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2009年8月9日 - 2009年8月15日

2009年8月11日 (火)

…というわけで、藤沢周平

 お盆休みを利用して佐渡島・庄内平野へ出かける予定。どこでもいいから青春18切符を使って安上がり旅行でもしようというのが当初の思惑だったのだが…。東京発の場合、夜行快速で距離を稼ぐのが基本。ムーンライトながら(大垣行き)は使ったことあるから、ムーンライトえちごにしよう、日本海側には滅多に行く機会ないし、佐渡島でも行ってみようか、などと思いながら指定券をとろうとしたら、出発予定日はすでに満席。へこんだ。

 しかし、気持ちはすっかり佐渡へ行くつもりになっている。よし、夜行バスならどうだ?と調べたら、新潟行きの空席あり。ゲット! しかし、青春18切符旅行ではなくなった。大義名分はどうするか?(ま、そんなもんいらないんだけど)佐渡と言えば北一輝。でも、佐渡だけじゃつまらない。日本海沿岸つながりで庄内平野まで足をのばそう。庄内といえば、大川周明と石原莞爾──。というわけで、“日本右翼ふるさと探訪の旅”(笑)なる企画に落ち着いた次第。

 佐渡関係の人物としては、流人では文覚、順徳上皇、日蓮、京極為兼、日野資朝、世阿弥、佐渡生まれでは北の他に司馬凌海、土田麦僊・杏村兄弟、青野季吉、有田八郎、本間雅晴、林不忘といったあたりがいる。庄内関係では、大川・石原の他に清河八郎、高山樗牛、阿部次郎、小倉金之助、服部卓四郎、土門拳、そして忘れてならないのが藤沢周平。

 周知の通り、藤沢周平作品架空の舞台・海坂(うなさか)藩のモデルは、周平の故郷・庄内藩である。本来なら、庄内→海坂→藤沢周平と連想するのが常識人か。

 実は、私は藤沢作品をそんなに読んでいない。覚えているのは、雲井龍雄を描いた『雲奔る』(文春文庫、1982年)、映画「武士の一分」の原作となった『隠し剣秋風抄』(文春文庫、1984年)くらい。それでも、藤沢作品の筆致のイメージはすぐにわいてくるのが我ながら不思議。中高生くらいの頃、歴史小説が好きだったので何か読んだのかもしれないが、忘れてしまった。別に嫌いというわけじゃない。読み始めたらのめりこむ。ただ、他に読みたい本、読むべき本がありすぎて、プライオリティーが高くなかったというだけ。

 早速、藤沢作品をいくつか手に取った。最も評判が高いのは『蝉しぐれ』(文春文庫、1992年)。藩のお家騒動を背景に、青年・牧文四郎の成長を描く一種のビルドゥングスロマンという感じ。少年期の淡い恋心と大人になってからの陰謀騒動とのからみ、一気呵成に読み進んでしまう面白さ。『回天の門』(文春文庫、1986年)。新撰組の母体ともなった浪士組を組織した清河八郎の生涯。能力はあるが性狷介、とかく評判の悪い清河だが、庄内なんて辺地に逼塞していたくない、大舞台で自分の能力を試したい、そのようにウズウズした熱意を肯定的に描く。そういえば、大川周明も清河の評伝を書いていたはずだ。郷土の先人として清河を慕う気風があるのか。

 『半生の記』(文春文庫、1997年)。生い立ちや身辺雑記をつづったエッセイ集。どもりだった少年期、結核の療養生活、挫折を抱え込んだコンプレックスから他人の視線に敏感にならざるを得なかったことが一つの観察眼を生み出しているのか。それが意地悪にはならず、人の感情をこまやかにすくい取って描き込む方向で作用しているところが、叙情的な時代物という藤沢イメージにつながっているようにも思われる。『周平独言』(中央公論新社、2006年)。これもエッセイ集。庄内の土地柄に絡めて清河八郎、石原莞爾、大川周明という三人の比較論をやっている文章に興味を持った(「三人の予見者」)。カリスマ的な予見者として三人に共通点を見出すほか、庄内藩は徂徠学を藩学としていたが、その中にも恭敬派と放逸派とがあって、清河や石原の率直な物言いには放逸派の伝統が見られること、二人とも敵が多かったことを指摘。少年期に見かけた、普段は怠け者のくせに東亜連盟に入って騒ぎまわっていた爺さんのこと、その一方で、石原が奨めた東亜連盟方式の農法に黙々と取り組む人々のことも記されている。

 そういえば、佐高信(この人も庄内出身)が何かで藤沢周平と司馬遼太郎とを比較してたが、藤沢=庶民の視点→良い、司馬=英雄史観→ダメってな具合(苦笑)。こういう脳ミソ単細胞はほっとくしかないな。

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2009年8月10日 (月)

NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言 第二回:特攻 やましき沈黙」

NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言 第二回:特攻 やましき沈黙」

・昨日に続き、「海軍反省会」の録音テープに基づく番組。
・「神風特別攻撃隊」は戦地の大西瀧治郎中将の発案→それを軍令部が認可したのであって、計画・命令したのではないという逃げ口上。しかし、実際には、特攻が実施される一年以上前から回天・桜花など特攻用兵器の開発が進められていた。つまり、特攻を作戦の中心に据える方針が予め軍令部にあった。
・わずかでも生還の可能性があるならまだしも、100%死ぬのが確実→もはや作戦の名に値しない。
・「自発的な意志」という名目で強制。写真→「笑ったふりして赴く特攻隊勇士」という説明書き。
・軍令部の幕僚たちの間にも特攻への後ろめたさがあった→しかし、「やましき沈黙」→敢えて異を唱える勇気なし。

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2009年8月 9日 (日)

NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言:第一回 開戦 海軍あって国家なし」、ETV特集「カルテだけが遺された~毒ガス被害と向き合った医師の戦い~」

NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言:第一回 開戦 海軍あって国家なし」
・戦後、開戦時に海軍中枢にいた将校を中心に「海軍反省会」が秘かに開かれていた。その録音テープをもとに番組構成。
・軍令部総長・伏見宮博恭(皇族出身)による揺さぶりが海軍の軍拡路線を決定付けてしまったという証言あり。
・海軍内部の官僚的セクショナリズム→予算獲得のため対外的脅威を強調。政治的根回しにかまける一方、開戦後のプランはなかった。政治的に他省庁を動かすことに快感を覚える軍令部幕僚たちの存在。
・なぜ無謀な作戦を進めたのか? 戦地にいた人が軍令部にいた人に対して厳しく迫るシーンあり。態度の違いが鮮明に浮き彫りされる。

ETV特集「カルテだけが遺された~毒ガス被害と向き合った医師の戦い~」
・戦時中、陸軍が毒ガス(→対中国戦線で使用)を製造していた秘密工場のあった広島県大久野島(おおくのしま)。近隣の人々が工員として動員されたが、多くは間接吸引して重い後遺症に悩まされた。戦後、ほとんど独力で毒ガス被害者の患者さんたちを診療し続けた行武正刀(ゆくたけ・まさと)医師の取材記録。行武医師は今年、逝去された。
・ある患者さんが、退職を申し出たが憲兵に殴られて泣く泣く通勤した、と漏らした。これを聞いたのをきっかけに、カルテには病歴だけでなく、折に触れて患者さんたちから聞き取った戦争の証言を記録してきた。
・国からの援護を受けられる人々が少なかった。
・イラン・イラク戦争で毒ガス攻撃を受け、今でも苦しんでいる人々がイランにいる→行武医師はこのカルテを役立てようと協力。

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「台湾人生」

「台湾人生」

 一人暮らしで今でも農園で働くおばあさん、楊足妹さん。おそらく、客家系か。「男だったら特攻隊に志願した」と言い切る威勢のいい陳清香さん。パイワン族出身で、軍人・立法委員として原住民の地位向上に尽力してきたタリグ・プジャスヤンさん。学業を続けられなくなりそうになったとき助けてくれた日本人恩師の思い出を語る宋定國さん。ビルマ戦線を生き残り、台湾に帰還してからは二・二八事件で拷問を受け、白色テロで弟を殺された蕭錦文さん。日本語世代、五人の方々が語る台湾現代史。

 監督の酒井充子さんは1969年生まれ、ツァイ・ミンリャン監督「愛情萬歳」を観て台湾に関心を持ったという。戦後、国府対中共の枠組みが日本国内における保守・革新という政治対立と結び付き、そうしたフィルターを通して台湾を見ていた時代とはもはや無縁な世代である(私自身もそうだが)。

 私も以前、この映画に出演している蕭錦文さんとは違う方だったが、総統府や二・二八紀念館でガイドをしてくださった日本語世代のおじいさんから話をうかがったことがある。異口同音、激越な口調で蒋介石を罵るのを聞いて驚いた。そのことはこちらに書いた(→「台湾に行ってきた④(総統府)」、「台湾に行ってきた⑤(二・二八紀念館)」、「台北探訪記(2) 二二八紀念館再訪」)。民進党への政権交代があって可能となったことである。馬英九政権となり、総統府では蒋介石批判はできなくなったという話も聞くが、どうなのだろう。この映画の撮影時はまだ2007年、陳水扁政権の終盤であった。

 「日本人として戦争に行ったのに、日本政府は私たちを捨てた、せめて感謝の気持ちをどうして表わしてくれないのか」という話が耳に強く残る。観光旅行でたびたび行って台湾への親近感を語る日本人でも、国民党による二・二八事件、白色テロといった歴史を知らない人が意外と多くて驚いたことがある。日本人たるべきことが自明視された植民地時代、国民党という外来政権による暗く疎外された時代、そうした転変する時代環境を経てきたことを考え合わせると、日本語を使い続けること自体に、不遇な時代の中で自分たちが生きていく上での一つのよすがというか、精神的な拠り所を求めようとした懸命な何かが窺われてくる。日本への愛着を語るからといって、それを単純に“親日”という政治的ロジックに括ってしまう気持ちにはなれない。そういうのは日本人側の自己満足に過ぎない。一人一人が語るとき、表情に刻まれる陰影はもっと複雑だ。

 実は上映初日に観ようと思って早めに上映館に行ったところ、すでに長蛇の行列ができていて、しかもその時は一日一回という上映ペース、結局入れず断念した。今回、ようやく観ることができた次第。関心は高いようだ。

【データ】
監督:酒井充子
2008年/81分
(2009年8月8日、ポレポレ東中野にて)

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