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2009年4月26日 - 2009年5月2日

2009年5月 2日 (土)

中川仁『戦後台湾の言語政策──北京語同化政策と多言語主義』

中川仁『戦後台湾の言語政策──北京語同化政策と多言語主義』(東方書店、2009年)

 台湾はすぐお隣であるにもかかわらず日本ではあまり認識されていないが、台湾社会の第一の特徴として、原住民諸言語、閩南語(狭義の台湾語)、客家語、外省人の中国語(第一世代は出身地別に大陸各地の方言を話した)、残留日本語(本省人・原住民の高齢者のみ)によって織り成された多言語状況が挙げられる。宗主国による政治統合のため、戦前は日本語が、戦後は国民党政権によって“国語”(=北京語)が強制された(日本も国民党も方言札を用いたという類似性が目を引く)。本書は戦後台湾における言語政策を整理し、北京語による同化主義から現在の多言語主義への変遷を概観する。

 日本語話者の存在から台湾の親日的傾向を強調する向きもあるが、二二八事件・白色テロなど国民党による弾圧政策→北京語への反感→当時の台湾人は対抗意識として意図的に日本語を使用したという心理的契機が働いていた点を見逃してはならない。台湾ナショナリズムは、日本語でも北京語でもなく、自分たちの生活に馴染んだ母語を如何に確立させるかという問題意識と密接に結びついた。日本に亡命して台湾語(閩南語)の言語学的研究の先駆者となった王育徳を取り上げているのも本書の特色である。

 近代国家においては程度の差こそあれ、領域内におけるコミュニケーション手段として単一言語による同質化が目指される(史上初めて国民国家を登場させたフランス革命が、フランス語によって方言の抑圧へと向かったことは周知の通り→たとえば、田中克彦『ことばと国家』を参照のこと)。多言語主義とは原理的に衝突せざるを得ない。

 戦後台湾においては半世紀にわたる“国語”(=北京語)教育のため、これが共通語としての実質を持ち、かつ正書法の体系化された唯一の言語である。ただし、台湾で用いられている北京語は発音や語彙の面で台湾独自の特徴を帯びている(児er化の欠如、zhi・chi・shi・riの捲舌音とzi・ci・siの舌歯音との混同など)。これを“台北標準国語”、つまり台湾の共通語として制定した上で(見方を変えれば、中国語文化圏に属すると同時に、大陸とは一定の距離をとる台湾アイデンティティーにつながる)、他の諸語の地位向上によって共存を図るという本書の提案が現実的な落とし所と言えるだろう。

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2009年5月 1日 (金)

ニーチェ『善悪の彼岸』

ニーチェ(中山元訳)『善悪の彼岸』(光文社古典新訳文庫、2009年)

 書店の新刊売場に積んであるのを見かけて衝動買いしてしまった。木場深定訳の岩波文庫版、信太正三訳のちくま学芸文庫版とも持っているのだが、ニーチェ好きなんで気になる。以下、適当に抜き書き。

・思想というものは、「それ」が欲するときだけにわたしたちを訪れるのであり、「われ」が欲するときに訪れるのではない。だから主語「われ」が述語「考える」の条件であると主張するのは、事態を偽造していることになる。〈それ〉(エス)が考えるのである。(※エスes→フロイトの議論を想起させる)

・「意志の自由」と呼ばれるものは本質において、服従を強いられる者に対する優越感の情動なのである。「わたしは自由である。しかし〈彼〉は服従しなければならない」というわけだ。──すべての意志にはこの意識がひそんでいるのだ。

・生そのものは本質において、他者や弱者をわがものとして、傷つけ、制圧することである。抑圧すること、過酷になることであり、自分の形式を[他者に]強要することであり、[他者を]自己に同化させることであり、少なくとも、穏やかに表現しても、他者を搾取することである。

・同じ書物であっても、低き魂が、低劣な生命力の人が読むか、それとも高き魂が、強い生命力の人が読むかで、魂と健康に正反対の価値をもたらすことがあるのだ。低き魂の場合には、その書物は魂と健康にとって危険で、破壊と解体をもたらす書物となる。高き魂の場合には、その書物はもっとも勇敢な人々に、みずからの勇敢さをさらに高めさせる伝令の叫びとなる。万人向きの書物とは、つねに悪臭を放つものだ。矮人のような臭気がこびりついているのだ。大衆が飲み食いする場所は臭う。礼拝をする場所までがそうである。きれいな空気を吸いたいときには、教会に入ってはならない。

・真理が仮象よりも高い価値があると考えることは、もはや道徳的な先入観にすぎない。それはこの世のうちでもっとも根拠のない仮説にすぎない。わたしが認めてほしいと考えているのは、すべての生が遠近法に基づいた評価や仮象に依拠しているということである。…そもそも「真なるもの」と「偽なるもの」という本質的な対立が存在することを、わたしたちに想定させるものは何なのだろうか? 仮象にはさまざまな段階があると想定するだけで十分ではないか。仮象にはあるところは明るく、あるところは暗い影があり、全体の調子があると考えるだけで──画家の言葉では異なる色調があると考えるだけで、十分ではないか? わたしたちに何らかのかかわりのあるこの世界が、──虚構であってならないわけがあるだろうか?

・誤って「自由な精神」と呼ばれている者は、要するに厳しく言えば水平化する者たちなのである。──民主主義的な趣味とその「近代的理念」とかいうものに仕える、能弁で筆の立つ奴隷にほかならないのである。どれもこれも孤独を知らぬ人間であり、みずからの孤独を知らぬ人間であり、愚かで健気が若者たちである。勇気やまともな礼儀を知らぬわけではないとしても、自由というものを知らず、笑いたくなるほどに表面的な人間なのだ。こうした人々にみられる根本的な傾向は、人間のすべての悲惨と失敗の原因が、おおむねこれまでのさまざまな形式の古き社会のうちにあると考える傾向である。こうして、真理が幸いにも逆立ちすることになる!
 彼らが全力を尽して手にいれようとしているすべてのものは、あらゆる家畜の群れが望む緑の牧場である。すなわちすべての人が安全で、危険がなく、快適に、そして安楽に暮らせることである。彼らが朗々と歌いあげる歌と教説は二つだけ、「権利の平等」と「すべての苦しめる者たちへの同情」である。──そして彼らのうちから苦悩そのものが除去されねばならないと考えているのである。
 彼らと反対にわたしたちは、人間が高みに成長するのはつねに、これとは反対の条件のもとであったと考えてきたのである。そして、そのために必要なのは、人間の状況が法外なまでに危険なものとなることであり、長きにわたる圧力と強制のために人間の独創力と偽装力が(人間の「精神」のことだ──)、巧みに、大胆なまでに発達し、生の意志が無条件の力への意志にまで高まることだと考えてきたのである。

・…道徳の呪縛と妄想に捉えられてではなく、善悪の彼岸において──、そのような人間であれば、そうした営みによってほんらい望んでいたことでなかったとしても、逆の理想への眼が開かれたことだろう。そしてもっとも不遜で、生命力にあふれ、世界を肯定する人間がもつ理想への眼が開かれたことだろう。こうした人間は、かつて存在し、今も存在するものと和解し、耐えていくことを学んだだけでなく、なおそれを、かつてそうであり、今もそうであるように、繰り返し所有したいと欲するのである。しかも自分に向かってだけでなく、この人生のあらゆる劇と芝居に向かって、永遠にわたって飽くことなく、もう一度(ダ・カーポ)と叫びながらである。

・道徳的な判断を下すこと、判決を下すこと、それは精神的な狭さをもつ人間が、そうでない人々に加える復讐、お気に入りの復讐である。

・奴隷の道徳は本質的に有用性の道徳である。ここに「善」と「悪」の有名な対立を生み出す根源がある。

・快楽主義であろうが、ペシミズムであろうが、功利主義であろうが、幸福主義であろうが、これらはすべて、快楽と苦痛によって事物の価値を測ろうとする思考方法である。すなわち、事物の価値をその随伴的な状態や副次的なものによって測ろうとし、前景だけを重視する素朴な思考方法なのである。…君たちはできるならば──これほど愚劣な「できるなら」もないものだが──苦悩というものをなくしたいと望んでいる。それではわたしたちが望むのは何か?──わたしたちが望むのは、むしろこれまでになかったほどに苦悩を強く、辛いものにすることだ! 君たちが考えるような無事息災というものは、──それは目的などではない、それはわたしたちには終わりのように思えるのだ! 人間がたちまち笑うべき存在、軽蔑すべき存在となり変わる状態である!

・認識する者は、自分の精神の傾向に逆らって、またしばしば自分の心の願望に逆らってでも認識することを自分の精神に強いるのである──すなわち、彼が肯定し、愛し、崇拝したいと思うときに、ノーと言うことを強いるのであり、そのときに認識者は、残酷さの芸術家として、残酷さを浄化する者としてふるまっているのである。すべてものごとを深く、そして根本的につきつめるということは、精神の根本的な意志に暴力をふるうことであり、虐待しようと望むことである。精神は絶えず仮象へと、表面へと向かうことを望むものなのだ。──認識しようとするすべての意志のうちには、わずかな残酷さが含まれているのだ。

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2009年4月30日 (木)

佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』

佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(集英社インターナショナル、2008年)

 沖縄の問題は、私などにはちょっと居心地の悪さを感じるところがある。基地の島、つまり日本の安全保障という大義名分で様々な負担を負わせてしまっていることへの本土の人間としての後ろめたさがあるし、プラスして左や右の政治的思惑が絡んでくるので、こうした問題から距離をおきたいという気持ちは否定できない。他方で、そうした逃げの意識から「美ら島」のエキゾティックな南国イメージに寄りかかろうという気持ちも芽生え、しかし、それも表面的かなあという後味の悪さがわだかまる。

 本書の場合、そうした居心地の悪さとは視点が異なる。色々なテーマがごっちゃまぜだが、とりわけアンダーグラウンドの話が多い。沖縄戦後史を駆け巡った有名無名多彩な人々について取材を進める。暴露趣味というのではなく、正論では割り切れないドロドロとした人間模様は、時にあっけらかんとしたピカレスク小説を読むような不思議な迫力をも感じさせる。フィリピン人との混血児でヒットマンとならざるを得なかった男の生真面目さが一番印象に残った。沖縄で奄美出身者が苛酷な差別待遇を受けていたことは初めて知った。米兵によって残酷に殺された女性たちの現場写真を、捜査が続行できないため泣きながら燃やす刑事の話は忘れがたい。

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2009年4月29日 (水)

『西郷南洲遺訓』

『西郷南洲遺訓』(山田済斎編、岩波文庫、1939年)

 いまどき西郷隆盛なんてほめそやすと時代錯誤な右翼のように思われてしまいそうでイヤなんだけど、しかし先入観を捨てて読んでみると、この人はこの人なりにきちんと物事が分かっていた人なんだなあ、ってつくづく感じる。思いついた箇所から抜き書き。まず、“文明”観について。

「文明とは道の普く行はるゝを贊称せる言にして、宮室の壮厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、西洋は野蛮ぢやと云ひしかば、否な文明ぞと争ふ。否野蛮ぢやと畳みかけしに、何とて夫れ程に申すにやと推せしゆゑ、実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢやと申せしかば、其人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。」

「西洋の刑法は専ら懲戒を主として苛酷を戒め、人を善良に導くに注意深し。故に囚獄中の罪人をも、如何にも緩るやかにして鑒誡となる可き書籍を与へ、事に因りては親族朋友の面会をも許すと聞けり。尤も聖人の刑を設けられしも、忠孝仁愛の心より鰥寡孤独を愍み、人の罪に陥るを恤ひ給ひしは深けれ共、実地手の届きたる今の西洋の如く有しにや、書籍の上には見え渡らず、実に文明ぢやと感ずる也。」

 “文明”を国の強弱ではなく、ある種の普遍性を持った“道理”の感覚に求めようとしている。欧米列強の植民地支配を野蛮として非難する一方で、たとえば刑罰の制度については西洋の方が道理にかなっていて優れていると認識するなど、割合と公平に考えようとする態度が窺われて興味深い。このように“文明”を捉えた上で、次のようなことを言っているあたり、福沢諭吉「瘠我慢の説」を連想させる。

「正道を踏み国を以て斃るゝの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。」

 以下は西郷の言葉として有名。

「道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。」
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。」
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」
「幾たびか辛酸を歴て志始て堅し。丈夫玉砕甎全を愧づ。一家の遺事人知るや否や。児孫の為めに美田を買はず。」

 以下は、付録として収録された「手抄言志録」、つまり佐藤一斎『言志録』から西郷が抜き書きした箇所を、さらに私が抜き書き。幕末の志士たちは『言志録』をバイブルのように愛読していたと言われている。

「吾れ思ふ、我が身は天物なり。死生の権は天に在り、当に之を順受すべし。我れの生るゝや自然にして生る、生るゝ時未だ嘗て喜ぶことを知らず。則ち我の死するや応に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。天之を生みて、天之を死す、一に天に聴さんのみ、吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり、躯殻は則ち天を蔵むるの室なり。…而て吾が性の性たる所以は、恒に死生の外に在り、吾れ何ぞ畏れん。」

「自ら反みて縮きは、我無きなり。千万人と雖吾れ往かんは、物無きなり。」

 オリジナルを参照したければ、前者は佐藤一斎(川上正光訳注)『言志四録(一)言志録』(講談社学術文庫、1978年、172頁)に、後者は『同(三)言志晩録』(講談社学術文庫、1980年、125頁)にある。
 前者の箇所について私はスピノザを思い浮かべながら文字を追った。説明を求められても困るが、何となく私自身の感覚として。
 後者の箇所は『孟子』に由来するが、微妙に違う。本来は「自ら反みて縮からずんば、褐寛博と雖も、吾往かざらん。自ら反みて縮ければ、千万人と雖も吾往かん」(『孟子(上)』小林勝人訳注、岩波文庫、1968年、116頁)。誠→私心がない→自己は天地万物に包蔵された存在という自覚→私は私であって私ではない。こうした感覚で、前者と通じている。

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2009年4月28日 (火)

萩原延壽・藤田省三『瘠我慢の精神──福沢諭吉「丁丑公論」「瘠我慢の説」を読む』

萩原延壽・藤田省三『瘠我慢の精神──福沢諭吉「丁丑公論」「瘠我慢の説」を読む』(朝日文庫、2008年)

 明治新政府に仕えた旧幕臣の勝海舟と榎本武揚。「瘠我慢の説」でこの二人の出処進退を批判して「三河武士の気概を忘れたのか!」と叱咤する福沢の苛立ちは、彼の封建主義批判と比べて違和感があるかもしれない。幕末・明治期、対外的な危機意識を抱いた日本にとって最重要な課題は、とにかく独立を維持することだった。福沢諭吉の有名なテーゼ、「一身独立して一国独立す」。一身独立とは、今風には“個の自立”とも言えようが、ニュアンスがだいぶ異なる。利害打算とは異なる次元でこれだけは絶対に譲れないという自分の中の一線を守って筋を通す、そうした毅然とした態度を福沢は「瘠我慢」と表現している。

「…自国の衰頽に際し、敵に対して固より勝算なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽し、いよいよ勝敗の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくは死を決するかは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり。即ち俗に云ふ瘠我慢なれども、強弱相対して苟も弱者の地位を保つものは、単に此瘠我慢に依らざるはなし。啻に戦争の勝敗のみに限らず、平生の国交際に於ても、瘠我慢の一義は決して之を忘る可らず。」
「…瘠我慢の一主義は、固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときは、殆ど児戯に等しと云はるゝも、弁解に辞なきが如くなれども、世界古今の実際に於て、所謂国家なるものを目的に定めて、之を維持保存せんとする者は、此主義に由らざるはなし。」
「内に瘠我慢なきものは、外に対しても亦然らざるを得ず。」(「瘠我慢の説」)

 福沢の政府観は基本的に社会契約説に立っているが、政府が権力を恣に勝手なことをし始めたならば、それに立ち向かわねばならない。西南戦争で賊軍とされた西郷隆盛を福沢は「丁丑公論」で擁護する。出版条例があったので公にはされなかったが、「日本国民抵抗の精神を保存して、其気脈を絶つことなからしめんと欲するの微意」によって書き残した。

「凡そ人として我が思ふ所を施行せんと欲せざる者なし。即ち専制の精神なり。故に専制は今の人類の性と云ふも可なり。人にして然り、政府にして然らざるを得ず。政府の専制は咎む可らざるなり。」「政府の専制、咎む可らずと雖も、之を放頓すれば際限あることなし。又、これを防がざる可らず。今、これを防ぐの術は、唯これに抵抗するの一法あるのみ。世界に専制の行はるゝ間は、之に対するに抵抗の精神を要す。」(「丁丑公論」)

 本書は萩原延壽と藤田省三による対談(と言っても、萩原は病床にあって、その発言は藤田の代読によるが)によって、福沢の「丁丑公論」「瘠我慢の説」の意義を語る。巻末には本文や参考資料も収録されておりとても便利。萩原は、「一身独立して一国独立す」の根幹として、「瘠我慢」→「抵抗」「独立」「私立」の精神を読み取り、藤田は「自己の尊厳」、「国の同権」を支える精神、対決の精神、指導者の責任倫理を指摘する。なお、福沢は「瘠我慢の説」を事前に勝・榎本の両名にも見せて承諾を得ているという。当時のフェアプレイ精神も興味深い(両名からの手紙の返信も本書に収録されている)。

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福沢諭吉『文明論之概略』

福沢諭吉『文明論之概略』(岩波文庫、1995年)から抜き書き。

・欧米諸国について→「ただ一般にこれを見渡して善盛に赴くの勢あるのみにて、決して今の有様を見て直にこれを至善というべからず。今後千数百年にして、世界人民の智徳大に進み、太平安楽の極度に至ることあらば、今の西洋諸国の有様を見て、愍然たる野蛮の歎を為すこともあるべし。これに由りてこれを観れば、文明には限なきものにて、今の西洋諸国を以て満足すべきにあらざるなり。」「今より数千百年の後を期して太平安楽の極度を待たんとするも、ただこれ人の想像のみ。かつ文明は死物にあらず、動て進むものなり。動て進むものは必ず順序階級を経ざるべからず。即ち野蛮は半開に進み、半開は文明に進み、その文明も今正に進歩の時なり。」

・「ある人はただ文明の外形のみを論じて、文明の精神をば捨てて問わざるものの如し。けだしその精神とは何ぞや。人民の気風、即これなり。」

・「自由の気風はただ多事争論の間にありて存するものと知るべし。」

・「都て世の政府は、ただ便利のために設けたるものなり。国の文明に便利なるものなれば、政府の体裁は立君にても共和にても、その名を問わずしてその実を取るべし。」

・「…政府の失策を行う由縁は、つねにこの多勢に無勢なるものに窘めらるればなり。政府の長官その失策たるを知らざるにあらず。知てこれを行うは何ぞや。長官は無勢なり、衆論は多勢なり、これを如何ともすべからず。この衆論の由て来る所を尋るに、真にその初発の出所を詳にすべからず。あたかも天より降り来るものの如しといえども、その力よく一政府の事務を制御するに足れり。故に政府の事務の挙らざるは二、三の官員の罪にあらず、この衆論の罪なり。世上の人、誤て官員の処置を咎る勿れ。古人は先ず君心の非を正だすを以て緊要事と為したれども、余輩の説はこれに異なり。天下の急務は先ず衆論の非を正だすにあり。」

・智徳の発達→精神の自由→「世間に強暴を恣にする者あれば、道理を以てこれに応じ、理に服せざれば、衆庶の力を合してこれを制すべし。理を以て暴を制するの勢に至れば、暴威に基きたる名分もまたこれを倒すべし。故に政府といい人民というといえども、ただその名目を異にし職業を分つのみにて、その地位に上下の別あるを許さず。」「受くべからざるの私恩はこれを受けず、恐るべからざるの暴威はこれを恐れず、一毫をも借らず、ただ道理を目的として止まる処に止まらんことを勉むべし。」

・「そもそも文明の自由は他の自由を費して買うべきものにあらず。諸の権義を許し、諸の利益を得せしめ、諸の意見を容れ、諸の力を逞うせしめ、彼我平均の間に存するのみ。あるいは自由は不自由の際に生ずというも可なり。」

・「…日本は、古来いまだ国を成さずというも可なり。今もしこの全国を以て外国に敵対する等の事あらば、日本国中の人民にて、たとい兵器を携えて出陣せざるも、戦のことを心に関する者を戦者と名け、此戦者の数と彼のいわゆる見物人の数とを比較して、何れが多かるべきや、預めこれを計てその多少を知るべし。かつて余が説に、日本には政府ありて国民(ネーション)なしといいしもこの謂なり。」(※具体的な行動を取るかどうかは別として、国事を自分に直接関わることと受け止める人々が集まってネーション→明治維新の課題はこのネーションの確立にあったと言える)

・「自国の権義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を耀かさんとして勉強する者を、報国の民と称し、その心を名けて報国心という。その眼目は、他国に大して自他の差別を作り、たとい他を害するの意なきも、自から厚くして他を薄くし、自国は自国にて自から独立せんとすることなり。故に報国心は一人の身に私するにはあらざれども、一国に私するの心なり。即ちこの地球を幾個に区分して、その区分に党与を結び、その党与の便利を謀て自から私する偏頗の心なり。故に報国心と偏頗心とは、名を異にして実を同うするものといわざるを得ず。この一段に至て、一視同仁、四海同胞の大義と、報国尽忠、建国独立の大義とは、互に相戻て相容れざるを覚るなり。」(※福沢はナショナリズムを偏頗心、つまり特定集団に偏った身贔屓の心性として捉えている点に注意。「瘠我慢の説」の冒頭でも「立国は私なり、公に非ざるなり」という一文から始めている。ナショナリズムという集団主義に必ずしも普遍性はない。しかし、現実としてこの心性に基づいて世の中は動いているのだから、これを所与の前提とするしかないという認識が福沢にはあった)

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2009年4月27日 (月)

マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』

マックス・ヴェーバー(大塚久雄・生松敬三訳)『宗教社会学論選』(みすず書房1972年)から抜き書き。なお、有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も本来は『宗教社会学論集』全三巻の中の一篇であり、以下にはその勘所ともいえる箇所もある。

◆「宗教社会学論集 序言」から
・「無制限の営利欲は決して資本主義と同じではないし、ましてや、資本主義の「精神」と同じではない。資本主義は、むしろ、そうした非合理的な衝動の抑制、少なくともその合理的な調節とまさしく同一視さるべきばあいさえありうるのである。」

◆「世界宗教の経済倫理 序論」から
・「…現実の合理化過程のなかに介入してくる非合理的なものは、現世の姿から超現実的な価値がはぎとられていけばいくほど、そうした価値の所有を希求する知性主義の押さえがたい要求がますますそこへ立ち帰っていかざるをえない故郷得あった。統一的な原始的世界像のなかでは、すべてが具体的な呪術であるが、そうしたものはやがて、一方では合理的認識および合理的な自然支配へ、他方では「神秘的」な体験へという分裂の傾向を示すようになる。そして、この「神秘的」な体験のもつ言語につくしがたい内容が、神の存在しない現世のメカニズムと並立しつつ、なおも可能な唯一の彼岸として、しかも事実、そこでは個々人が神とともにいてすでに救済〔の状態〕を自己のものとしているような、そういう現世の背面に存在する捉えがたい国土として、残ることとなったのである。この結論をどこまでも押しつめていくと、個々人はみずからの救済をただ個人としてのみ求めうることになる。」

・「現世を呪術から解放することおよび、救済への道を瞑想的な「現世逃避」から行動的・禁欲的な「現世改造」へと切りかえること、この二つが残りなく達成されたのは──全世界に見出される若干の小規模な合理主義的な信団を度外視するならば──ただ西洋の禁欲的プロテスタンティズムにおける教会および信団の壮大な形成のばあいだけであった。」「宗教的達人が神の「道具」として現世に入りこみ、しかも、彼らからはあらゆる呪術的な救済手段がとり去られていて、そのために、現世の秩序の内部における自己の行為が倫理的にすぐれていることで、いや、それだけで、自分自身がすでに召されて救済の状態にあることを神の前に──つまり、事実に即していえば、自分自身の前に──「証し」しなければならぬ、そういったばあいには、「現世」そのものは、被造物的でありまた罪の容器であるとして宗教的に価値を低められ拒否されてはいるとしても、心理的には、そのことによってかえって、現世における「召命」Beruf〔すなわち、使命としての世俗的職業〕というかたちで神の欲したもう活動をおこなう、そのような舞台としてますます肯定されることになるだけであったろう。というのは、このような現世〔世俗〕内的禁欲主義は、威厳や美とか、美しい陶酔や夢とか、純世俗的な権力や純世俗的な英雄的矜持とかいった諸財を、神の国と競いあうものとして蔑視し追放してしまうという意味では、たしかに現世拒否的であるが、しかし、まさにそのゆえに、瞑想のように現世逃避的ではなくて、神の命令にしたがって現世を倫理的に合理化しようとし、したがってつねに、たとえば古代〔人〕やカトリック平信徒のあいだに見られるような砕かれていない〔生のままの〕人間性の素朴な「現世肯定」よりは、いっそう透徹した意味において、現世指向的であった。まさに日常生活のなかで、宗教的に資質ある者への恩恵と撰びが証明され〔るとし〕たのである。もちろん、日常生活のなかでといっても、それはあるがままのものではなくて、神への奉仕のために方法的に合理化された日常生活の行為においてなのであった。合理的な召命〔すなわち、使命としての職業〕にまで高められた日常生活の行為が、救済の状態にあることの証明となったのである。」

◆「世界宗教の経済倫理 中間考察」から
・神秘家と現世内的禁欲との対比→「…現世内的禁欲は…行為を通じて自己の救いの確証をえようとする。現世内的禁欲は…神の意図を──究極の意味は隠されてはいるが、聖意にしたがう被造物の合理的秩序のなかに現存している、そうした神の意図を実行しようとする。」

・「合理的な経済は、事象的な性質をおびた経営Betriebであって、市場での人間相互の利害闘争のなかから生まれてくる貨幣価格に目標を合わせることになる。貨幣価格というかたちの評価なしには、つまり、そうした利害闘争なしには、どのような計算も不可能だからである。ところで貨幣は、人間生活のなかにみられるもっとも抽象的で、「無人間的な」ものである。そのため、近代の合理的資本主義における経済の秩序は、それに内在する固有な法則性にしたがって動くようになればなるほど、およそ宗教的な同胞倫理とはいかなる関係ももちえないようなものになってくる。しかも、資本主義の経済秩序が合理的に、だから無人間的になっていけばいくほど、ますますそうならざるをえない。というのは、主人と奴隷のあいだの人間的な関係は、人間的な関係であるからこそ、余すところなく倫理的に規制することもできた。が、つぎつぎに変る不動産抵当証券の所有者と、同じようにつぎつぎに変る、だから彼らのまったく知らぬ不動産銀行の債務者との関係は、そのあいだになんらの人間的紐帯も存在しないから、それを──少なくともさきの関係と同じような意味で、また同じような成果を予期して──規制することは不可能となる。にも拘わらず、あえて規制を試みようとすれば…形式的合理性の進展を妨げることになるほかはない。なぜなら、このようなばあいには、形式的合理性と実質的合理性が互いに衝突し合うことになるからである。だからこそ、救いの宗教は…無人間的な、そして、まさにそれゆえに、とりわけ同胞倫理に対して敵対関係に立つことになるような経済的諸力の展開に対して、つねに強い不信の目を向けることになったのである。」

・「宗教と経済のあいだに見られるこうした緊張関係を原理的にかつ内面的に避けてとおる道で、首尾一貫したものは、ただ二つしか存在しなかった。その一つは、ピュウリタニズムにおける召命〔職業〕倫理のパラドックスである。これは、達人的宗教意識として、愛の普遍主義を放棄してしまうもので、現世における一切の活動をば神の聖意──その究極の意味はわれわれの理解に絶しているが、とにかく見ゆべきかたちで認識可能な神の聖意──への奉仕、また、恩恵の身分にあることの検証として合理的に事象化し、さらに進んで、現世のすべてのものとともに被造物的な堕落の状態にあるために無価値だと考えられている経済的秩序界の事象化をも、神の聖意にかなうもの、義務達成のための素材として承認した。それは究極において、根拠を知りえず、しかもつねに特殊的でしかありえないような恩恵のために、人間すべてにとって自力で到達可能な目標たりうる、そうした救いをば原理的に放棄してしまうことに他ならなかった。こうした反同胞倫理的な立場は、真実のところ、もはや本来の「救いの宗教」ではないであろう。」

・「官僚制的国家機関やそれに組み込まれている合理的な政治人は、不正の処罰をも含むその事務を国家の権力的秩序における合理的諸規則の完璧な意味にしたがって処理していくが、まさしくそうしたばあいには、経済人のばあいと同様即事象的に、つまり「人間を顧慮することなく」、「怒りも執念もなく」、憎しみも、したがって愛情もなしに事務をとりおこなう。」「政治が「即事象的」で打算的なものとなればなるほど、また激情、憤怒、愛情などを欠いたものとなればなるほど、およそ政治は、宗教的合理化の立場からすれば、ますます同胞倫理とは無縁なものと考えるほかはなくなってくるのである。」

・「合理的行為は、経済においても政治においても、それぞれの領域の自己法則性にしたがうものであるように、現世内部における他の合理的行為も、同胞関係とはおよそ無縁な現世的諸条件をば不可避的に自己の行為の手段ないし目標とするほかはないために、どのばあいにも、同胞倫理に対してなんらかの緊張関係に立つことになる。ところが、そうした合理的行為自体がまた、自己の内部に深刻な緊張関係をはらんでいる。〔というのは、こういうことである。〕合理的行為それ自体には、個々のばあいにおける行為の倫理的価値が何によって決められるべきか、成果によってか、それともその行為自体の──なんらかの倫理的規定をもつ──固有な価値によってか、そうした原初的な問題をさえ判定する手段があたえられていない。」

・「…合理的・経験的認識が世界を呪術から解放して、因果的メカニズムへの世界の変容を徹底的になしとげてしまうと、現世は神があたえた、したがって、なんらかの倫理的な意味をおびる方向づけをもつ世界だ、といった倫理的要請から発する諸要求との緊張関係はいよいよ決定的となってくる。なぜなら、経験的でかつ数学による方向づけをあたえられているような世界の見方は、原理的に、およそ現世内における事象の「意味」を問うというような物の見方をすべて拒否する、といった態度を生みだしてくるからである。経験科学の合理主義が増大するにつれて、宗教はますます合理的なものの領域から非合理的なものの領域へと追いこまれていき、こうしていまや、何よりも非合理的ないし反合理的な超人間的な力そのものとなってしまう。」

・「…「文化」なるものはすべて、自然的生活の有機体的循環から人間が抜け出ていくことであって、そして、まさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく。しかも、文化財への奉仕が聖なる使命とされ、「天職」〔「召命」〕Berufとされればされるほど、それは、無価値なうえに、どこにもここにも矛盾をはらみ、相互に敵対しあうような目標のために、ますます無意味な働きをあくせく続けるということになる、そうした呪われた運命におちいらざるをえないのである。」「このような現世の価値喪失は、合理的な要求と現実との、また合理的な倫理と一部合理的で一部非合理的な諸価値との衝突の結果であり、しかもこの衝突は、現世に姿を現わしてくるすべての個別諸領域の独自な特性をそれぞれにきわ立たせることによってますます激化し、また解決不可能なものとなっていく。」「現世の「意味」に関する思索が組織的となり、現世の外的な組織が合理化され、またその非合理的内容の自覚的体験が昇華されたものとなればなるほど、宗教的なるものの独自な内容は、それとまったく並行して、ますます非現世的な性質をおび、あらゆる生の形あるものとはおよそ無縁なものになりはじめる。そして、こうした道を切り拓いたのは、現世を呪術から解放する理論的思考の力だけではなくて、まさしく現世を実践的・倫理的に合理化しようとする宗教倫理の努力にほかならなかった。」

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2009年4月26日 (日)

花田清輝『アヴァンギャルド芸術』

花田清輝『アヴァンギャルド芸術』(講談社文芸文庫、1994年)

 「仮面の表情」から抜書き。日本的なるもの、西洋的なるもの。自分自身にとってしっくりくる仮面はどこにある?

「…わたしたちのほんとうの顔は、わたしたちが、おのれ以外のものに変貌しようと努め、おのれ以外のものでありながら、しかもおのれ自身でありつづけることによって、むしろ、はっきりするはずであった。そのための仮面である。」「戦争中、日本主義者の繰返していたように、もしも日本的なものと西洋的なものとが、完全に対立するものなあ、日本的なものの姿は、日本的なものが、西洋的なものと断絶し、おのれのなかに閉じこもることによってではなく、かえって、正反対の極点に──西洋的なものの立場に立つことによって、はじめてあざやかに浮びあがってくるであろうが──しかし、それは、もちろん、日本的なものが、西洋的なもののなかにあって、おのれを失うことではなく、おのれ以外のものでありながら、しかもおのれ自身でありつづけるということであった。そこに、わたしたちの仮面の独自の性格がある、」「そもそも仮面をかぶるという行為それ自体のなかには、自己と自己以外のものにたいするはげしい批判がふくまれているのである。」「わたしたちのほんとうの顔は、日本的なものと西洋的なものとの両極間に支えられてつくられた球面の上にあり、そこには、ほとんどまだ誰からも探検されたことのない暗黒地帯が茫々とひろがっており──それゆえ、その未知の領域を避けてとおりさえすれば、わたしたちの両極間の往復運動は容易であり、妥協も折衷も許されようが──しかし、それでは永久にわたしたちのほんとうの顔はわからない。わたしたちは、対立物を対立のまま、統一しなければならないのだ。そうして、その統一の方法が、同時にまた、仮面形成の方法でもある。」
「感情のアンヴィバレンツは…一方にだけおこるものとはかぎらない。二人の敵のあるところ、つねに二人の主人公がある。…おそらくかれは、仮面によっておのれを知り、さらにまた、敵を知ったのであろう。そのばあい、かれの仮面が、無表情なものでなかったことだけはたしかであった。」

 どうでもいいが、「笑い猫」というエッセイ、日本の化物の豊かさを考えると、日本にもアヴァンギャルド芸術の素質はしっかりあるというのは確かにそうだな。「のっぺらぼうというのはコンニャクの化物である。コンニャクから、あんな化物をおもいついたひとは、たしかに天才というほかはない。」たしかにそうだ(笑)

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花田清輝『復興期の精神』

花田清輝『復興期の精神』(講談社文芸文庫、2008年)

 戦時下において花田の中に渦巻いていた思いを、主にルネサンスを彩る群像に仮託する形で表現している。「球面三角」というエッセイではルネサンスをクラヴェリナ(ホヤの一種)なる小動物の生命力にたとえている。

「…再生が再生であるかぎり、必然にそれは死を通過している筈であり、ルネッサンスの正体を把握するためには、我々は、これを死との関連においてもう一度見なおしてみる必要があるのではなかろうか。」「当時における人間は、誰も彼も、多かれ少かれ、かれらがどん詰まりの状態に達してしまったことを知っていたのではないのか。果まできたのだ。すべてが地ひびきをたてて崩壊する。明るい未来というものは考えられない。ただ自滅あるのみだ。にも拘らず、かれらはなお存在しているのである。ここにおいて、かれらはクラヴェリナのように再生する。人間的であると同時に非人間的な、あの厖大なかれらの仕事の堆積は、すでに生きることをやめた人間の、やむにやまれぬ死からの反撃ではなかったか。」「転形期のもつ性格は無慈悲であり、必死の抵抗以外に再生の道はないのだ。」「…不幸であればこそ、理知は強靭にもなるのである。死の観念は、人間にたいして、事物の本来の在り方のいかなるものであるかを教える。絶望だけが我々を論理的にする。危機にのぞみ、必然に我々は現実にむかって接近せざるを得なくなり、これまでみえなかったものが、ありありとみえてくる。」

 幾何学つながりで妙なものだが、もう一つ「楕円幻想」というエッセイが印象に残る。円の焦点は一つだが、楕円の焦点は二つ。シンプルな円は美しく、いびつな楕円は見た目に不愉快かもしれない。しかし、二律背反、引き裂かれた魂の葛藤を矛盾したそのままに引き受け、みつめていくこと、それ以外に生きていく道はない。

「ひとは敬虔であることもできる。ひとは猥雑であることもできる。しかし、敬虔であると同時に、猥雑でもあることのできるのを示したのは、まさしくヴィヨンをもって嚆矢とする。…敬虔と猥雑とが──この最も結びつきがたい二つのものが、同等の権利をもち、同時存在の状態において、一つの額縁のなかに収められ、うつくしい効果をだし得ようなどとは、いまだかつて何びとも、想像だにしたことがなかったのだ。」「…これら二つの焦点の一つを無視しまい。我々は、なお、楕円を描くことができるのだ。…しかも、描きあげられた楕円は、ほとんど、つねに、誠実の欠如という印象をあたえる。諷刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか──人びとは勝手なことをいう。誠実とは、円にだけあって、楕円にはないもののような気がしているのだ。いま、私は、立往生している。思うに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、こういう得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝すべきであろう。」

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