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2009年11月22日 - 2009年11月28日

2009年11月28日 (土)

「イングロリアス・バスターズ」

「イングロリアス・バスターズ」

 戦局も押しつまった1944年、ナチス占領下にあったフランス。ユダヤ人狩りから逃れて復讐を胸に秘めた少女は、身分を隠して小さな映画館を経営している。そこでナチスの国策映画のプレミア上映会が開催されることになり、しかもヒトラーが直々に出席するという。一方、連合軍から送り込まれた特殊部隊、殺したドイツ兵の頭皮を剥ぐことで悪名を轟かせていた彼らも、プレミア上映会に合わせて作戦を発動。捨て身の復讐戦が始まる。

 広い意味では“ナチスもの”映画と言えるのかもしれないが、むしろナチスを題材としてタランティーノお得意のスプラッター・アクションが展開される。敵も味方もとにかくどんどん死んでいくな。史実なんて思いっきりひっくり返しちゃうし。ナチスのユダヤ人虐殺という“絶対悪”について世界的なコンセンサスが出来ているだけでなく、そもそも第三帝国の戯画的な政治空間は現実離れしているから、ナチを殺しまくってもインモラルな感じはしないということか。

 キャスティングのトップにあがるのはブラッド・ピットだけど、やはり主役はユダヤ人少女役のメラニー・ロランだろう。おどけた感じでありつつも実は語学に堪能で意外に切れ者というSS将校ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)にはヒールとしてストーリーを盛り上げる存在感がある。言語や身振りで正体を見破るやり取りには興味を持った。頭が疲れていて何も考えたくないときに観る分にはなかなか面白かった。

【データ】
原題:Inglourious Basterds
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
2009年/アメリカ/152分
(2009年11月28日、新宿ミラノにて)

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「つむじ風食堂の夜」

「つむじ風食堂の夜」

 いまにも雪が降りそうな、寒風吹きすさぶ月舟町の夜。十字路脇にたたずむ石造りの洋館、どうやら食堂らしいのだが、そこに吸い込まれるように“私”が入っていくと、起立した男性がちょうど一演説はじめたところだった。お題は、「二重空間移動装置」なる万歩計について。食事をしながら合いの手を入れる常連客──やたらと弁の立つ帽子屋さん、主役がとれず苛立っている舞台女優、口の悪い古本屋のオヤジ、読書好きな果物屋の青年。あちこちから吹いてきた風が、くるりとひとつのつむじ風になる。この店の名前は“つむじ風食堂”。

 安食堂の割には洒落た店構え、ノスタルジーをかき立てられる古びたコーヒースタンド、“私”の暮らす天井が高くて素っ気ない一室で灯る石油ストーヴ、路面電車がゆっくりと走る街並(函館でロケをしたらしい)。日本なのかヨーロッパなのかよく分からないレトロな感じの舞台設定が、どこか浮世離れした登場人物の会話をそっと包み込んでいる。ストーリーがどうこうという以前に、この空気感そのものが私は好きだな。

 帰りがけ、原作の吉田篤弘『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫、2005年)を買って読んだ。原作小説自体が映像化しやすそうな描写でつづられているにしても、その味わいは映画のレトロな感じの舞台設定によってより活かされている。吉田篤弘って誰だろう?と思っていたら、クラフト・エヴィング商會の片方の人だ。もちろんブックデザインでは有名だが、小説を書いていたとは不覚にも知らなかった。

【データ】
監督:篠原哲雄
原作:吉田篤弘
出演:八嶋智人、生瀬勝久、月舟さらら、下條アトム、田中要次、芹澤興人、スネオヘアー、他
2009年/84分
(2009年11月27日、渋谷・ユーロスペースにて)

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2009年11月27日 (金)

菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業──「壮大な拉致」か「追放」か』

菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業──「壮大な拉致」か「追放」か』(中公新書、2009年)

 北朝鮮問題にはある種の “情緒的”な主張が絡まりやすく難しいテーマであるが、本書は1959~1984年まで続けられた在日朝鮮人の帰国事業について資料に基づいて事実関係を整理する構成となっているので安心して読み進められる。

 プッシュ要因とプル要因から説明される。前者としては日本での差別待遇や貧困、日本政府の「厄介払い願望」など、後者としては北朝鮮側の政治的思惑による「地上の楽園」という宣伝(日本のマスコミによる好意的な報道も後押し)、朝鮮労働党の意を受けた朝鮮総連による積極的な勧誘活動などが挙げられ、プッシュ・プル両方の要因が合わさって帰国願望が高められた。帰国者の大半は38度線より南の出身だが、韓国の政治的混乱が知られる一方で北朝鮮については肯定的な情報しか伝わってこなかったこと、朝鮮総連の熱心さに比べて韓国政府の対応は冷たかったことも背景にある。

 北朝鮮の虚像と実態との乖離は帰国者を絶望に陥れた。北朝鮮国内の生活水準からすれば比較的優遇もされたらしいが、「地上の楽園」という宣伝を真に受けて来た人々からすれば、この落差はどうにもならない。身なりの良い彼らは現地の人々からは嫉妬され、さらには差別の対象になる。不満を漏らせば当局の監視対象となり、場合によってはスパイ容疑もかけられる。日本での差別から逃れて来たにもかかわらず、再び抑圧される立場に落とされてしまった悲運には何とも言葉がない。

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2009年11月26日 (木)

岩井克人『貨幣論』

岩井克人『貨幣論』(ちくま学芸文庫、1998年)

 何となく思い立って再読。貨幣とは何か? 実体的な根拠のない自己言及的な循環論法で成立している、そもそも本質のない貨幣がここに存在して作用していること自体が「神秘」だ──こうした着眼点がものすごく刺激的で、私は経済学の議論は苦手だが、それでも食い入るように読んだ覚えがある。経済学というレベルを超えた根源的な探求なので、専門外の人間が読んでも実に新鮮だった。

・物々交換では困難な「売り・買い」という欲求の二重の一致は貨幣によって可能→商品経済の可能性を飛躍的に拡大。
・“貨幣”は他のすべての商品に交換可能性を与えると同時に、他のすべての商品から交換可能性が与えられることによって“貨幣”は成り立っているという両義性→外部に根拠を求める必要のない自己完結的・宙吊り的な循環論法の結節点として“貨幣”は位置する。
・貨幣商品説も貨幣法制説も、実体的な根拠を外部に求めようと発想している点で同様に神話に過ぎない。
・モノの代わりとしての金、地のままの金の代わりとしての金貨、金貨の代わりとしての紙幣、と繰り返すうちに、「代わり」自体が「本物の貨幣」になってしまう奇跡。これによって無から“貨幣”という有が生まれた。

「貨幣が貨幣として流通しているのは、それが貨幣として流通しているからでしかない。」「このような無限の循環論法によって支えられている貨幣とは、それゆえ、その存在のためにはなんらの実体的な根拠も必要としていない。それは、モノとモノとの直接的な交換の可能性を支配するひとびとの主観的な欲望の構造や、ひとつのモノを貨幣として指名する共同体や君主や市民や国家の権威には還元しえない、「何か」なのである。」「貨幣が「ない」ことと「ある」こととのあいだには乗り越え難い断絶が横たわっている。そして、その断絶が現実において乗り越えられたとしたら、それは「歴史の偶然」、いや「歴史の事実性」としかいいようのない無根拠な出来事であり、まさにひとつの「奇跡」にほかならない。」「モノとしての商品をいくらせんさくしても、そのなかに神秘はかくされていない。商品と商品との関係としての商品世界のあり方をいくらせんさくしても、そこにはせいぜい物神化や共同幻想といったありふれた神秘しか見いだすことはできない。もし商品世界に「神秘」があるとしたら、それは商品世界が「ある」ということである。それは、もちろん、その商品世界を商品世界として成立させる貨幣が「ある」ということの「神秘」である。」「ところで、「奇跡」はすでにおこってしまっている。われわれはいま貨幣が「ある」世界のなかに生きている。」(104~107ページ)

・貨幣の流動性→不確実な将来に備えてすぐには商品をかわずに貨幣を貯めておこうとする→売りと買いとの間に時間差、総供給と総需要とが独立した動きを示し得る→貨幣そのものへの欲望が喚起されると、「見えざる手」による均衡が働かず、むしろ暴走しかねない不安定性。

「貨幣が今まで貨幣として使われてきたという事実によって、貨幣が今から無限の未来まで貨幣として使われていくことが期待され、貨幣が今から無限の未来まで貨幣として使われていくというこの期待によって、貨幣がじっさいに今ここで貨幣として使われる。過去をとりあえずの根拠にして無限の未来へむけての期待がつくられ、その無限の未来へむけての期待によって現在なるものが現実として可能になるのである。貨幣ははじめから貨幣であるのではない。貨幣は貨幣になるのである。すなわち、無限の未来まで貨幣は貨幣であるというひとびとの期待を媒介として、今まで貨幣であった貨幣が日々あらたに貨幣となるのである。」(200~201ページ)

・貨幣そのものに具体的な有用性はない。有用なものと引き換えられるという可能性を担保しているから他の人も引き受けてくれる、つまり無を有として取引されている。ひょっとしたら貨幣を引き受けてもらえない可能性があっても、今まで貨幣が使われてきたという事実を踏まえ、無限の未来へと先送り。しかし、引換に期限が区切られたら(「最後の審判」の日!)、貨幣は何の役にも立たないことが露呈してしまう。無限の未来への期待が貨幣としての価値を支えている。この期待がなくなったとき、貨幣を成り立たせていた循環論法が破綻し、ハイパー・インフレーションに見舞われる。

「貨幣とは、言語や法と同様に、純粋に「共同体」的な存在である。」
「貨幣共同体とは、伝統的な慣習や情念的な一体感にもとづいているのでもなければ、目的合理的にむすばれた契約にもとづいているのでもない。貨幣共同体を貨幣共同体として成立させているのは、ただたんにひとびとが貨幣を貨幣として使っているという事実のみなのである。」
「貨幣で商品を買うということは、じぶんの欲しいモノをいま手にもっている人間が貨幣共同体にとっての「異邦人」ではなかったということを、そのたびごとに実証する行為にほかならない。いささか大げさにいえば、それは貨幣を貨幣としてあらしめ、貨幣共同体を貨幣共同体として成立させた歴史の始原のあの「奇跡」を、日常的な時間軸のうえでくりかえすことなのである。」(210~217ページ)

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2009年11月25日 (水)

『ジンメル・コレクション』

北川東子・鈴木直訳『ジンメル・コレクション』(ちくま学芸文庫、1999年)

 ゲオルグ・ジンメル(Georg Simmel、1858~1918年)の大著『貨幣の哲学』はややこしそうなので、とりあえず本書所収の「近代文化における貨幣」を読んだ。

 土地の共同体に人格的に結び付けられた現物経済中心の時代→“貨幣”という無機的な媒介項の登場、貨幣価値への換算可能性によって所有と所有者とが分離、経済の非人格化が押し進められることでそうした共同体は解体され、各々の個人としての自覚が促された。“個の自覚”は“近代”なる時代を特徴付ける条件の一つと言えよう。ただし、貨幣は人と人とのつながりを分断しただけでなく、貨幣価値換算という形を通した行動様式の均一化によって分業の可能性が開かれ、 “貨幣”の媒介によってこそ独立した個人が再び結び付けられる。

「近代文化の諸潮流は一見相反する二つの方向へと流れこんだ。ひとつは、平均化へ、均一化へ、もっとも離れたものをも同一条件のもとに結び合わせ、より包括的な社会圏を生み出す方向へと。もうひとつは、もっとも個性的なるものの形成へ、個の独立性へ、個我形成の自立をめざす方向へと。」「そしてこの二つの方向がともに貨幣経済によって支えられた。貨幣経済は、一方では、あらゆるところで同一の作用を及ぼすきわめて普遍的な利害と結合手段と了解手段を提供したが、他方では、おのおのの人格に、より大きな外界からの距離と個人志向と、自由を与えた。」(「近代文化における貨幣」271~272ページ)

 一人ひとりの人間は、たとえて言うならばそれぞれが自己完結した小宇宙を成している。個としての絶対的な自律性を主張する。しかし、それぞれが異質なものとして互いに排斥しあうだけではない。絶対的な個として自らの小宇宙を維持しつつも、他の小宇宙との緊張関係をもひっくるめてより大きなまとまりを成している。ジンメルにとって“貨幣”とは単に社会経済的現象というだけでなく、このようなまとまり形成の媒介項としての視点そのものを表わしていると言える。

 こうした“貨幣”をめぐる含意と同様のことをジンメルは“橋”に仮託して次のように表現している。

「外界の事物の形象は、私たちには両義性を帯びて見える。つまり自然界では、すべてのものがたがいに結合しているとも、また分離しているとも見なしうるということだ。」…「自然の事物があるがままに存在しているなかから、私たちがある二つのものを取り出し、それらを「たがいに分離した」ものと見なすとしよう。じつはそのとき、すでに私たちは両者を意識のなかで結びつけ、両者のあいだに介在しているものから両者をともに浮き立たせる、という操作を行っているのだ。」…「川の両岸がたんに離れているだけではなく、「分離されている」と感じるのは私たちに特有のことだ。もし私たちが、私たちの目的思考や必要性や空想力のなかで両岸をあらかじめ結びつけていなかったとしたら、この分離概念はそもそも意味をもたないだろう。」…「橋がひとつの審美的な価値を帯びるのは、分離したものをたんに現実の実用目的のために結合するだけではなく、そうした結合を直接視覚化しているからだ。現実の世界では身体を支えるために提供している足がかりを、橋は目にたいしても風景の両側を結ぶために提供している。」(「橋と扉」90~93ページ)

 それぞれに絶対的な自律性を主張して一見したところ他とは相容れないようにも思える事象がこの世界に満ちている。しかしながら、そのような緊張関係も、視点を組み替えてみればもっと大きなまとまりが見えてくるという着眼点がジンメルのエッセイの面白いところだ。

 例えば、肖像画。モデルと、それを描いた絵画作品とは全く別個の存在である。目鼻立ちの造作や色合いが正確に写し取られているかどうかが問題なのではない。描かれた肖像画において、それ自体の世界の中では形や色はこうあらざるを得ないという必然性が感じられる。モデルと、それを描いた肖像画という関係性はあっても、後者が前者に従属しているというのではなく、両者ともに自律的な存在感を持っている。そうした緊張関係に触発されて鑑賞者が統一的な把握をしようとしたときに生き生きとした迫力を感じ取る(「肖像画の美学」)。

 あるいは、俳優の演技。台本の役柄と演じる俳優とはそれぞれ別の存在であるが、俳優が自分の個性を発揮して、それが役柄と響き合ったとき、観客に感動を与える演技となる。「文学的想像力のなかで作られ、実在の人間には少しも依存しない連関によってつなぎ合わされた理念的で無時間的な演劇上の事件は、完全に自律的な系であり、また構成だ。しかし他方の俳優が演じる事件の系もまた、その見かけの本質やその視覚性においてやはり同じく自律的であり、ひとつの魂の発展過程をなす。この両者が内容において一致すること──これこそ、その本質においてたがいに対立するそれぞれに自律的な二つの原理の調和にほかならない。それはまた、たがいに異質な存在と力の系が一体化する幸福感を生み出す。こうした一体感は、自然のなりゆきによっては実現できず、ただ芸術によってのみ可能なものだ」(「俳優の哲学」165ページ)。

「芸術作品には、それ自身ひとつの全体でありながら、同時に自分をとりまく環境とのあいだで統一的全体を作り上げなければならない、という本来矛盾した要求が課せられている。ここには、あの人生一般の難しさ、すなわち全体の一要素たる存在が同時に自律した全体たることを要求するという、あの難しさと同じものが見てとれる。」(「額縁──ひとつの美学的試み」123~124ページ)

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2009年11月23日 (月)

「副王家の一族」

「副王家の一族」

 十九世紀半ばのシチリア王国。イタリア統一運動の盛り上がりは人々を沸き立たせており、シチリアにもガリバルディ率いる赤シャツ隊が上陸した。日本でたとえれば、幕末・維新に相当する激動期であったと言えるだろう。時期的に同じというだけでなく、分裂状態にある国家の統一と政治的近代化が連動していたという意味でも。

 シチリアにおけるスペイン・ブルボン朝の副王であった名門貴族ウゼダ家の面々。時代情勢の変転の中でも封建的思考から抜けられない父とその束縛から逃れようとする息子の葛藤。こうしたストーリー上のコンセプトの点でも、時代背景という点でも、ルキノ・ヴィスコンティ「山猫」を髣髴とさせる。実際、「副王家の一族」の原作小説は「山猫」にも影響を与えたらしい。

 「山猫」でバート・ランカスター演じる父の、自分たち貴族が滅び行く宿命をはっきりと自覚しつつも毅然と胸を張って向き合う、そうした黄昏の美学が私には印象的だった。「副王家の一族」ではむしろ肉親同士の憎しみや遺産相続をめぐる思惑といった醜態がさらけ出され、死を前にして迷信にとりつかれて悪あがきをする父の姿は対照的である。

 “進歩”の信奉者となっていた息子だが、ウゼダ家を継承することになって考える。“貴族”を“貴族”たらしめるのは何か。父は“憎悪”こそが人を育てると考えていた。対して、息子の答えは“権力”。彼は王党派ではなく、左翼の支持を得て選挙に打って出る。

【データ】
原題:I vecerè
監督・脚本:ロベルト・ファエンツァ
原作:フェデリコ・ロベルト『副王たち』(1894年)
2007年/イタリア/122分
(2009年11月23日、渋谷Bunkamuraル・シネマにて)

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「ロートレック・コネクション」展

「ロートレック・コネクション」展

 渋谷のBunkamuraまで映画を観に行き、上映まで時間があったので寄った。ロートレック・“コレクション”かと思っていたら、“コネクション”だった。ロートレックの作品がもちろん中心ではあるが、彼に影響を与えた師匠や友人、モンマルトルに集った同時代の画家たちなどの作品を並べて展示。ロートレックの生涯を軸にして世紀末パリの歓楽街の雰囲気をうかがわせる試み。

 今までロートレックの絵を意識して観ることはあまりなかったが、筆致が軽やかでありつつも、どこか歪んでいたり、皮肉っぽかったり、そうしたところには目が引かれる。ロートレック本人の写真を見たのは初めてだった。身体的なコンプレックスが画風に反映されているのだろうか。

 展示の最後はアルフォンス・ミュシャでしめくくられていた。アール・ヌーボーのポスター画といえばミュシャが定番。ミュシャの絵は好きで、以前にこちらで取り上げたことがある。

(渋谷Bunkamura ザ・ミュージアム、2009年12月23日まで)

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陳桂棣・春桃『中国農民調査』『発禁『中国農民調査』抹殺裁判』、阿古智子『貧者を喰らう国──中国格差社会からの警告』、廖亦武『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界』

 昨日、NHKで「チャイナパワー 第一回 “電影革命”の衝撃」をやっていた。中国語圏人口は巨大なだけにマーケティング合戦は熾烈だ。中国の対外的な存在感を示し、国内的には民心を統一するという趣旨から政府もソフトパワー戦略としてテコ入れしているらしいが、言論の自由が保障されていないにもかかわらずソフトパワーといってもどんなものだろう。番組でも、映画製作上のタブーがまだ大きいから大陸には行かないと語る香港の映画監督も登場していた。

 それはともかく、本題へ。

 陳桂棣・春桃(納村公子・椙田雅美訳)『中国農民調査』(文藝春秋、2005年)は、安徽省でおこった農民たちの集団直訴(上訪・信訪)事件についての取材を通して、中国の農村問題を浮き彫りにしようとしたルポルタージュ作品である。

 中国では都市戸籍と農村戸籍の二元戸籍制が行なわれており、後者から前者への移動は困難である。建国当初は食糧供給確保という目的があったが、労働力を必要とする都市部へ農村出身者が多数流入している現在、彼らの身分は非合法であるため社会保障がない。

 同時に問題なのは、地方における政府・共産党幹部による恣意的な支配がまかり通っている状況である。法的な規定のない負担を無理強いされ、異論を唱えると「態度費」なる罰金が科せられたり、官員を動員して暴力的な圧迫が加えられたりする。農民戸籍に縛られているため逃げるのは難しいし、北京に直訴すれば実態のばれるのを恐れる地方幹部による残忍な報復が待っている。本書も党の地方幹部によるリンチ殺人事件から説き起こされている。問題があっても役人同士でかばい合って隠されてしまう。

 地方幹部は体裁を取り繕った報告のみ中央に上げるため、中央の現状認識が実態から乖離していると指摘される。地方の事情を熟知しているのは地方自身であるという意味で地方自治が大原則であるのはもちろんであるにしても、地方の指導者が恣意的な権力を振るっている場合、それを中央はどのように監督するのか。民意集約の選挙がなされていないばかりでなく、地方・中央の関係不全という問題がうかがえる。また、農業の合理化・近代化という問題も示されている。

 『中国農民調査』が発表されるやいなや、中国国内では大反響を呼び起こした。同様の問題意識を抱えている人々が全国にいるからである。しかし、実名を出された党の地方幹部は著者や出版社を名誉毀損で告訴、さらに本書自体も発禁処分を受けてしまう。陳桂棣・春桃(納村公子・椙田雅美訳)『発禁『中国農民調査』抹殺裁判』(朝日新聞出版、2009年)はその経緯や法廷闘争の記録を通して、中国におけるマスメディアへの圧迫、とりわけ権力者の恫喝によって司法が捻じ曲げられてしまっている実態を描き出している。

 証拠提出の段階から圧倒的に不利。裁判長は原告(党幹部)側に有利な法廷指揮を進める。その裁判長自身も『中国農民調査』を読んで著者たちに内心では同情的だったようだが、行政と司法との権力分立がなされていない体制下において権力機構の末端に連なる者としてはどうにもならない。結局、さらに上のレベルからの圧力で出版社が著者たちには内緒で賠償金を支払ってしまったらしい。政府・党の役人たち自身が法のあり方を理解していないため、いくら法に基づいた異議申し立てを行なっても全く通用しない。建前で何と言おうとも、“法治”の大原則が不在であることが本書を通して告発される。他方で、こうした状況を憂える人々からの励ましの手紙が全国から集まっていることにも注目すべきだろう。

 経済成長著しいが、その中でも格差社会の矛盾が深刻化する中国。阿古智子『貧者を喰らう国──中国格差社会からの警告』(新潮社、2009年)はフィールドワークによって著者自身の目で過酷な現実に直面している人々の焦りや、時には絶望感をもみつめていく。第一章のエイズ村の事例、HIVに感染した女性が周囲から疎外され、陳情しても政府からはねつけられ、犯罪者として捕まってしまった話など本当に悲惨だ。

 戸籍制度のゆがみは農民工のよるべなさや地方・都市の学歴格差などのしわ寄せを生み出しており、これは格差再生産につながりかねない。都市に流入した農民工は言語的・人間関係的にも適応できず、社会保障もない。故郷の農村にいれば親戚や近隣住民との相互扶助も期待できたのかもしれないが、市場経済化によって社会機能が変化する中、農村においても自己中心的な「公徳心のない個人」が目立ちようになってきたという。市場原理による効率化が推奨されても、その前提としての公平なルールが政府によって保証されず、作業分担に必要な信頼がコミュニティーから失われてしまっているという問題が指摘される。

 廖亦武(劉燕子訳)『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界』(集広舎、2008年)の著者は詩人。天安門事件後に投獄された経験がある。獄中で出会った和尚から習った蕭を吹いて生計を立てながら、社会的に疎外された人々を訪れ、聞き取った話がまとめられている。刊行後、中国では発禁となったらしい。会話の調子にリズムがあって、ルポルタージュというよりも、むしろダイアローグ形式の戯曲といった印象を持った。ざっくばらんな口調でしかめっつらしい硬さはなく、読んでいて会話の流れに自然に入っていける。

 不良少年に売春婦、老右派に老紅衛兵、没落した企業家に法輪功やチベットの巡礼者、とにかく多種多様な背景を抱えた人々。残酷な運命にうちひしがれた人もいれば、あっけらかんとした売春婦のように猥雑さの中からたくましさすら感じさせる人もいる。北京に直訴に来た農民からは三農問題を聞いている。第Ⅲ部「変転する社会を生きぬいて」は中国現代史の聞き書きとして興味深い。

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