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2009年7月19日 - 2009年7月25日

2009年7月25日 (土)

「湖のほとりで」

「湖のほとりで」

 湖畔で眠ったように横たわる少女の死顔、湖水や森の木々を背景に浮び上る柔肌の白さは清潔にみずみずしく美しい。

 殺人事件として捜査にあたるベテランのサンツィオ警部は容疑者とにらんだ何人かの村人たちをたずねてまわり、話を聞く。犯人探しのサスペンスというよりも、警部を狂言回しとして、他人にはうかがい知れぬそれぞれの家庭の葛藤を垣間見ていくのがストーリーの中心となる。誰が犯人であるかはそもそも問題にはならない。

 被害者の恋人は彼女が余命わずかの深刻な病を抱えていたことを知らなかった。被害者の父親は娘に異様な執着を持っており、妻の連れ子である姉のことは全く眼中にない。純真だが知的障害のある男性と、そうした彼をもてあます車椅子の老父。被害者が以前にベビーシッターをしていた家庭、“育てにくい”赤ん坊は被害者にはなついていたが、両親は“事故”(?)で死なせてしまっていた過去も掘り起こされる。それぞれの家庭の葛藤を垣間見ながら、警部自身も若年性アルツハイマーとなった妻のことを考えている。

 夫婦の関係、親子の関係、愛情があって当たり前だと他人からは見られても、そうした関係性は必ずしも自明なものとは言えない。何らかの問題を抱えているとき、「どうして自分のところだけ普通じゃないんだ」と鬱屈した思いを抱え込み、他人の眼差しに気付くと「どうせお前には分からない」と一層苛立ちを募らせてしまう。

 映画のラスト、警部は娘を連れて病院の妻を訪ねる。娘は言葉をかけたが、妻は彼女が誰なのか分からないような戸惑った表情を示す。それでも警部は、「見ろよ、微笑んだじゃないか」と娘に言う。ある種の“錯覚”も、それによって相手を赦し、受け入れることができるなら必要な手段ということか。

 全体的に淡々と落ち着いた映像構成。そこにかぶさるミニマリズム的な音楽には過剰な感傷を抑えた情感があって私は好きだな。

【データ】
原題:La Ragazza del Lago
監督:アンドレア・モライヨーリ
イタリア/95分/2007年
(2009年7月24日、テアトル銀座にて)

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2009年7月24日 (金)

レイ・タキー『革命の守護者:アヤトラたちの時代のイランと世界』

Ray Takeyh, Guardians of the Revolution: Iran and the World in the Age of the Ayatollahs, Oxford University Press, 2009

 イラン国内の政治力学、とりわけイデオロギー的立場とプラグマティックな立場とのせめぎ合いが対外政策に連動している様相を本書は分析する。著者による前著『隠されたイラン──イスラーム共和国のパラドックスと権力』(→こちら)では国内の党派的動向の分析に重きが置かれていたが、本書は外交政策形成の国内的背景が中心テーマとなる(内容的には重複が多い)。とりわけ、イランとアメリカの関係、一方の敵愾心が他方の憎悪を増幅させてしまう負のスパイラルを解きほぐすことに焦点が当てられる(なお、『隠されたイラン』を取り上げた際に著者名をタケイと表記したが、『フォーリンアフェアーズ 日本版』の目次をネット上で見るとタキーとなっているので、こちらに従う。)

 イスラム革命の当初から革命イデオロギー(欧米=帝国主義、イスラエルやアラブ諸国支配階層はその代理人)とプラグマティズムとのせめぎ合いが見られた。バザルガンやバニサドルは中立政策(アメリカとは距離を置くが、関係断絶まではしない)を模索したが、アメリカ大使館占拠事件、イラン・イラク戦争と続いてホメイニ体制が確立する過程で失脚。体制内でも、例えばラフサンジャニは柔軟な路線(融和とはいわないまでも、現実的な交渉はする)をとろうとしたが、保守強硬派から猛反発を受けると反米的態度を表明(保守派の抵抗があるとすぐに自説を撤回して立場を守るのが彼の政治行動の特徴で、今回の大統領選後の混乱でもムサビ支持でありつつ現体制への支持も表明した)。ホメイニも彼をかばってラフサンジャニ批判にストップをかけた→ホメイニは体制内の多元的な政治勢力のバランサーとしての役割を果たしていた。

 イラン・イラク戦争の終結後、穏健派のラフサンジャニ政権は経済再建という課題に直面→対外関係の改善が不可欠だが、そうした現実的要請と革命理念との矛盾に苦しむ。イデオロギー的要因から欧米諸国・湾岸首長国との関係改善は失敗したが、社会主義への反発はありつつもソ連・中国とでは成功(この際、中国内ムスリムの窮状は無視された→パワー・ポリティクスの論理がうかがえる)。次の改革派ハタミ政権は“文明の対話”を提唱、イランの変化を国際社会に印象付けた。

 ラフサンジャニら穏健派、ハタミら改革派はホメイニ体制を維持しつつ近代国家を摸索したが、経済開放→外来文化の流入→欧米帝国主義への屈従だとして保守派から反発、その保守派は非選出ポストにいて妨害→内政面での改革には失敗した。「視野の狭い反対者」と「忍耐のない友人たち」との板ばさみになったハタミはとにかく両者のなだめ役に回るしかなかったが、成果はなく改革派は幻滅→次の選挙では決選投票に持ち込まれた末、ダークホースだった保守強硬派のアフマディネジャドが穏健派の実力者ラフサンジャニを破って当選(改革派はメディアを通した世論に依存して組織固めをしなかったのに対し、保守派には革命防衛隊などの組織があったことも指摘される)→最高指導者のハメネイはアフマディネジャドを支持した。理由としては、ハメネイはラフサンジャニとは対立関係にあったこと、また、ホメイニとは異なって宗教的カリスマに乏しく、自前の政治基盤を固めるため保守強硬派に軸足を置く→ホメイニのような体制内バランサーとしての役割を放棄(今回の大統領選挙後の混乱の一因ともなった)。

 アフマディネジャドは「ホロコーストはなかった」発言で物議をかもした。イランでは、国内向けのロジックをそのまま国際社会に向けて発信して反発を受けてしまうシーンがしばしば見られる。イスラエル抹殺など過激な発言の背景としては、第一に、アフマディネジャドやその支持組織である革命防衛隊はイラン・イラク戦争で聖戦意識の昂揚した時代に育った→イデオロギー性が濃厚。第二に、中東諸国の一般感情に訴えて地域大国としてのリーダーシップ強化という戦略的思惑もある(ヒズボラやハマスへの支援には両方の動機が見られる)。他方で、対話を通じて国際社会における地位確立を目指すハタミらの改革派はこうした発言を批判している。

 地域大国としての存在感誇示(=ナショナリズム)のため核開発を進めるという点では、実はパフレヴィー朝時代から一貫している。もう一つの動機は、イラン・イラク戦争での国際的孤立、とりわけイラクによる化学兵器の使用(国際社会は黙認したというダブルスタンダードへの反発)→安全保障は自力救済という強迫観念(この動機から核開発に着手したのが、当時のラフサンジャニ国会議長とムサビ首相)。穏健派・改革派の場合、あくまでも抑止力としての核開発→取引や譲歩も可能。対して、保守強硬派はナショナリズムが主要動機→取引困難。なお、ナショナリズムに立つ保守強硬派の中でも、アフマディネジャドのようなイデオロギー的武闘派だけでなく、イランの地域大国としての地位を確立するためにはアメリカとの合理的な交渉も必要という現実派もいる(たとえば、核開発問題の交渉役やその後国会議長も務めたラリジャニ→今回の大統領選後の混乱ではアフマディネジャドを批判)。

 アメリカのCIAの画策でモサデク首相失脚のクーデター、イラン・イラク戦争ではイラクを支持し、フセインの化学兵器使用を黙認→イラン側の憎悪。対して、アメリカ大使館占拠事件→アメリカ側にも憎悪。イラン・アメリカとも、相互認識のミスリードが両国間の緊張をますます高めてしまう負のスパイラルがある(ブッシュ政権はイランを“悪の枢軸”の一つに指名した)。湾岸戦争後におけるイラクのフセイン政権、9・11後におけるアフガニスタンのタリバン(スンニ派)という共通の敵→関係改善のきっかけもあったが、イラン国内の反米強硬派とアメリカ側の対イラン不信感のため、ラフサンジャニのプラグマティックな路線も、ハタミの“文明の対話”路線も失敗してしまった。

 大雑把に言って、国際政治におけるリアリズムは力の均衡という観点から国家間関係を把握する(パワー・ポリティクス)。こうした捉え方が必ずしも間違っているとは思わない。有効な場面もあり得るが、ただし、国家それぞれの内在的要因が過度に単純化されてしまうと、力の均衡を図る(つまり、相手の善意に期待しない)という点ではリアルではあっても、相手方の行動の原因・動機を正確に認識できないという点で必ずしもリアルとは言いがたい。具体的には、ネオコンがこの罠に陥った(→ロバート・ケーガン『歴史の回帰と夢想の終わり』[邦題:『民主国家vs専制国家 激突の時代が始まる』]の記事で触れた)。第一に、その国家内で複数の政治グループがせめぎ合っている場合、どのグループが主導権をにぎるかによって出方が異なってくる。第二に、どのグループが主導権をにぎるかは、対外的脅威の受け止め方、言いかえればこちらからの圧力のかけ方によっても変動し得る。こうした相互認識のあり方が外交政策形成に及ぼす影響に着目するアプローチをコンストラクティヴィズムという(→ピーター・J・カッツェンスタイン『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』または『日本の安全保障再考』の記事で触れた)。

 イラン政治の内在的ダイナミズムと外交政策との関わりからそうしたパーセプション・ギャップを捉えかえそうとする本書の視点はコンストラクティヴィズムの分析アプローチに近いと言える。イラン外交に時折見られる機会主義(オポチュニズム)的な対応には、イスラム革命イデオロギーだけでなく地域大国としての地位を目指す戦略的動機もうかがえる。アメリカはバランス・オブ・パワーの考え方で封じ込め政策をとるのではなく、地域的安全保障の枠組みにイランも巻き込み、そのバックアップをするべきだと本書は主張する。なお、Mohsen M. Milani, Teran's Take: Understanding Iran's U.S. Policy(Foreign Affairs, July/August 2009)も同様の議論を展開している。こうした提言を受けてであろう、オバマ政権は対話路線に切り替えている。

 ついでに言うと、国際世論の反発という政治的コストがかつてないほど大きくなっているため、リアリズムも変質している。ネオコンのようなイデオロギー的な動機からパワーの行使をためらわないリアリズム(矛盾した表現だが)は異様であった。たとえば、スティーヴン・ウォルトは、パワー・バランスの不安定が紛争につながりかねない地域だけに必要最小限の軍事的プレゼンス(オフショア・バランシング)→地球規模の軍事戦略は抑制→国益に死活的な場面に限定すべきというロジックをとり(ネオリアリズム)、ネオコンを批判した(→『米国世界戦略の核心』)。

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2009年7月22日 (水)

上杉隆『世襲議員のからくり』

上杉隆『世襲議員のからくり』(文春新書、2009年)

 議員の当選に必要とされるジバン(後援会組織)・カバン(政治資金管理団体)・カンバン(選挙区内における知名度)が親族間で世襲されている問題。政治資金管理団体を通した政治資金の継承は、事実上、非課税相続ではないかと指摘される。後援会はその選挙区における利権構造をがっちりと組み立てている→議員の引退・死去により地元有力者の間で後継者争いが始まるとこの利権構造が崩れてしまう→血統のシンボル性により親族だとうまく収まる→後援会が世襲を望むという政治風土的構造がある。

 世襲制限の提言に対して、「門地による差別であり憲法違反だ」という反論があるが、そもそも一般人が政界に入る機会の均等が著しく侵害されているのだから、その是正措置は憲法の枠内に収まる。さらに、世襲議員の大半には切磋琢磨の機会がなかった→胆力がない→安倍晋三・福田康夫・麻生太郎のような体たらくになると本書は批判する。選挙区ががっちり固まっている→選挙に悩まされずに長期的な視点で政策に取り組める、という見解も確かにあり得るが、実際には、たとえば麻生太郎とか見てノブレス・オブリージュの感覚がほんのわずかでもうかがえるだろうか?

 さてさて、ようやく衆議院解散。私は政局話が結構好きで、選挙が近くなると、関係ないのに(ていうか、有権者だから関係はあるんだけど、選挙活動には関与しないという意味で)何やらワクワク。開票速報はビールを用意してテレビの前でスタンバイ。スポーツ観戦のノリですな。先日の都議選はなかなか楽しませてもらいました。

 私は、自民党が負けどまるか民主党が勝つかというのはあまり気にしていない(ただし、政権担当能力のある政党が複数存在することによるダイナミズムは必要だから、その点で民主党がきちんと足腰の立つ政党になって欲しいと望んではいる)。以前、こちら(→選挙について適当に)でゴチャゴチャ書いたことがあるけど、選挙結果よりも投票率の方が大事だと思っている。現世超越的なものに統治の根拠が求められなくなった→根拠はどこに?→「民意」というフィクション→既存の統治システムに対して正統性を付与するフィクショナルな仕掛けが選挙(制度内の変革可能性を示して国民の不満をガス抜き)→肝心の有権者が投票に行かなければこの正統性にかげりが出てしまう。それに、投票率高い→無党派が投票行動→組織票の割合が低下して結果の予測不能度が高まる→開票速報がエキサイティング!→ビールがうまくなる(残暑の時候だし)。そうなって欲しいものです。

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2009年7月21日 (火)

児童虐待についての本

川崎二三彦『児童虐待──現場からの提言』(岩波新書、2006年)
・著者は児童福祉司。現場での活動経験を踏まえて具体的な対応のあり方や児童相談所をめぐる制度的問題を指摘する。
・児童虐待:身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(養育の怠慢)、心理的虐待
・親権者には民法で懲戒権がある→虐待?しつけ?→社会通念も含めて児童虐待についての合意形成ができておらず、しばしば混乱を招く
・日本では主たる虐待者のうち六割以上が実母
・児童虐待の要因:①多くの場合、虐待する親自身が子どもの頃に大人から愛情を受けていなかった(→世代間連鎖につながりかねない)、②経済不安・夫婦不和など生活上のストレス(貧困など社会環境的要因もある)、③社会的に孤立(親族や地域社会から→こうした人間関係に組み込まれていないため、基本的な生活技術を身につける機会がなかった→育児怠慢につながっているケースもある)、④親にとって意に沿わない子どもであった(望まぬ妊娠、育てにくい子ども、障害があるetc.)
・家庭内の密室空間でおこり、保護者も被害児童も積極的に打ち明けたがらない→発見自体が困難
・国民すべてに通告義務がある→しかし、誤報も一定数ある→それを社会全体で許容できるかどうか
・児童相談所の行なう一時保護だけが強制手段→①子どもの生命の危険を回避、②立ち入ることは保護者の親権への権利侵害であり、また子ども自身の生活環境に悪影響もあり得る→①と②の矛盾をどのように調整するか?→現在は所長の判断のみが法的根拠だが、司法の関与が必要。

 毎日新聞児童虐待取材班『殺さないで──児童虐待という犯罪』(中央法規、2002年)や朝日新聞大阪本社編集局『ルポ 児童虐待』(朝日新書、2008年)は新聞連載をもとに多くの事例を紹介。あり得るケースは網羅されているが、総論的。杉山春『ネグレクト 育児放棄──真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館、2004年)は子どもを段ボールに押し込めて放置、餓死させた事件を、佐藤万作子『虐待の家──義母は十五歳を餓死寸前まで追いつめた』(中央公論新社、2007年)は2003年に岸和田でおこったやはりネグレクトの事件を取り上げたノンフィクション。『ネグレクト』『虐待の家』ともに両親自身の育った背景も追っており、事件に絡まる様々な要因が見えてくる。

森田ゆり『子どもへの性的虐待』(岩波新書、2008年)
・事例紹介・分析と同時に、具体的な対処方法も示す。
・ミーガン法(性犯罪者の情報公開)→しかし、実際には性犯罪をおこすのは身近な人が多い。また、再犯率も必ずしも高くはない→不安感を煽る一方で、身近な性犯罪への注意が乏しくなる。
・加害者が身近な人だと、被害児童に話を聞いてもその人を守ろうとすることがある。
・被害児童が自分に過失があったと思い込んでしまう。
・性的虐待→被害児童が無力感、さらには自己嫌悪感を後々まで引きずる。
・被害状況を話させる→思い出すこと自体が苦痛・葛藤を引き起こす。
・対応する側の問題:①性のタブー意識、②物証がない場合、③事実関係は加害者と被害者しか知らない、④被害児童は周囲の反応を敏感にうかがいながら話す内容を変えてしまうことがある、⑤制度的な問題、⑥社会からの偏見・誤解
・話しても信じてもらえなかった→大人への不信という二次被害
・「蘇った記憶」論争

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2009年7月20日 (月)

山野良一『子どもの最貧国・日本──学力・心身・社会におよぶ諸影響』、阿部彩『子どもの貧困──日本の不公平を考える』

山野良一『子どもの最貧国・日本──学力・心身・社会におよぶ諸影響』(光文社新書、2008年)
・著者は児童福祉司で、アメリカに留学・ソーシャルワーカー勤務の経験もあり、具体例と国際比較の視点で貧困環境にある子どもの問題を指摘する。
・自己責任論・人的資本論→個人にかかる社会環境的制約をどう考えるのか? すべてを個人の努力に還元できるのか?
・学力獲得→スタート時点における家族背景という差→教育社会学では親の学歴に重きが置かれてきたが、所得要因が大きい
・貧困環境→生活上の困難を解決する手段を見出すのが難しい。精神的負荷が大きい。出産にも影響。抑うつ感により夫婦関係・親子関係の悪化→子どもの身体面・情緒面で大きな悪影響。
・先進国の場合には、絶対的所得水準だけでは不十分→「相対的所得仮説」:貧困者の心理的ストレスが身体面にも悪影響を及ぼしている。

阿部彩『子どもの貧困──日本の不公平を考える』(岩波新書、2008年)
・山野書と同様に所得効果に着目、データの経済学的分析を通して子どもの貧困環境の問題を考える。
・15歳時の貧困→限られた教育機会→恵まれない職→低所得→低い生活水準→世代間連鎖
・メリトクラシー(業績主義による人材選抜システム)においては、「能力」「努力」が本人にはどうにもならない属性によって影響を受けないことが大前提→貧困等でスタート地点においてハンディがあるのだから、義務教育制度での対策が必要(無償化、「ヘッドスタート」etc.)
・「相対的貧困」概念→OECD諸国の中で日本の相対的貧困率はアメリカに次いで2番目
・日本の社会保障制度において、低所得者は負担と給付が逆転しているという問題
・母子世帯→母親の就業機会が限定されており、長時間労働・低賃金(ワーキングプア)→子どもの養育に悪影響
・「相対的貧困」概念によって貧困を測定(「合意基準アプローチ」、つまり当該社会において何が最低限必要なのかアンケートの多数決で項目設定)→所得金額ベースの議論は抽象的で分かりづらいのに対し、具体性をもった政策提言につなげられる

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山田昌弘『新平等社会』『迷走する家族』『少子社会日本』

山田昌弘『新平等社会──「希望格差」を超えて』(文藝春秋、2006年)
・市場主義の外部不経済としての格差問題(絶望→希望格差)→完全な機会の均等は無理だとしても、少なくともそれぞれの立場なりに「努力すれば報われる」ことを保障(希望の平等)→第三の道
・ニュー・エコノミーの進展により、大量の定常作業労働者が必要→フリーター・非正規雇用社員は低収入・不安定な立場などだけが問題なのではなく、代替可能な存在→自分の仕事を評価してくれる仕事仲間がいないことでインセンティブ低下→自分の努力をきちんと評価してくれる関係性=社会関係資本が必要

山田昌弘『迷走する家族──戦後家族モデルの形成と解体』(有斐閣、2005年)
・社会制度的に家族へ期待されている機能:①子供を生み育てる責任、②生活リスクから家族成員を守る(他に、「かけがえのない存在」として「生きがい」を与える「アイデンティティ供給機能」)→機能不全→なぜ?
・家族モデルの実現可能性低下と多様な家族モデルの乱立(魅力的な家族モデルを達成できる人とできない人との格差顕在化)
・高度成長期に確立した家族モデル:夫の収入による生活水準規定、性役割分業(専業主婦)→それぞれの役割を果たすことで「愛情」の確認→こうした戦後家族モデルを無理に維持しようとする努力がかえってひずみを増幅
・女性は結婚によって、生業・所得・ステータス・配偶者の学歴などの面で親の世代よりも階層上昇の期待があった→いまや経済低成長・頭打ち→結婚への期待水準と現状との折り合いがつかない
・①ニュー・エコノミーの進展により家族の経済基盤不安定化のプロセス。②個人化→自己実現イデオロギー→非現実的な理想的家族モデルへの憧れ→①と②が同時進行→家族形成の困難

山田昌弘『少子社会日本──もうひとつの格差のゆくえ』(岩波新書、2007年)
・「仕事をしたいから結婚したくない」のではない→収入見通しの不透明化→結婚への期待水準との折り合いがつかない→結婚できない(年収が低くても親と同居→年収が高い一人暮らしよりも豊かな生活が可能→パラサイト・シングル)
・地域格差と家族格差とを伴った少子化が進行中
・近代化による個人主義の浸透→共同体の崩壊により「長期的に信頼できる関係」が自動的には与えられなくなった→「個人的に」そうした関係をつくる必要→「家族」形成への欲求
・魅力格差、経済格差、恋愛(セックスも含む)と結婚との分離
・生育環境・結婚前の生活水準<結婚相手である夫の収入増大の見通し→女性の結婚へのインセンティブ(かつて男性の「魅力」の問題は経済力でクリアできた)
・親が本人にかけた教育等の費用が自身の子育てに向けた期待水準の前提→収入低下→期待水準をクリアできない→出産数を減らす

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2009年7月19日 (日)

「ディア・ドクター」

「ディア・ドクター」

 ある山あいの小さな村で村人たちが騒いでいる。診療所の医師である伊野(笑福亭鶴瓶)が突然失踪したらしい。取り立てて事件性もないので、駆けつけた二人の刑事(松重豊、岩松了)は当初、捜査に乗り気ではなかった。しかし、伊野について調べ始めると、どうやら彼は医師免許を持っていなかったらしいことが分かる。彼はなぜ失踪したのか、というよりも、そもそも彼は何者だったのか? 二ヶ月前、研修医の相馬(瑛太)がこの村へやって来た時点までさかのぼって物語は説き起こされる。

 過疎地の高齢化、医師不足、医師と患者とのコミュニケーションのあり方、住み慣れた家で死ぬのか病院で死ぬのかというQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の問題──医療をめぐる様々な社会的背景をこの映画から読み取ることも必要だろうし、伊野は何者だったのかという問いかけは、彼がこの寒村で果たしていた役割を捉えなおすことにつながる。

 だが、それと同時に、伊野は心の中で一体どんなことを抱えていたのだろうという問いかけも観客の脳裡に自然とわきおこさせる、そうした心理描写のこまやかさが何よりもこの映画の魅力だと思う。舞台もテーマも地味ではあるが、謎探し的なストーリー展開と濃密なドラマ、山村の緑や旧家を背景にしたカット、どれも実に良い感じだ。

 笑福亭鶴瓶がはまり役なのが意外だった。あのニタニタ顔が、うさんくさそうにも、包容力のある温かさにも、どちらにも受け取れて、伊野という人物の存在感を際立たせている。“医師の資格”をめぐって相馬は伊野への賛嘆を隠さないが、このときのすれ違いで伊野(つまり、鶴瓶)が見せるやるせない表情など印象に残る。

 西川美和監督の小説集『きのうの神さま』(ポプラ社、2009年)にも同名の短編があるが、内容は異なる。この本には、映画「ディア・ドクター」の準備で医療関係者に取材しながら書いた短編が集められている。原作というよりも原案という位置付け。直木賞候補に挙がっていたが、受賞は逃がしたらしい。小説としてはむしろ『ゆれる』(ポプラ文庫、2008年)の方が私は好きだな。もちろん、映画「ゆれる」もおすすめ。

【データ】
監督・脚本:西川美和
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、香川照之、松重豊、岩松了、井川遥、八千草薫、他
2009年/127分
(2009年7月17日レイトショー、新宿・武蔵野館にて)

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ラビア・カーディル『ドラゴン・ファイター:平和を求めて中国と闘うある女性の物語』

Rebiya Kadeer with Alexandra Cavelius, Dragon Fighter: One Woman’s Epic Straggle for Peace with China, Kales Press, 2009

 “ウイグルの母”ラビア・カーディルは、中国政府による苛酷な弾圧から逃れたウイグル人亡命者の組織・世界ウイグル会議の主席を務めている。本書は、彼女へのインタビューをもとに物語風に再構成された自伝である。巻頭にはダライ・ラマから寄せられた序文が掲げられている。

 政策として行なわれた強制移住への戸惑い、貧困、必ずしも望んだわけではなかった銀行幹部との結婚、文化大革命、そして離婚。漢人優位の社会体制や女性の立場の低いウイグルの伝統的な考え方の中、公的な教育を受ける機会のなかった彼女にとって状況は最悪であった。しかし、自立心の旺盛な彼女は洗濯屋を皮切りに、試行錯誤の末、商売で成功を収める。文化大革命は終わり、改革開放の機運の中、中国でも有数の富豪として認知された彼女は全国人民代表大会新疆ウイグル自治区代表など様々な公的役職にも就いた。

 これは単なる成功物語としてではなく、彼女の社会起業家としての側面をみるべきだろう。彼女がとりわけ努力を傾けたのは女性のエンパワーメントの問題である。1987年、国際女性デーである3月8日を期してバザールを開設した。女性でも自ら稼げる場所を提供するためである。このバザールを七階建てのビルに建て替えたが(ラビア・ビルと呼ばれ、ウイグル人にとってシンボル的存在となった)、建築費用そのものよりも、建築許可を得るためのワイロに要した額の方が大きかったという。官僚制度の腐敗が壁として立ちはだかっていたが、そこに風穴をあけることができたのは、残念ながら必要悪としてのカネの力であった。そのことを彼女は身をもって体験していた。漢人優位の社会構成の中で被抑圧的立場にある少数民族や女性。尊厳も、最低限の生活保障すらも奪われていた彼ら彼女らにとって、何よりもまず自ら稼ぐ力を身につけることが必要であった。それが非暴力的・合法的にウイグル人の立場を高め、一人ひとりが尊厳をもって生きていける環境を築くための手段だからこそ、彼女は子供たちの教育や女性のエンパワーメントの事業に取り組んだ。

 だが、それでも限界がある。たとえば、中国政府はウイグル人に政治的保護を与えないため、カザフスタンに行ったウイグル人事業家はギャングに命を狙われるという話が本書に記されている。つまり、殺して金を奪ってもウイグル人ならどこからもクレームはつかないからである。自分たちの政府を持たない悲劇。ロプノールで行なわれた核実験ではウイグル人に放射能被害が出ている。1997年にはグルジャ事件がおこった。

 こうした状況の中、彼女は全人代(the National People’s Congress)[訂正→人民政治協商会議]で演説する機会が与えられた。全人代での演説は事前に草稿の検閲を受ける。しかし、彼女は検閲済みの草稿など読み上げず、ウイグル人の置かれている窮状を強い調子で訴えた。会場からは喝采を浴び「よくぞ率直に話してくれた」と握手を求められた、が、安心するのは甘すぎる。善処の約束はすべて偽りであり、間もなく報復が始まった。彼女はすべての役職を解かれ、女性のエンパワーメントを目的として立ち上げた「千の母たちの運動」は“分離独立運動”とみなされて解散に追い込まれた。そして、ウルムチを訪問中のアメリカ国会議員たちと接触しようとした彼女は国家機密漏洩の容疑で逮捕され、刑務所に送り込まれてしまう。

 刑務所で彼女が目撃した光景は悲惨であった。漢人職員によるウイグル人収容者の拷問が横行していた。彼女自身も、減刑を約束された同房者からいやがらせや監視を受ける毎日で、ハンガーストライキを行なった。在獄中の2004年、ラフト人権賞を受賞。海外からの働きかけもあって、2005年に病気療養の名目で釈放され、そのまま空港に直行、アメリカの外交官に引き渡され、亡命することになった。

 しかし、アメリカに亡命したからといって安心はできない。何よりもまず家族を新疆に残したままだ。また、2006年にはワシントンで“交通事故”に遭い、かろうじて一命はとりとめたが、これは中国の公安の仕業であった。(なお、日本とて安心はできない点では例外とは言えない。水谷尚子「中国のスパイだった友人の告白──素人を協力者に仕立てる当局の恐るべき手口」『VOICE』[2009年8月号]には、来日したラビア女史の動向や日本でウイグル問題に関心を持っている人物・組織について探りを入れて公安に報告していたウイグル人のことが記されている。彼らとて自発的にスパイをしているのではなく、公安に弱みを握られ、脅され、罠にはめられてそうした活動を無理強いされている。)

 今回のウルムチ事件ではだいぶ報道はされたものの、これまでチベットに比べてウイグルの問題はあまり注目を浴びることはなかった。9・11後、中国政府はウイグル→イスラム→アル・カイダ→テロリズムという何ら必然性のないこじ付けで“テロとの戦い”を大義名分としてウイグル人弾圧を正当化していることが指摘される。

 本書のオリジナルはドイツ語だが、英語版に続き、近いうちに日本語版も刊行されるらしい。水谷尚子『中国を追われたウイグル人』(文春新書、2007年)にもラビア女史へのインタビューがあるのでこちらも参照されたい。

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奥野修司『沖縄幻想』、与那原恵『まれびとたちの沖縄』

 “基地の島・沖縄”“癒しの島・沖縄”──沖縄イメージとしてはこうした二つのステレオタイプがあるだろうか。以前に取り上げた佐野眞一『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』(集英社インターナショナル、2008年→こちら)はアンダーグランドの人物群像を通してこうしたステレオタイプに収まりきれない沖縄を描き出しており、興味深く読んだ。

 奥野修司『沖縄幻想』(洋泉社新書y、2009年)は、不動産バブル、観光産業の問題(たとえば、カジノ誘致構想)、補助金の問題をはじめ“癒しの島”イメージの背後で進行中のテーマを追う。伝統食よりも高脂肪食が好まれているため長寿県としての地位は転落中らしい。昔は貧しかったからこそユイマールとしての助け合いもあったが、現在はそうした結びつきも薄れつつあり、とりわけ男性自殺率が高いというのは考えさせられてしまう。

 与那原恵『まれびとたちの沖縄』(小学館101新書、2009年)は、沖縄への外来者に焦点をしぼって歴史的なエピソードをつづる。19世紀、琉球王国にやって来た宣教師ベッテルハイムの異文化での孤軍奮闘ぶりを「ご機嫌ななめ」と表現しているのが面白い。文化摩擦の苛立ちを温かく見守る筆致が良い。伊波普猷が沖縄学を志すきっかけをつくった田島利三郎という人は初めて知った。沖縄音楽に関心を寄せた田辺尚雄が戦時下になると「大東亜民族民謡」なる概念を提唱したあたりには当時の時代的雰囲気が感じられて関心を持った。

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