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2009年5月3日 - 2009年5月9日

2009年5月 4日 (月)

『イラストレーション』No.177(2009年5月号)

 書店をふらついていたら、『イラストレーション』No.177(2009年5月号)の表紙が目についた。黒い色調をベースに、ぼやーっとした輪郭。酒井駒子さんの絵だ(→これ)。パラパラめくると「個人特集 酒井駒子 私と絵本と黒と」。買った。今回は前編で、後編は次号らしい。

 前にも書いたけど(→『酒井駒子 小さな世界』)、私は酒井さんの絵のファン。書店の新刊棚で彼女の装丁した本が目に入ると、(買うかどうかは別にして)必ず手に取る。人物やキャラクターを描く輪郭の線はやわらかく、ほのかな叙情を感じさせるんだけど、黒の色調が雰囲気をひきしめてあまったるさに流れない、その独特なところが何とも言えない。まとまった画集はないので、雑誌でこうした特集が組まれていたらこまめに買っている。

 インタビューでは、最初から黒をねらったわけではない、と語る。白をベースにすると黒の出方が汚くなったので、逆に黒をベースにしたらやりやすかったからという。黒を使い始めて、そうか、自分は黒が好きなんだなあ、と後から気付いたらしい。

 ついでに図書館に寄って、『くさはら』(福音館書店、2008年)、『ビロードのうさぎ』(ブロンズ新社、2007年)を借りて眺めた。

 もうひとつ、「嶽本野ばらが選んだ装画/挿絵50」も面白い(嶽本野ばらって確か大麻で逮捕されたはずだが、いつの間にか復活してる)。テニエルのアリス、中原淳一、高橋真琴、アルフォンス・ミュシャといったあたりはいかにも嶽本らしいと思いつつ、角川文庫・横溝正史シリーズの杉本一文、春陽堂・江戸川乱歩シリーズの多賀新といったあたりは私も気になる。写真で取り上げられている乱歩の『偉大なる夢』は戦時下に書かれた大いなる駄作(笑) それはともかく、胡散臭い感じがいいなあ。

 それから、山口晃も気になっている。今回載っているのはサラッとおとなしめの絵。あの緻密だけど微妙にキッチュな時代絵?みたいな大作はついつい見入ってしまう。

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2009年5月 3日 (日)

五十嵐真子・三尾裕子編『戦後台湾における〈日本〉──植民地経験の連続・変貌・利用』

五十嵐真子・三尾裕子編『戦後台湾における〈日本〉──植民地経験の連続・変貌・利用』(風響社、2006年)

 以前、台北の二二八紀念館を訪れたとき、ガイドをしてくださった日本語世代の老人から日本への親しみを語られて、どのように受け止めたらいいのか戸惑ってしまったことがある。否定するのも肯定するのも、どちらも不自然だというもどかしさを感じた。

 本書は台湾における日本認識をテーマとした日台国際ワークショップの研究成果をまとめた論文集。日本統治期世代の高齢者へのインタビューを踏まえた歴史学もしくは文化人類学の論考が中心。日本語世代の台湾人の親日感情の背景としては、日本人教師や警官が概ね公正であったこと、戦後の国民党政権があまりにもひどかったため、そのイメージ的反転として日本統治期への郷愁が強まったことなども考えられるが、本書を読むと、そう簡単には一般化できない様々な事情が絡まりあっていることがうかがえる。

 植民地統治において日本人絶対優位の階層構造。その中で、台湾人に対する偏見に対抗しながら社会的ステータスの上昇を目指して日本的なものを受容したケースが目立つ。たとえば、高等女学校で身に着けた礼儀作法。あるいは、志願兵(実際には必ずしも自発的ではなかったようだ)→選ばれた台湾人は優秀だが、徴兵された日本人にはバカも多い→横並びの軍隊生活の中で理想化された“日本人”イメージとは異なることに気付いたというケースが興味深い。また、原住民や客家→共通語として日本語を用いただけでなく、福佬系からの差別→反転して日本的なものへ積極的にコミットする傾向もあったらしい。同じ日本語を話すにしても、高学歴者は日本語のレベルで公学校(台湾人向け小学校)出身者とは違うという自覚→ステータスの差異化という指摘もあった。朝鮮半島出身者は日本語を話したがらない→日本>台湾>朝鮮半島という序列化意識を持つケースもあったらしい。日本語を媒介して近代文明を受容→最新技術の吸収手段。また、文化的教養、とりわけ自己表現手段として日本語を用いるケースもあった。

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五十嵐真子『現代台湾宗教の諸相──台湾漢族に関する文化人類学的研究』、尾崎保子『保生大帝──台北大龍峒保安宮の世界』

五十嵐真子『現代台湾宗教の諸相──台湾漢族に関する文化人類学的研究』(人文書院、2006年)

 戦後台湾における宗教現象についての研究書。民俗宗教というのは、儒・仏・道教のように一定の教義体系を持って制度化された宗教も混ざり合いながら、(ご利益宗教と言ってしまうと語弊があるかもしれないが)生活的・社会的な困難の解決もしくは理解に資する信仰世界と言えるだろうか。信仰世界と現実の社会関係との関わり方(たとえば風水など)を内在的ロジックに応じて把握していくのが文化人類学だが、そこに見られる世界観はもちろん閉じた体系ではない。たとえば、本書で取り上げられる王母娘娘信仰は大陸起源→中華文明の正統性という政治的言説と必ずしも無縁ではないという。また、日本は台湾に明確な宗教的影響を残したわけではないが(たとえば欧米→キリスト教というような)、布教方法や組織原理の面では日本仏教の借用が見られるらしい。漢族社会は父系の血縁組織とされるが、宗教現象では女性の役割が大きいというのも興味深い。

尾崎保子『保生大帝──台北大龍峒保安宮の世界』(春風社、2007年)

 保生大帝とは唐もしくは宋代の名医に由来する神様らしい(台湾で祭られている神様は寺廟数の順番で言うと、王爺、観音仏祖、釈迦仏、天上聖母=媽祖、福徳正神=土地公、玄天上帝、関聖帝君=関羽、保生大帝などがある。上掲五十嵐書を参照)。台北にある大龍峒保安宮の装飾画を紹介。『史記』や『三国志』のエピソードが多い。

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