないことへの贖罪の気持ち。手紙の文面は、現代のバンド・メンバーたちや友子の失意を代弁するかのように映画の中で折に触れて朗読される。惹かれあう阿嘉と友子、やがて別れねばならない二人の行方には1945年当時の離れ離れとなった二人の姿が重ねあわされるが、現代の二人の気持ちはまた違った意味合いのものとなる。

 この「海角七号」は台湾では社会現象と言えるほどに盛り上がり、他の中国語圏でもヒットをとばしたという(日本の植民地支配を美化しているという批判もあったらしいが)。事前に私が抱いていた期待値が高すぎたせいかもしれないが、映画そのものとして面白かったかと言うと、ちょっと微妙、というのが正直なところ。終盤のコンサートはとても良かったけれど、阿嘉と友子がなぜ惹かれあうのか何となく不自然だったし、前半のドタバタ・コメディ的なノリも入り込めなかった。こういうのが中国語圏の人たちのテイストなのか。

 むしろ、映画の背景を成す社会的・歴史的経緯の料理の仕方に興味を持った。台湾は、台湾人(ホーロー人)、客家人、原住民、外省人と様々な出自の人々が織り成す多民族・多言語社会である(映画中でも中国語、台湾語、日本語が使われ、台湾語セリフの字幕には印がついている)。それから、日本統治期をどう捉えるか。いずれも時として政治的な緊張をはらみかねないナーバスなテーマであるが、それらが娯楽映画という肩のこらない形の中でたくみに組み込まれている。こうしたあたりにこそ映画を観終わった後の余韻が残った。

 素人バンドのメンバー。阿嘉は台北帰り。交通警官のローマーは原住民族のパイワン族。お酒の営業マンであるマラサンは客家人。カエルは外省人二世(映画中ではこのことをはっきり示すエピソードはないし、彼も台湾語を使うが、みんなが酒宴でくつろいで台湾語でしゃべりあう中、彼は中国語を使っていた)。「ワシは人間国宝なのに表舞台に立たせてくれない」といつも愚痴っている月琴奏者のボーじいさんは日本語世代。キーボートの少女・大大とその母親にも日本人との関わりがある。コンサートで前座ながらもアンコールを求められたとき、ボーじいさんが日本語で歌っていたシューベルト「野ばら」を月琴で演奏、阿嘉たちは中国語で歌い、中孝介は日本語で加わって、中国語・日本語の二重唱となる。

 メンバーが勝手にアドリブで自己主張ばかりして、いがみ合っていたときには一曲すら通して演奏することができなかった。中孝介の“癒し”系の歌声を聴いたとき、阿嘉は「何も力む必要はないんだ」と気づく。みんなが一つのバンドとしてまとまったとき、むしろアドリブで自分の得意な楽器で演奏するのを受け入れてこそ、音楽的に聴き応えのあるメロディーが響き渡った。それは、メンバーそれぞれの出自を考えてみたとき、互いの差異を認め合う、そうした多元的でありながらも一つのまとまりとしての自覚を持つ台湾人アイデンティティーを表わしているようにも見えてくる。日本統治期という過去を想起させる事柄は親日・反日と神経質な政治性を呼び起こしやすいが、かつての時代を是非善悪の基準で裁断してしまうのではなく台湾史を構成する一つの要素として位置付けられ、台湾人アイデンティティーはそうした過去の経緯もまた能動的に呑み込んでいく。

 かつてやはり大ヒットとなった侯孝賢監督「悲情城市」は二・二八事件を背景としており、戦後台湾における本省人・外省人の社会的亀裂を直視しようという風潮の中でも注目された。約二十年が経過して、そうした亀裂をも包み込んでいける新しい台湾人アイデンティティーの流れが「海角七号」に見られる。それも無粋に肩肘張った政治的主張というのではなく、娯楽映画の中で違和感のない自然な(つまり、洗練された)背景として示し得ているところに一つの意義があるように思われる。

 何気なく観に行って、随分と行列しているなあと思っていたら、主演の范逸臣と田中千絵の舞台挨拶の回でラッキーだった。

 今年のはじめ台湾に行ったとき、ノベライズ版の『海角七號 Cape No.7』(魏徳聖・劇本原著、藍戈豊・小説改写、大塊文化、2008年)、メイキング本の『海角七號 Cape No.7和他們的故事』(大塊文化、2008年)を購入してあった。ノベライズ版は半分弱まで読んだところでほったらかし。勉強のための論文ならともかく、ストーリー性のあるものを辞書引き引き読んでも途中で興がそがれてしまってきつい。結局、日本語訳の『海角七号 君想う、国境の南』(岡本悠馬・木内貴子訳、徳間書店、2009年)で改めて読んだ。映画の人物設定や伏線の張り方は結構複雑なので予習してから観に行く方が分かりやすいかもしれない。
 
 魏徳聖監督は次に霧社事件をテーマとした映画に取り組んでいるらしい。台湾の文芸誌『INK』(第64号、2008年12月)に魏徳聖のインタビューがあったのでやはり購入してあったのだが、「賽徳克・巴莱Seediq Bale」の脚本が連載されていた。

【データ】
原題:海角七號
監督・脚本:魏徳聖
出演:范逸臣、田中千絵、中孝介、梁文音、林暁培、林宗仁、他
2008年/台湾/130分
(2009年12月27日、シネスイッチ銀座にて)

| | コメント (0) | トラックバック (2)

ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』

ヤーコプ・ブルクハルト(新井靖一訳)『世界史的考察』(ちくま学芸文庫、2009年)

 国家・宗教・文化、それぞれの潜在力が三つ巴になったせめぎ合いとして古代から近代(すなわち、ブルクハルトにとっては現代)に至る歴史を巨視的に俯瞰したヨーロッパ文明論である。ある種の価値観を前提として、その立場から歴史を裁断していくような読み込みを一切排して(具体的にはヘーゲル歴史哲学が念頭に置かれている)、歴史が進み行くあるがままを、それこそ他人事として突き放して見つめていこうとする眼差しに迫力がある。基本的な態度をこう述べている。

「…われわれは一切の体系的なものを断念する。われわれは「世界史的理念」を求めるのではなく、知覚されたもので足れりとするのであり、また、歴史を横切る横断面を示すが、それもできるだけ沢山の方角からそれを示そうとする。なによりもわれわれは歴史哲学を講じようとするものではない。」「歴史哲学は半人半馬(ケンタウロス)の怪物であり、形容の矛盾である。というのも、歴史とはすなわち、事柄を同格に論じることであって、これは非哲学であり、哲学とはすなわち、一概念の他概念への従属化であって、これは非歴史であるから。」「…だがわれわれは、永遠の知恵が目指している目的については明かされていないので、それが何であるかを知らない。世界計画のこの大胆きわまる予見は、間違った前提から出発しているので、誤謬に帰着することになる。」「だが総じて、年代順に配列された歴史哲学すべての有する危険は、こうした歴史哲学がうまくいった場合でも変性して世界文化史になってしまう点にあるが(このような濫用されている意味でなら歴史哲学という表現を認めてもよい)、通常はしかし、歴史哲学は世界計画を追求すると言いたてながら、あの前提を排する力がないために、哲学者たちが三歳もしくは四歳の年齢以後吸収してきたもろもろの観念に着色されている点にある。」「歴史哲学者たちは過去の事柄を、発展をとげた存在としてのわれわれに相対するもの、われわれの前段階と見なす。──われわれは反復して起こるもの、恒常的なもの、類型的なものをわれわれの心の中で共鳴し、かつ理解しうるものと考える。」(12~16ページ)

 事実そのものをして語らしめる、という厳格な実証主義を取ったレオポルド・フォン・ランケがブルクハルトの師匠であり、その流れを受け継いでいるのだろうが、だからと言って歴史的事実なるものを無味乾燥に並べるような筆致ではない。歴史的事実の背後に伏在する国家・宗教・文化といったファクターが、それぞれ自律的な生命力を持ったダイナミズムとして世界史的事象を変動させていく、そうした動きそのものを描き出そうとしている。例えば、キリスト教(=宗教)がローマ帝国(=国家)を乗っ取り、帝国の滅亡後も生き残ったが、その性格は大きく変質していたり。啓蒙思想(=文化)に淵源する政治思潮が国家をゆるがし、当事者の思惑を超えてフランス革命として大爆発したり(「革命こそ人間に自由ということを教えたのだ!」「革命はそれどころか自身も自由だと思っていたが、この自由は、例えば山火事のように、根元自然的で、意のままにならないものであった」313ページ)。価値観的な是非、善い・悪いを一切排したところで見えてくる動きそのものへの視点は、何となくニーチェも思い浮かべた。バーゼル大学の年下の同僚としての彼と親交があったことからの連想に過ぎないにしても、以下のように人間的事象を徹底的に突き放して認識を志す凄みを考えると、ニーチェがブルクハルトを尊敬したというのも確かにうなずける気もする。

「「現代」はしばらくのあいだは進歩と同義に解されていた、これには、精神の完成化はもとより、道義心の完成化にさえ向かっているかのようなきわめて滑稽な思いあがりが結びついていた。」(438ページ)
「…一切の事柄は、われわれも含めて、ただそれ自身のためにのみ存在しているのではなく、むしろ過去全体のために、また未来全体のために存在しているのである。」「このような広大かつ厳然たる全体を前にしては、諸民族、諸時代、そして個人の求める永続的な、もしくはほんの束の間の幸福や無事息災への要求は、ごく些細なものでしかないことになる。というのも、人類の生存活動というものは一つの渾然たる全体であるから、このような全体の時間的な、また局所的な動揺は、われわれの脆弱な器官にとってのみの浮沈であり、幸と不幸であるにすぎないのであり、じつはこうした動揺や幸不幸はより高次の必然性に属しているのである。」(444ページ)
「もしわれわれが自分たちの個性を完全に放棄することができ、また、これからやってくる時代の歴史を、ちょうど自然の光景、例えば陸地から海上の暴風雨の光景をわれわれがみんなで一緒に眺めているときと同じくらいの平静な気持ちで、同時にまた不安な気持ちで省察するなどということができるとするならば、われわれはおそらく精神の歴史の最大の章の一つを意識的に身をもって知ることになるであろう。」(462ページ)
「このような時代において、こうしたすべての現象のうえに漂いつつ、しかもこうしたすべての現象と密接にからみ合いつつ、新しい住処を建ててゆく人類の精神の跡を認識しながら追い求めるのは、すばらしい観物であろう、もっとも同時代の、世俗的性向の人間にとってはそうではないであろうが。」(463ページ)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

フランク・ナイト『競争の倫理』

フランク・ナイト(高哲男・黒木亮訳)『競争の倫理──フランク・ナイト論文選』(ミネルヴァ書房、2009年)

 フランク・ナイト(Frank Hyneman Knight、1885~1972年)の名前を初めて知ったのは竹森俊平『1997年──世界を変えた金融危機』(朝日新書、2007年)だった。予想の出来ない領域が存在することへの認識こそが実は経済学の一番大切なところだ、と彼は考えていたのを知って頭の片隅にひっかかっていた。アメリカ経済学史ではそれなりのビッグネームらしいが、日本でまとまった論文集として翻訳されたのは本書『競争の倫理』(ただし再編集されている)が最初のようだ。自由経済の擁護が基本的な立場だが、それを複眼的に検討していくところにナイトの議論の特徴があると訳者は解説している。ミルトン・フリードマンはナイトの弟子にあたるそうだが、考え方は全く対照的である。

 “自由”の前提条件をめぐっての議論に私は関心を持った。「自由放任」モデルは経済分析にあたって役に立つ。しかし、そこから導き出された結論をそのまま安易に現実へ適用しようとするのは大きな誤謬であるとナイトは言う(「自由放任という基本原則は、経済分析にとっては正しいことであるが、その目的や仮定されている条件は明確にされる必要がある」243ページ)。市場経済を一つのゲームと見立てたとき、次の条件がそろっていなければならない。すなわち、①個人は自分をめぐる利害関係を知り尽くしており、詐欺や脅迫なども含め他者による強制はないこと。②完全競争が成立していかなる独占もないこと。③ある取引が行われたとして、そこに利害が代弁されていない他者に実質的な影響を及ぼすことがないこと。しかしながら、実際には個人それぞれの置かれた具体的な立場の違いによってこうした取引上の理想状態(「理論力学における摩擦の捨象」)が実現されているわけではない。「ビジネスの能力はある程度まで相続財産であり、したがって社会制度は、親から個人的に譲り受けたこの有利な立場に加え、教育を受ける利点やゲームに参加するための優先的な条件、さらには賞金を前払するという利益さえ追加している、と思うより他にないのである」(34ページ)。

 経済活動において“自由”を考える場合、倫理的な意味合いにおける人間の本来的な尊厳としての“自由”と、功利主義的な観点から計量化可能な状態として描写された“自由”と二つの側面がある。ところが、経済学が科学として洗練されるに従い後者が前者をも吸収しようとして、人間を取り巻く社会の現実からずれてしまっているところに問題点を見出す(それをナイトは不合理なロマン主義だと言う)。

「近代自由主義思想における自由は一つの倫理的価値であり、功利主義文献の皮相な解釈からしばしば示唆されるような経済効率という目的のための単なる手段ではない。」(158ページ)
「経済的自由主義は、個人的自由を核として取り巻き、人々の関心や活動の全領域やあらゆる社会関係に適用可能でもあるような価値体系の一部、つまり一側面にすぎないことを強調しておかなければならない。…「自由放任主義」という言葉が実際に意味するのは単なる自由であって、その表現が経済生活、つまりその呼称によって通常思い浮かべられる事柄を指すようになったのは、歴史的でしかもかなり偶然的な理由による。」(181ページ)
「数理経済学者は何よりもまず数学者であって、経済学は二の次であることが通例であり、データを簡略化しすぎ、社会の現実と彼らが置いた前提との間にある違いを過小評価する傾向があった。結果的に彼らは、応用経済学者が理解できるような形で、すなわち現実問題との関係がはっきりと分かる形で成果をうまく説明することができなかった。」「理論上の個人主義を成り立たせる前提を明確かつ系統的に論じていく作業は、それと現実の自由放任との間の著しい違いを際立たせ、政策としての自由放任主義の信用を失墜させることになろう。」(12~13ページ)

 あらゆる個人が尊厳としての自由を手にしていることが大前提である。しかし、「自由放任」政策が想定している理想状態があまりに抽象的で生身の社会と整合性を持っていない以上、市場経済には必ずほころびが生ずる。従って、「競争」の前提条件における矛盾点に手を加えて市場を有効に機能させるために何らかの手段が必要とされる。「それゆえ、国や他の代理機関が最大の自由という原則を侵すことなく、むしろその実現のために介入する必要がある」(137ページ)。「現代世界における統治の主要な機能は、自由を保障するためのルールの枠組みと、経済生活における効果的な自由にとって不可欠な条件とを提供し、施行することである」(140ページ)。

「問題は、自由放任 対 政治的計画や統制一般にあるのではなく、市場の自由がもたらす成果と民主的な手続きを経た実現性のある活動がもたらす成果とを、特定の課題についてそれぞれ比較することである。国民は、この二つの制度機構(システム)に関する一般的な原理を理解する必要があるとはいえ、それぞれの抽象的な分析から、実践的な結論を引き出してはならない。基本になる原理は人間本性をめぐる事実なのであり、主たる困難は、これが矛盾の塊だということにある。」「人間は自由であるし、自由でなければならない。しかし、この主張でさえ「非の打ち所がない」真理に仕立て上げられてはならないのだ。」(248~249ページ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年12月20日 - 2009年12月26日 | トップページ | 2010年1月10日 - 2010年1月16日 »