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2009年12月6日 - 2009年12月12日

2009年12月12日 (土)

「泣きながら生きて」

「泣きながら生きて」

 東京で不法就労という形ながらも懸命に働いて娘の学資のため仕送りを続ける丁尚彪さん、上海に残してきた奥さん、そして娘さん、三人の姿を十年間にわたって撮り続けたドキュメンタリー。社会派的な力みかえりはなく、むしろヒューマン・ドラマとしての内容に引き込まれた。もともとテレビ番組だったが、これを見て感動した大学生の奔走で映画館上映にこぎつけたらしい。

 丁尚彪さんは1989年に35歳で来日。文革で下放されて教育を受ける機会がなかったため一念発起、親戚知友から借金をかき集めて留学したのだという。留学先の日本語学校は北海道の寒村にあった。学資は働いて稼ぐつもりだったし、借金も返さねばならないのだが、過疎化が進む地方に仕事などない(受け入れ先はこうした留学生事情まで把握していなかった)。やむを得ず東京に出て働き始める。大学で学びたいという夢は潰えてしまった。しかし、上海に残してきた娘は進学させたい、そこに夢を託して仕事をいくつも掛け持ちしながら仕送りを続ける。念願かなって娘はアメリカ留学が決まり、トランジットで東京に降り立ったとき再会。さらに、娘に会いに行く妻ともやはりトランジットの折に再会する。13年ぶりであった。空港まで見送りに行きたいのだが、一つ手前の成田駅で降りねばならない。不法滞在のため身分証明書の提示を求められたら困るからだ。

 勉学への意欲はあったにもかかわらず、文革で挫折し、日本でも挫折し、心中にはやりきれない不条理感があったろうに、丁さんは一言も愚痴を言わない。それは前向きというのとはニュアンスが違うが、ひたむきで謙虚な姿には見ていて本当に頭が下がる。娘さんもプレシャーが大きかったかもしれないが、むしろそれが頑張る動機付けになっていたようだ。丁さん、奥さん、娘さん、三人三様に自分の背負っているものへのはっきりした想いがある。互いに負担を掛け合うこと自体が絆となり、生きていく原動力になっている家族の姿がうかがえる。

 不法就労というとネガティヴなイメージになってしまうかもしれないが、事情がやむを得ない人もいる。日本に来ている中国人も多種多様で、そうしたあたりは吉田忠則『見えざる隣人──中国人と日本社会』(日本経済新聞出版社、2009年)で読んだ。

【データ】
企画・演出:張麗玲
ナレーター:段田安則
2006年/108分
(2009年12月11日レイトショー、新宿バルト9にて)

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ジョン・グレイ『自由主義の二つの顔──価値多元主義と共生の政治哲学』

ジョン・グレイ(松野弘監訳)『自由主義の二つの顔──価値多元主義と共生の政治哲学』(ミネルヴァ書房、2006年)

・異なる価値観の共存を図るという意味でのリベラリズムには二つのタイプがある。
①理性的な合意形成を通して“普遍性”の実現を目指す“寛容”。
②それぞれの価値観の共約不可能性を前提とした価値多元主義→相互理解がなくても利害関係の妥協によって結ばれた“暫定協定”による共存。本書は②の立場。

「自由主義には二つの哲学が含まれている。一方の哲学においては、寛容が真理へと至る手段として正当化される。この見解では、寛容は理性的合意の道具であり、生の様式の多様性というものも、最終的には消え去るであろうという確信の下で認められている。他方の哲学においては、寛容は平和の条件として重んじられ、互いに異なった生の様式は、善き生における多様性の特徴として歓迎されている。前者の概念では価値に関する最終的な収斂という理念が支持されており、後者においては「暫定協定」の理念が支持されている。」(167ページ)

・異なる価値観が構想する中での妥協は個別具体的な場面でなされるものである。対立抗争のあり様が変転する中、そのつどそのつど解決を図っていくわけだが、それは政治の問題である。超歴史的な“普遍的価値観”に基づく原理原則に解決法を求めることなどできない。抗争しあう価値観→政治的な妥協による調整=“暫定協定”によって共存→調整は国家の役割→ネオ・ホッブズ主義。
・「重要なのは、諸価値間の抗争をどれほど交渉可能なものにしたか、なのである。あらゆるレジームにとって正当性の試金石となるのは、諸価値間での──対抗的な正義の理念も含めた──抗争の調停を成功させることなのである。」(206ページ)
・「あらゆる歴史上の状況に適用できるような正当な政治レジームの基準を希求することは無益である。善や悪のなかには属性として人間的なものもある。しかし、人間の歴史の諸状況は、普遍的な諸価値を政治的正当性についての普遍的な理論へと翻訳するには余りにも複雑、かつ、流動的である。」「この点で、政治哲学は不可避的に歴史に拘束を受けるものなのである。」(168ページ)
・「無秩序は、正義が強制という人工物であるという事実を明らかにする。無秩序が存在するところでは、いかなる権利も存在しない。」「正義と権利はつまるとこり、力によって裏づけられた慣習なのである。」「人権擁護の第一の条件は、効果的な近代国家である。強制力なくしてはいかなる権利も存在せず、いかなる種類の快適な生活も不可能なのである。」(204~205ページ)
・「…「暫定協定」は政治的な企図なのであり、道徳的な理念ではない。妥協を万人が従うべき理想として説いたりはしない。」「「暫定協定」の追求は何らかの種類の超越的な価値を求めるものではない。対抗的な価値の主張が調停されうるような共通の制度へのコミットメントなのである。」「ホッブズ的な国家は個人の信念に至るまで無関心という徹底的な寛容を広げるのである。ホッブズはそれゆえに、「暫定協定」を中核とする自由主義思想の伝統の元祖なのである。」(36~37ページ)
・「宗教的であれ政治的であれ、強固に普遍主義的な道徳は幻想であるということが、価値多元主義の意味するすべてである。」(209ページ)
・「政治哲学において、恒久的な真理はほとんど存在しない。」「政治哲学の目的は、より幻想の少ない実践へと回帰することである。我々にとってこれは、正義、および、権利の諸理論が政治のアイロニーと悲劇から救い出してくれるという幻想を放棄することを意味する。」(214ページ)

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2009年12月11日 (金)

フリードリヒ・A・ハイエク『隷従への道』

フリードリヒ・A・ハイエク(一谷藤一郎・一谷映理子訳)『隷従への道』(改版、東京創元社、1992年)

 ドラッカー『「経済人」の終わり』は第二次世界大戦直前に書かれたファシズム批判の書だが、先日これを読んでいたら(→こちら)、ハイエクと同じような考え方が示されていたので、久しぶりに『隷従への道』を再読した。読み直してみて初めて気付いたのだが、本書中でもドラッカーが時折引用されている。

 ハイエクの議論の前提には、一人一人の個人としての尊厳への揺るぎない確信がある。すなわち、「独立、自助、すすんで危険を負担しようとする気風、多数と対立する自分自身の信念を曲げぬこと、自発的に隣人と協力しようとする気持などは、個人主義社会の運営が基調とするものである」。対して、集産主義(社会主義やナチスなど個人よりも全体を優先させる体制)は「それらの美点を破壊して、その空虚をただ服従の要請と集団的に善と決められるものを行うことを個人に強制することによって満たそうとするのである」(268ページ)。

 合理的な“理性”によって目的設定・組織化を行なう計画化の問題点に議論の焦点が合わされる。計画というのは社会の隅々まで整合的でなければ成り立たない。ところが、近代社会の複雑さに一貫した計画を押し付けようとするとあちこちで無理が生ずるばかりか、その無理を押さえつけようと権力が発動されて個人は抑圧され、計画を策定する者が独裁者になってしまう。彼は経済面ばかりでなく、一人一人の価値観、生き方まで統制しようと図る。「…社会を計画化することを最も熱望する人々は、彼らがそうすることを許されるときには、最も危険な人物となり──そして他人の計画化に対しては最も狭量な人物となる。聖者のような単純な理想主義者と狂信者とはほんの紙一重の差である」(71ページ)。

 本書の論旨は明快で、次の問いに集約される。

「すなわちこの目的のためには強制権をもっているものが、各個人の知識と創意に最大な活動の余地を与えて、彼らが最もうまく計画化できるような状態をつくり出すところに、一般的にとどまることがよりよいかどうか、あるいは諸資源の合理的利用はある意識的につくられた「青写真」にしたがって、すべての活動を中央が指導し、組織化することを要するかどうか、ということになる。」自由主義者による「計画化への反対を、独断的な自由放任主義的態度と混同してはならない。人間の努力を統合する手段として競争の力を最大限に利用することを認める自由主義論は、事柄をあるがままに放っておこうとするものではない。自由主義論は競争が有効に行われるときには、他のいかなるものよりも個人の努力をよく指導するという信念を基礎としているのである。それは競争が有利に行われるためには、慎重に考えつくされた法的構造が必要であること、ならびに現行の法規も過去の法規も重大な欠点をもっていないものはないことを否定しないで、むしろ力説さえするのである。」(48~49ページ)

 誰からも理不尽な支配を受けたくないという人間として自然な感覚が基本である。ボルシェヴィズムやファシズムなど全体主義が台頭するのを目の当たりにしていたというリアリティーがハイエクにはあり、その意味で問題意識は痛切なものであった。“自由”を強調するにしても、目線がどこにあるかによって議論の質は大きく異なってくる。例えば、経済競争力強化の手段としての市場原理→自由化という国家単位の思惑の中でハイエクを援用する議論も見受けられる。しかし、ロジックの形式的なあり方は同じであっても、国家の経済活性化という上から目線による目的に向けて個人をコマとして位置付けている点では、実はハイエクとは議論の出発点が相違するように思われる。あるいは、法も国家もすべてなくしてしまえば「神の見えざる手」でうまくいくんだという極論すらあるが、これは単に思慮がないというだけの話である。

「自由主義の基本原理は、それを一定不変の教義とするようなものを何も含んでいない。そして決定的に厳重な規則もない。事象の秩序付けに際し、社会の自発的な力をできるだけ多く利用し、強制に訴えることをできるだけ少なくするという基本原理は、その適用をかぎりなく多様化することができる。特に競争のできるだけ有利に働く体制を慎重につくり出すことと、あるがままの制度を受動的に受け入れることとの間には非常な違いがある。ある大ざっぱな規則、特に自由放任の原則に関して、一部の自由主義者が行った頑迷な主張ほど、自由主義を傷つけたものはおそらくないだろう。」(24ページ)

 出発点は個人であり、その創意工夫をいかに自由に発現させるか。そして分業のシステムが張り巡らされた複雑な近代社会において、その調整をいかに進めていくか。独裁者に全権を委ねると場当たり的で恣意的な権力を振るいかねない。調整役には“競争”が最適である。競争には多くの人々の思惑が絡まるが、それらのせめぎあいの中から一定の落としどころが見出される(→いわゆる“自生的秩序”の議論につながる)。それは具体的な誰の意志でもない、その意味で非人格的な性格を帯びる。「競争と正義は共通なものをほとんど何ももっていないけれども、人を不当に差別扱いするものでないという点において、競争は正義と同じような美点をもっている」(132ページ)。そして、競争のルールを監督する公正な裁定者としての役割は国家に期待される。

「国家は一般的な状態に適用される規則を制定するにとどめ、時と所の事情に依存する、あらゆる事柄の自由を個人に認むべきである。というのは、個々の場合に関係のある個人のみがこのような事柄を知りつくし、その行動をその事柄に適応させることができるからである。個人が計画をたてる際に、彼らの知識を有効に利用することができるとすれば、個人はこれらの計画に影響をおよぼす国家の行動を予言することができなくてはならない。しかし、国家の行動が予言可能なものであるためには、国家の行動は、予言することも、前もって考慮に入れることもできない具体的な事情と無関係に定められた規則によって決められなければならない。」(98ページ)

 個人対個人のぶつかりあいを競争というシステムによって調整していく、そうした形で個人の自由と社会全体の秩序を両立させようとした思想として捉えることができるように思う。そうしたならば、例えば貧富の格差が一人の努力では回復不可能なほど広がってしまった場合、彼らを競争のフィールドに復帰させるという趣旨で国家による救済措置が図られたとしても、それはハイエクのロジックに十分収まるのではないか(ただし、救済措置そのものが常態化→特権享受者の出現という問題が常に考慮されねばならないが)

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2009年12月10日 (木)

P・F・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』、ロバート・B・ライシュ『勝者の代償』

 P・F・ドラッカー(上田惇夫訳)『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社、2002年)は現在進行形の経済社会の見通しを語る論文やインタビューをまとめている。製造業→知識社会という移り変わりの中、自分の専門分野を持った知識労働者が主役。①ボーダーレス、②万人に教育が行渡る→誰でも階層上昇の可能性あり、③競争が激化するため成功と失敗が並存(競争によるストレス)を指摘。①と③はともかく、②についてはうまくいっておらず、出発点の不平等→階層格差拡大という問題は周知の通り。経済社会における個人の役割に注目するのがドラッカーの視点で、都市におけるコミュニティー不在という問題意識→かつて『産業人の未来』で職場コミュニティーに期待を寄せたが、実際にはうまくいかなかったと語る。

 ロバート・B・ライシュ(清家篤訳)『勝者の代償』(東洋経済新報社、2002年)は、ドラッカー言うところのネクスト・ソサエティがもたらすマイナス面に焦点を合わせる。かつてのオールド・エコノミーは安定的で予測可能な経済関係のもとで大規模生産を可能にしていた。対してニュー・エコノミーにおいては、選択肢が大幅に広がり、取引が簡単なのですみやかな切り替えが可能→売り手は顧客を失うまいと焦って競争が激化→果てしない技術革新のダイナミズムを生み出している。しかし、見通しが不確実であること自体が標準化。企業組織においても雇用関係が変化、企業間競争がスピードアップする中で被雇用者への制度的な保証がゆるむ。個人レベルで落伍したくないという競争圧力が強まり、絶え間ない努力が求められ、不平等が拡大、ストレスフルな雇用形態。取引関係の中で自分を売り込んでいく「市場志向型人間」が経済社会の中心となる。ちなみに、著者のライシュ自身が仕事が忙しすぎて家族と過ごす時間を取れないのがつらいと言って仕事(クリントン政権の労働長官)を辞めている。

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2009年12月 9日 (水)

ピーター・F・ドラッカー『「経済人」の終わり』『産業人の未来』『傍観者の時代』『知の巨人ドラッカー自伝』

 正直なところ、ビジネス書の類いは私の肌に全く合わない。マネジメント論の神様とも言うべきピーター・F・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker、1909~2005年)も食わず嫌いだったが、その印象が変わったのは2005年に日本経済新聞で連載された「私の履歴書」を読んだときだった。この連載は『知の巨人ドラッカー自伝』(日経ビジネス人文庫、2009年)としてまとめられている。

 ドラッカーはハプスブルク帝国の末期、ウィーンで政府高官の息子として生まれた。若き日々に何らかの形で出会った人々の中にはジグムント・フロイト、トーマス・マン、ヨゼフ・シュンペーター、フリードリッヒ・ハイエク、トマーシュ・マサリク、カール・ポランニーなど錚々たる顔触れが並ぶ。ドラッカーの業績がどのようなものかという以前に、こうした知的雰囲気に育ったのは一体どんな人なのだろうという関心が先に立った。

 『傍観者の時代』(ドラッカー名著集12、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2008年)は、ウィーンでの若き日々に薫陶を受けた人々、第二次世界大戦勃発まで歩き回ったヨーロッパでの出会い、移住先アメリカの学者や経営者たち──ドラッカーの歩みの中で出会った有名無名様々な人々の思い出をつづっている。当時の時代的雰囲気がうかがわれるだけでなく、人物描写が生き生きとしているので読み物としても面白い(なお、ポランニー兄弟のうち、経済人類学者のカール、『暗黙知の次元』で知られた科学哲学者マイケルは有名だが、長兄のオットーはイタリアで実業家となってムッソリーニに影響を与えたこと、姉のモウジーは農村社会学に取り組んでいたことは初めて知った)。

 ドラッカーはドイツで新聞記者として出発。ちょうどナチス台頭の時期にあたり、取材活動の中でヒトラーやゲッベルスにインタビューしたこともあったという。1939年にアメリカへ移住。戦後、コンサルタントとしてGMの調査を請け負ったことをきっかけとしてマネジメント論を展開する。当時はまだ経営学というジャンルは確立されておらず、企業のビジネス活動が対象ではあっても数式を使っていないので経済学とはみなされず、かと言って行政学・政治学とも違うという中途半端な立場だったらしい。

 マネジメント論で著名となるドラッカーだが、戦争中にデビュー作として刊行した1939年の『「経済人」の終わり』(ドラッカー名著集9、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2007年)、1941年の『産業人の未来』(ドラッカー名著集10、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2008年)とも、いずれも政治的テーマの論文であったというのが興味深い。

 彼は理性万能主義に対する懐疑としてのリベラルな保守主義に立脚し、この立場から全体主義を批判する姿勢を上掲の二冊を通して明確に打ち出した。また、彼は社会的関係の中で自らの役割を求める存在として人間を捉える(こうしたテーマを現代社会で身近な企業組織のあり方として論じていくのが、実は経営学の勘所であろう)。一人一人の個人としての役割を考えてみるとき、自らの責任によって意思決定を行なうという、そもそも“自由”なる概念の本質は閑却できないわけで、社会的な関係性の中でもそれは決して従属的なものではあり得ない。こうした考え方が、さらに分権化、民営化というテーマにもつながっていく。

 『「経済人」の終わり』は、「経済人」モデルの行き詰まりがナチスを招き寄せたという論点を提示する。経済発展を通して個人の自由と平等を実現し、その個人は経済関係を通して社会的な位置を占める。こうした個人モデル=「経済人」を前提とした資本主義は、社会的不平等が広がっても、いつかは個人の自由や平等が実現されるはずだという期待があってはじめて成り立っていた。社会全体が生活水準の向上を実感しているうちは良かったが、やがて破綻、しかし社会的格差は拡大を続ける。人々は幻滅し、そうした反発を吸い寄せたのが、脱経済至上主義的なファシズムであったとされる。ナチスは「英雄人」という役割を社会のすべての構成員に割り振るが、それは軍国主義的なものであった。こうした形で資本主義の行き詰まりを防げなかった以上、現在の経済社会の基礎を前提としつつも、自由と平等を保証できる新たな脱経済至上主義的な方向を模索しなければならないという問題意識を示した。

 『産業人の未来』は、以上の問いを受けて、自らの社会的役割を求める個人が集まった社会として有効に機能させるために産業社会の構築という考え方を示し、とりわけアメリカで見出した株式会社という組織に注目する。ブルジョワ資本主義も、マルクス社会主義も、財産の所有に社会的権力の裏付けを求める点では同じであり、誰が所有するのかが違うというに過ぎなかった。資本主義社会において株式会社は株主の所有物である。ところが、バーリ=ミーンズの議論が示すように、所有と経営の分離が実際には進行しており、株式会社自体が自律的な組織として成立している(ゴーイング・コンサーン)。株式会社がいわば社会学的な中間団体となり、その中で経営者と労働者が役割分担をしていく(それを円滑に進めるためにマネジメント論が要請された)。役割分担がうまくいってはじめて社会は有機的に機能する。個人がバラバラのままだったら、政治権力が直接統合に乗り出して奴隷制を作り出してしまう。ドラッカーはこうした社会的“自治”の観点から株式会社組織を捉えていたと言える。

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2009年12月 8日 (火)

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』

オルテガ・イ・ガセット(神吉敬三訳)『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫、1995年)

 学生のときから何度か読み返してきた本。あちこち書き込みがあったり、手垢で茶色くなったり、もうヨレヨレだな。“大衆”と“高貴な者”、“選ばれた者”という対比は時に誤解を招きやすいが、これは現実の社会階級を指すのではなく、一人一人の生き方の問題、精神的な態度の問題であることを前提としておさえておかないと全体の論旨を捉えそこねてしまうので要注意。

・“大衆”と“高貴な者”、“選ばれた者”。

「大衆とは、善い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は「すべての人」と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである。」「選ばれた者とは、われこそは他に優る者なりと信じ込んでいる僭越な人間ではなく、たとえ自力で達成しえなくても、他の人々以上に自分自身に対して、多くしかも高度な要求を課す人のことである。」人間の二つのタイプ→「第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な要求を持たない人々、生きるということが自分の既存の姿の連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のまにまに漂う浮標のような人々である。」(17~18ページ)
「なんらかの問題に直面して、自分の頭に簡単に思い浮かんだことで満足する人は、知的には大衆である。それに対して、努力せずに自分の頭の中に見出しうることを尊重せず、自分以上のもの、したがってそれに達するにはさらに新しい背伸びが必要なもののみを自分にふさわしいとして受け入れる人は、高貴なる人である。」(95ページ)

・大衆は“凡俗”であることを恥じ入るのではなく、“凡俗”であることを正当だと開き直る。ネットという媒体が普及して、誰でもその時の思いつきで無責任に書き散らかすことができるようになって、以下の傾向はますます強まっているな。

「…今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題からえた結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。わたしは、多数者が今日ほど直接的に支配権をふるうにいたった時代は、歴史上にかつてなかったのではないかと思う。」「…今日の著述家は、自分が長年にわたって研究してきたテーマについて論文を書こうとしてペンをとる時には、そうした問題に一度も関心を持ったことのない凡庸な読者がもしその論文を読むとすれば、それは論文から何かを学ぼうという目的からではなく、実はまったくその逆に、自分がもっている平俗な知識と一致しない場合にその論文を断罪せんがために読むのだということを銘記すべきである。」…「今日の特徴は、凡俗な人間が、おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとするところにあるのである。」(21~22ページ)

・いまここに厳然としてある自分はどうやっても他の存在にはなれない。どんな壁が立ちはだかったとしても、自分の負っている一切を引き受けた上で(ニーチェ風に言うと「運命愛」か)、ギリギリまで自己を突き放してひたむきにぶつかっていくこと。

「生は自己の世界を選ぶことはできない。生きるということは、一つの特定の交換不可能な世界、つまり現在のこの世界の中に自己を見出すことである。われわれの世界は、われわれの生を構成する宿命の広がりなのである。しかし、この生の宿命は、機械的なそれとは異なったものである。われわれは、軌道があらかじめ完全に決定されている鉄砲玉のように、存在の世界に撃ち出されたのではない。われわれがこの世界──世界はつねにこの世界、現在のこの世界である──に落ち込むことによってはまり込む宿命というものは、まさにその逆である。われわれは一つの軌道を課せられるかわりに、いくつもの軌道を与えられ、したがって、選択することを余儀なくされているのである。われわれの生の状況とは、なんと驚くべき状況であろうか。生きるとは、この世界においてわれわれがかくあらんとする姿を自由に決定するよう、うむをいわさず強制されている自分を自覚することである。われわれの決断には、一瞬たりとも休むことが許されていない。したがって、われわれが絶望のあまり、ただなるがままにまかせる時でさえ、われわれは決断しないことを決断したといえるのである。」(65ページ)
「生とは有為転変である。生とは、文字通りドラマなのである。」(110ページ)
「生というものは、われわれがその生の行為を不可避的に自然な行為と感じうる時に初めて真なのである。」「不可避的な場面から成り立っている生以外に、自己の根を持った生、つまり真正な生はない。」(260ページ)

・技術的にも、経済的にも、社会的にも、近代文明はあらゆる可能性を広げた。それを先人が今まで孜々として作り上げてきた努力へは敬意が払われてしかるべきだが、大衆=平均人はそうしたことに何ら顧慮することなく空気のように当然だと思い、その文明の成果を使うにやりたい放題。人は限界にぶつかり、その限界を克服しようという努力の中で自身の何たるかをつかみとっていくものだが、対して凡庸人は、限界を知らないから無責任に気まぐれをやりちらかす。凡庸人の自己充足的な思い上がり→「慢心しきったお坊ちゃん」の時代。

・科学の細分化→科学者は自分の専門分野については詳しいが、他分野には関心がない。それでも自分は学者であるという自意識→自分の知らない分野にも発言しようとする思い上がり。「今日、かつてないほど多くの「学者」がいるにもかかわらず、たとえば一七五〇年ごろよりもはるかに「教養人」が少ない。」(161ページ)
(※科学の細分化→全体を見渡す智慧がない→現代の核開発や環境問題などのように科学技術の成果としてもたらされた不安定性、という論点へと進めれば、ウルリヒ・ベックやアンソニー・ギデンズたちのリスク社会論にもつながる)

・オルテガなりの「生の哲学」的観点から「国民国家」を把握。所与の条件で拘束された共同体ではなく、目標があるからこそ集まった人々による協働事業。エルネスト・ルナンの表現を援用すれば、それは未来へ向けた日々の人民投票である。

「国家というものは、出生を異にするもろもろの集団が共存を強制される時に初めて生まれるものである。この強制は、むき出しの暴力ではなく、ばらばらの集団に提示された一つの共通の課題、一つの督促的な計画を前提としたものである。国家とは何よりもまず一つの行為の計画であり、協同作業のプログラムなのである。人々が呼び集められるのは、一緒に何かをなさんがためである。国家とは、血縁関係でもなければ、言語的統一体でも領土的統一体でもなく、住居の隣接関係でもない。国家とは、物質的で、生気のない、所与の、限定されたものとはおよそ正反対のものである。それはダイナミズムそのもの──共同で何かをなそうとする意志──であり、ゆえに国家という観念は、いかなる物理的条件の制約ももっていないのである。」「国家は一つの事物ではなく、運動である。国家は、つねに…から来て…へ向かって行くものである。国家はすべての運動がそうであるように、起点(terminus a quo)と目標(terminus ad quem)をもっている。」(233ページ)
「共通の血、言語および過去は静的で、宿命的で、硬化した無気力な原理であり、牢獄である。もし国民国家がそれらのみに存するとすれば、国民国家とはわれわれの背後にあるものであって、われわれとしてはなすべきことは何もないだろう。つまり、国民国家とはかくあるものであって、かく形成するものではなくなってしまうだろう。」「人間の生は、望むと望まざるとにかかわらず、つねに未来の何かに従事しているのである。われわれは今の瞬間にありながらそこから来るべき瞬間に気を配るのである。だからこそ、生きるということは、つねに休むことも憩うこともない行為である。なぜ人々は、あらゆる行為は、一つの未来の実現であることに気づかなかったのだろうか。」(247ページ)
「国民国家はけっして完結することはない」。「国民国家はつねに形成の途上にあるか、あるいは崩壊の途上にあるかのいずれかであり、第三の可能性は与えられていない」。「その国家がその時々において生き生きとした企てを象徴するか否かによって、支持を獲得しゆくかあるいは支持を失っていくかのいずれかなのである。」(251~252ページ)

(※思いっきり蛇足になるが、『坂の上の雲』の時代というのはこんな感じだったんだろうな)

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2009年12月 7日 (月)

西水美恵子『国をつくるという仕事』、東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』

 西水美恵子『国をつくるという仕事』(英治出版、2009年)の著者は元世界銀行のエコノミストで主に南アジアを担当、副総裁も経験した。貧困の現場を自ら歩いてまわり、可能な場合には農村にホームステイして一緒に働き、あるいは政治指導者と困難な政治交渉を進めたり、そのようにして出会った人々のこと、そして出会いを通して考えたことをつづっている。国際法上、世界銀行の株主は加盟国の国民とされているという。この大前提から発展途上国が必要とする事業に融資するのが仕事である。世銀にしてもIMFにしても、欧米発の“グローバル・スタンダード”押し付けという悪評をよく耳にするが、著者は現地で実地に活動する人々から智慧を借りるのだという姿勢を繰り返し強調している。いくらインフラが物理的に整備されても、汚職が蔓延していたら有効に機能しない。どんなに働いても特権階層に搾り取られてしまうだけなら、働くインセンティヴなど消え失せてしまう。結局、貧困解消の問題はガバナンスの問題に行き着く。そして、ガバナンスはリーダーシップによって左右される。例えば、パキスタンのムシャラフ前大統領はクーデターをおこした軍人として海外での評判は芳しくなかったが、民主主義とは名ばかりで政党政治を私物化するブット、シャリフ両家の政争に堕したバッド・ガバナンスを目の当たりにしていた著者は、(最初は警戒していたものの)ムシャラフの改革志向の生真面目さにはむしろ好感を抱いていた。とりわけ、ブータンの雷龍王四世の謙虚さにはいたく敬服している様子である。

 ついでながら、以前、辺境のガンディーことアブドゥル・ガファル・カーンを取り上げたが(→こちら)、彼の名前を初めて知ったのも二、三年ほど前に日本経済新聞に掲載された西水さんのエッセイだった。アフガニスタン滞在中に彼のことを聞いたらしい。

 内戦で崩壊した政府を再建するにあたり、その根拠として国際管理下で選挙が実施される。しかし、民族対立、腐敗構造、貧困など阻害要因をそのままにして選挙だけ実施してもガバナンスがうまくいかないことはよく指摘されている(例えば、Paul Collier, Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places, HarperCollins, 2009を以前に取り上げた→こちら)。

 東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』(岩波新書、2009年)は、新政府確立において前提となる“正統性=レジティマシー”(Legitimacy)をいかに形成するのかという問題意識を示す。新たにルールや制度をつくる場合、それに人々が従う動機として、①軍事・警察力による強制、②利害計算と共に③レジティマシーを挙げている。「レジティマシーとは、人々にルールや、そのルールを作り出す組織に従うことを動機づける内的な力である。レジティマシーがあると感じるとき、人々は強制ではなく、自主的にそうしたルールに従う」という。例えば、選挙に敗れても野党としての立場を受け入れるのは選挙についてのレジティマシーがその社会に行き渡っているからである。平和構築のプロセスにおいては、①国連など公正な第三者の関与、②反政府勢力を含め広範な勢力を政治過程に参加させる、③現地の人々の主体的な参加、④経済的・社会的状況の改善(平和の配当)によって生活の安定化、⑤軍事力をどのように使うのかという問題、などが見出せる。これらの要因を踏まえて、当事者全体がルールを受け入れるプロセスが繰り返されて、ようやくレジティマシーが確立される。こうした問題意識を踏まえたケース・スタディとしてアフガニスタン、東ティモールでの現地調査を行なっている。

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2009年12月 6日 (日)

「カティンの森」

「カティンの森」

 冒頭、橋の両側から難民が押し寄せてきて鉢合わせするシーンが象徴的である。「どこへ行くつもりだ? ドイツ軍がそこまで来ているんだぞ!」「知らないのか? 昨日、ソ連軍が攻め込んできたんだ!」

 ヒトラーとスターリンの秘密協定によってポーランド分割はすでに決まっていた(18世紀以来で4度目!)。両大国に挟まれて翻弄される宿命。人によっては、「自由なポーランドなどあり得ない」という諦念。“カティンの森”も両大国のプロパガンダ合戦に利用される中、肝心のポーランド人自身はこの事件について言及すること自体がタブーとなってしまった。

 アンジェイ・ワイダの軍人であった父親も“カティンの森”事件でソ連軍によって殺害されている。早くから映画化の情熱を持っていたものの、共産党支配下ではどうにもならなかった。父親が殺害されたことばかりでなく、その事実が隠蔽されねばならなかった現代史の成り行きそのものに対しても二重の無念を抱えていた。真実を掘り起こし、彼自身の表現手段である映画を通して訴えかけたい、そうした思いが実を結ぶのはようやく世紀がかわってからのことである。

 スターリンは、かつてソ連軍がピウスツキ将軍率いるポーランド軍によって敗れたことからポーランド軍将校に対して忌避感を持っていたが、そればかりでなく、将校も含めてポーランド指導層を根絶やしにすることで権力の空白状態を生み出し、そこにソ連帰り組を送り込もうという意図があったとも言われている。同様の思惑はナチス・ドイツも抱いており、この映画でもドイツ占領下クラクフの大学教員が一斉拘束されるシーンによって示されている。

 ポーランド軍将校であった夫がソ連の収容所へ送られ、大学教授であった義父がドイツの収容所へ送られ、残された家族の視点がこの映画の主軸となる。生きているはずだという期待が次第に疑いへと変わり、時には妄想にもなり、そして現実によってすべてが無残にも打ち砕かれてしまう。愛しい人が二度と戻らないという事実ばかりでなく、そのことについて虚偽のプロパガンダに従わねばならないという不条理。こうした心理的苦境は、ワイダ自身の家族のものだったのだろう。

 歴史の隠蔽はポーランド人の協力者によっても行なわれたわけだが、その共犯関係を一方的に非難してしまうのも酷かもしれない。生き残るためにはやむを得ないというあきらめ。しかし、矛盾に引き裂かれた苦悩。ソ連軍の捕虜となったが協力して無事帰国した友人の将校は自殺してしまう。

 発見された虐殺死体の検証場面など当時の記録映像も使われるが、映画の最後でソ連軍による組織的殺戮のあり様が再現される。そして映像は暗転し、静けさの中から黙祷を捧げるかのように流れるのはペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」。この映画自体がワイダによるポーランド現代史へのレクイエムである。

【データ】
原題:Katyn
監督:アンジェイ・ワイダ
原作:アンジェイ・ムラルチク
音楽:クシシュトフ・ペンデレツキ
2007年/ポーランド/122分
(2009年12月6日、岩波ホールにて)

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「千年の祈り」

「千年の祈り」

 アメリカの大学図書館で働くイーランのもとへ北京から父が訪れた。離婚した彼女が落ち込んでいるのではないかと気遣う父。しかし、詮索するような父の態度に反発する娘。

 先日、原作小説を読んだときにも触れたが(→こちら)、中国語は母国語なのに自分の感情をうまく表現できない、だから英語を使うと違う自分になれるの!というセリフがストーリー上の一つの勘所となる。語られるのは建前であり、心にわだかまる心情は沈黙の中に押し殺すしかない、そうした監視社会の中で、お父さん、あなた自身が本当のことを話してくれなかったじゃない!という反発。

 父は娘の知らなかった過去のことを語る。部屋の壁を隔てて一人語りするシーンが印象的だ。気持ちを打ち明けるような話し方に慣れていない彼の戸惑いを表わしているのだろうか。その話には文革の影もほのめかされるが、あまり政治に引き寄せた解釈をしてしまうのも無粋かもしれない。例えば食事のシーンをはじめ、父と娘の関係を、ふとした仕草からこまやかに写し取っていく演出の方に目が引かれる。

 一生懸命に英語を勉強したり、亡命イラン人のおばあさんと言葉はほとんど通じないのに心を通わせたり、生真面目で朴訥とした好々爺ぶりを演ずる父親役ヘンリー・オーが実に良い感じだ。何となく小津安二郎「東京物語」の笠智衆を思い浮かべた。娘のイーラン役フェイ・ユーは、清潔感のある憂い顔が美しい。

【データ】
監督:ウェイン・ワン
原作・脚本:イーユン・リー
2007年/アメリカ・日本/83分
(2009年12月5日、恵比寿ガーデンシネマにて)

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「曲がれ! スプーン」

「曲がれ! スプーン」

 マンネリ超常現象番組のADの桜井米(長澤まさみ)はディレクターに言われてネタ探しで田舎まわり。インチキ・エスパーばかりでうんざりしながら、待ち合わせで入った喫茶店。ちょうどそこでは、本物のエスパーたちがパーティーの真っ最中。正体がばれるのをおそれている彼らは、自分たちの能力を隠そうと話の辻褄合わせにあくせくする、というシチュエーション・コメディー。なかなか面白かったが、映画がというより、オリジナルの舞台が面白いということだろう。

 舞台作品を映画に仕立て直すケースは結構多いが、これもヨーロッパ企画という劇団の舞台らしい。エスパーたち6人の掛け合いなど明らかに舞台風の台詞回しである。本広克行が映画化した舞台作品としては以前にジョビジョバの「スペーストラベラーズ」を観た覚えがある。この手のものではやはり三谷幸喜が好きだな。最近観たのでは古沢良太が脚本を書いた「キサラギ」も面白かった。

【データ】
監督:本広克行
脚本:上田誠
2009年/106分
(2009年12月5日、新宿バルト9にて)

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