« 2009年3月29日 - 2009年4月4日 | トップページ | 2009年4月12日 - 2009年4月18日 »

2009年4月5日 - 2009年4月11日

2009年4月11日 (土)

川田稔『浜口雄幸と永田鉄山』

川田稔『浜口雄幸と永田鉄山』(講談社選書メチエ、2009年)

 第一次世界大戦の結果、今後もし先進国の間で戦争が起こるとすれば、それは全国民を巻き込む激しい総力戦になるであろうという認識が一般に共有されていた。戦争抑止のため国際連盟、軍縮会議、不戦条約などの努力がなされてきたが、その効果についてはどのように考えられていたのだろうか?

 浜口雄幸は肯定的であった。国益の伸張手段を軍事力に求めるのではなく、経済的な国際競争力を強化して輸出市場の拡大を目指した。その点で、内政における金解禁政策、産業合理化政策、財政緊縮政策、そして外交面において国際協調の観点から軍縮を進める方針はすべて連動していた。中国に対しても、軍部が進める分離工作によって中国側の反感をいたずらに買うのではなく、むしろ中国の主権を尊重して輸出市場として経済的な協力を図るべきだと考えていた。

 対して、永田鉄山は国際協調に懐疑的であった。永田にしても、国際連盟・国際法の確立によって平和が実現できるのであれば本来その方が望ましいとは考えていた。しかし、そうした制度・規範を裏付ける制裁手段が現実には存在しない。もし紛争が起これば、国際規範に実効性がない以上、自力救済を図るしかない。総力戦という時代認識を踏まえ、高度国防国家構想を模索、軍事力整備のため資源を求めて満蒙・華北領有の方針を示した。

 国際関係論の分析視角で言うと、浜口はリベラリズム、永田はリアリズムと分類できるだろう。対外認識というのは、政策形成のロジックを組み立てる前提である。この前提となる認識のあり方における相違が、結論として導出される政策を大きく左右する。本書は浜口・永田という二人を、それぞれの政策形成ロジックのいわば理念型に仕立て上げることで、昭和初期における日本の政治方針の分岐点がすっきりと整理されており、興味深く読んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月10日 (金)

狩野博幸・横尾忠則『無頼の画家 曾我蕭白』

狩野博幸・横尾忠則『無頼の画家 曾我蕭白』(新潮社、2009年)

 先日、「日曜美術館」で曾我蕭白の特集をやっていた。蕭白のことは辻惟雄『奇想の系譜』(ちくま学芸文庫、2004年)で彼の絵を初めて見てから気になっていた。日本画の枯淡と言ったらいいのか、ああいうのは私にはちょっと退屈に感じてしまうのだが(奥深さが私には分かりませんので)、対して、蕭白や、あるいは岩佐又兵衛にしても、視覚的に直截なインパクトは一目見たらもう忘れられない。

 蕭白の描く賢者・仙人の顔はグロテスクにゆがみ、人間が一面において抱えているドロドロとしたものをことさら誇張しているように見える。逆に、本来恐ろしい形相のはずの龍や獅子や鬼は、目がキョトンとして情けなく、ユーモラスというか、かわいらしくすら感じさせる。画題は一応、伝統的なものを踏襲してはいるのだが、コンヴェンショナルな意味づけに敢えて偶像破壊的に刃向かっていると言ったらいいのか。ただし、“反抗精神”なんてカッコいい言葉にまとめてしまうと、違う。こう描かざるを得ない何か鬱積したものが蕭白の中にドロドロと渦巻いていたのだろう。描き手の強烈な感情が絵画という媒体にモロにぶつけられていくのは近代絵画では当たり前のことだが、蕭白の場合、それが江戸時代の日本画で見られるというのが私には非常に新鮮だった。

 蕭白のような強烈な個性発露的なものを受け容れる土壌がこの時代すでにあったのではないかと狩野氏は指摘する。儒学思想では本来“中庸”を尊び、それが求められなければ次善のものとして“狂”(一本気な個性追求と言い換えてもいいだろう)を選ぶという順序である。しかし、江戸時代の日本にも入ってきた陽明学左派ではこれが逆転し、“狂”の方を“中庸”よりも重視する。考えてみれば、たとえば吉田松陰なんかも李卓吾を尊敬した“狂”の人だ。絵の話から離れてしまうけど、蕭白や松陰など、“狂”→個性発露的な感性として江戸時代の思想史を考えてみたいという興味がひかれているのだが、私の能力にはあまる。

 ところで、四月から「日曜美術館」の司会は姜尚中さん。別に彼を否定するつもりはないんだけど、陳腐なコメントはやめてくれ…。興ざめというか、イライラする…。芸術を語れるような感性じゃないよ、あの人。「日曜美術館」を見る楽しみが半減するなあ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 9日 (木)

ジョン・J・ミアシャイマー&スティーヴン・M・ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』

ジョン・J・ミアシャイマー&スティーヴン・M・ウォルト(副島隆彦訳)『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(Ⅰ・Ⅱ、講談社、2007年)

 ミアシャイマーはシカゴ大学教授、ウォルトはハーヴァード大学教授、共に国際関係論におけるネオリアリズムの理論家として著名である。二人ともリアリズムの立場からブッシュ政権のネオコンが画策したイラク戦争を批判。アメリカはなぜ自らの国益に反する外交政策を強行してしまったのか? そうした問題意識からイスラエル・ロビーがアメリカ政治に及ぼす影響を本書は指摘する。アンチ・セミティックなキワモノ陰謀論とは違ってきちんとした政治学的分析なので、その点は誤解なきよう。

 開放的な議会制度をとるアメリカ政治において利益団体政治(ロビー活動)は一般的に行なわれているが、イスラエル・ロビーもまたこの経路を利用して影響力行使に努めている。リアリズムの観点からすれば、イスラエルが自らの国益追求のため最も効果的な手段を選ぶのは当然のことである。しかし、それが果たしてアメリカ自身の国益にかなうのかどうかが問題である。

 イスラエルへの過度の支援が中東諸国からの激しい反米感情をもたらす一因となっており、戦略的観点からすればアメリカにとって明らかにマイナスである。ホロコーストへと至った反ユダヤ主義→ユダヤ人たちの自前の国を持ちたいという願いは当然のことであるが、しかしながら、パレスチナ問題の実際を見れば、人道的根拠から現在のイスラエルの行動を正当化することはできない。イスラエルだって普通の国である。正しいこともすれば、間違うこともある。同情すべきところ、賞賛すべきところは素直に認め、同時に間違ったことをすれば非難するのは当然のことである。

 ウォルトの提唱するオフショア・バランシング(他地域の問題にアメリカは過度に関与すべきではない、アメリカがパワーを行使するのはその地域におけるパワー・バランスが崩れそうな時にだけ限定すべきという戦略論)の観点では、アメリカはイスラエルからもアラブ諸国からも一定の距離を置く必要があるのに、イスラエルはアメリカを中東情勢へ意図的に巻き込み、結果としてアメリカの国益が大きく損なわれていると考える。そればかりでなく、アメリカがシリアやイランと敵対関係になければ、これらの国とイスラエルとの仲介役を果たすこともできたはずで(カーターがエジプト・イスラエル平和条約の締結に尽力したように)、そうした可能性を奪ってしまっている点で長期的にはイスラエル自身の国益にも反している。カーターがパレスチナ問題でイスラエルを批判すると、イスラエル批判→反ユダヤ主義者とロジックをすりかえた中傷キャンペーンがカーターに対して行なわれたらしい。こうしたやり方が、選挙を気にするアメリカの政治家にとってイスラエル批判をしづらい空気をつくっている。国益を基準とした利害計算に徹する→合理性のない政策決定がもたらす無用な混乱を避ける、というところに本書の眼目がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 8日 (水)

エブー・パテル『アクツ・オブ・フェイス:あるアメリカ人ムスリムの物語、ある世代の魂を求める闘い』

Eboo Patel, Acts of Faith: The Story of an American Muslim, the Struggle for the Soul of a Generation, Beacon Press, 2007

 Acts of Faithというタイトルは、「信仰の原則」(act→法令だと日本語にするとそぐわないな)とすべきか、それとも「信仰の実践」、「信念の行動」か。全部の意味がかけあわされているのだろうな。著者はインド系アメリカ人のムスリム。彼自身、アメリカ社会に育ちながら、自分は一体何者なのか?というアイデンティティの分裂に苦しんでいた。しかし、ボンベイ(ムンバイ)でムスリムとしての慈善活動に取り組む祖母をはじめ、異なる宗教の信者も含め様々な人々と間近に接した体験を通して、ムスリムとしての自覚で克服する。自分と同世代の若者たちが宗教的過激主義に走っている現状について、心の拠り所を持たない彼らを過激主義が利用していると危機意識を持ち、Interfaith Youth Coreを設立した。彼の言う宗教的アイデンティティの確立は決して排他的なものではない。歓待、寛容、同情、慈悲などの価値観は宗教が異なってもあるはずで、異なる宗教の若者たちが互いにそうした共通の価値観について語り合うことによって宗教上の多元性を目指そうとしている。

 こうした活動は一定の知的水準を持つ人たち相手なら通用するだろうが、どこまで広がりが持てるのか私にはよく分からない。しかし、そんな私のようなシニカルな懸念には惑わされず、実地にひたむきに活動しているところはやはり貴重だと思う。

 ガンジーが、“真理”というのはどの宗教もちゃんと説いている、自分はヒンドゥー教徒だからバガバット・ギーターを読むし、キリスト教徒なら聖書を読めばいいし、ムスリムならコーランを読めばいい、そんな趣旨のことを言っていたのを思い出した。一にして多、多にして一。山の頂は一つだが、登り口はたくさんあり得る、そんなイメージ。何年か前、あれは紀伊国屋セミナーのシンポジウムだったか、今言ったような趣旨でインド研究の中島岳志さんが、ナショナルな自覚を持ちつつナショナリズムを克服する方向性としてガンジーと井筒俊彦の思想に関心を持っていると発言していたのも思い出した。当然、本書Acts of Faithでもガンジーに言及されているし、ムスリムとしてはアブドゥル・ガファル・カン(Abdul Ghaffar Khan。もしくは、バドシャー・カン Badshah Khan)の名前も挙げていた。パシュトゥン人出身、ガンジーに呼応して現在のパキスタン北部あたりでムスリムの非暴力運動を指導した人物。“辺境のガンジー”と呼ばれている。彼については私も以前から関心があって、文献も2冊ほど入手してあるのだが、怠惰なもので勉強が進みません…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 7日 (火)

黄俊傑『台湾意識と台湾文化──台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷』

黄俊傑(臼井進訳)『台湾意識と台湾文化──台湾におけるアイデンティティーの歴史的変遷』(東方書店、2008年)

 台湾アイデンティティーの変遷を通史的に整理した論文集。簡にして要を得た見取り図を提供してくれる。時代区分でみると、
①明清時期(鄭成功~日清戦争):中国大陸から移民→大陸での出身地別の帰属意識→互いに抗争しており、まとまった台湾意識は乏しかった。
②日本統治期:日本による支配・差別→被支配者としてのまとまり→民族意識及び階級意識としての「台湾意識」が現われる。
③光復期(1945~1987年):50年にわたる大陸との断絶、国民党の腐敗、外省人側の優越感→台湾人/外省人=被支配者/支配者という二分法の中で台湾意識(いわゆる、省籍矛盾)。
④ポスト戒厳令期(1987年~現在):閩南人、外省人、客家、原住民をひっくるめて長年同じ島に暮らしてきた事実、大陸との相対的関係→「新台湾人意識」。

 日本統治期において、特に知識人には文化的アイデンティティーとして中国への「祖国意識」を持つ傾向が見られた。そこには日本人による抑圧への反発という契機もあった。しかし、見たことのない「祖国」→抽象的な理想化→現実を知ると幻滅、とりわけ二・二八事件が決定的となった。日本人もしくは外省人の優越的地位→抑圧された側の抗争論述として「台湾意識」が形成された点に大きな特徴があると言える。

 現代台湾については、①農業社会→工業社会への急激な転換、②教育の普及、③戒厳令解除以降の政治的民主化、こうした点を背景に、華人社会としては初めて「個体性」の覚醒(良い意味でも悪い意味でも個人主義)が見られるとも指摘される。

 空白の主体としての「新台湾人意識」という指摘に興味を持った。「新台湾人」と言っても実質的な内容はない。しかし、空疎なスローガンだからこそ、中台統一派も台湾独立派もそれぞれの解釈から異なる意味を読み込んでこの言葉を使っているという。異なる読みの余地を残しながら同じ言葉を使っているという点で、前回取り上げた林初梅『「郷土」としての台湾──郷土教育の展開にみるアイデンティティの変容』(東信堂、2009年)の指摘を思い出した(→こちらを参照のこと)。実質のないスローガンというのは本来なら否定すべきものとは思うが、考え方を切り替えれば、言葉のシンボルとしての機能が対立する立場を曖昧なままに統合していける、少なくともその可能性があり得るというところが非常に面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年4月 6日 (月)

山﨑直也『戦後台湾教育とナショナル・アイデンティティ』、林初梅『「郷土」としての台湾──郷土教育の展開にみるアイデンティティの変容』

 NHKスペシャル「シリーズ・日本デビュー」の第一回「アジアの“一等国”」のテーマは台湾。新興帝国主義・日本が“一等国”としての体面を立てるために初の植民地・台湾で行なった統治政策のマイナス面、とりわけ皇民化教育に焦点を合わせていた。

 たまたま読んでいた台湾アイデンティティをめぐる研究書を二冊。日本の植民地支配が押し付けた「日本人」アイデンティティにせよ、国民党が押し付けた「中華民族」アイデンティティにせよ(番組の最後に蒋介石の姿がチラリと映ったが、彼による弾圧は日本に劣らない)、台湾土着の人々にとっては外来思想にすぎなかった。自前の国を持てなかった悲哀。自分たちの生活感覚にフィットしたアイデンティティ意識をどこに求めるのかという問いかけが台湾現代史には一貫して見えてくる。

山﨑直也『戦後台湾教育とナショナル・アイデンティティ』東信堂、2009年

 本書は戦後台湾における国定教科書の分析を通して、台湾アイデンティティのゆらぎと教育との関わりを検討する。国家発展という至上目標のため人的資源開発→教育は手段として国家に従属、進学熱→「悪性補習」(詰め込み教育や健康を害するほどの受験負担。ツァイ・ミンリャン監督「青春神話」の鬱屈した少年の姿を思い出した)、教育先進国のモデルへの過度の依存といった特徴は一貫してみられるという。

 一方で、1994年(李登輝政権の頃)の「国民中学課程標準」を分岐点として以下の変化が指摘される。かつての国民党による中国化教育期においては「忠勇愛国」の美徳が強調され、その忠誠の対象は国家=中華民族とされていた。94年以降は政治における「本土化」の流れを受け、重層的なアイデンティティ意識(四大族群の共存としての台湾イメージ:例えば、アミ<台湾人<中華民族<アジア人という同心円モデル)や三民主義教育の相対的縮小→脱「中国」化の傾向が見られる。『認識台湾』において「中国」(清)の統治と日本の統治とを同列に並べる→日本の植民地支配の客観的認識も連動している。ただし、族群政治がまだ進行中の現在、中台関係を横ににらみながら、「中国」化教育と「本土化」教育が並存しており(ピンインをめぐる論争などが挙げられる)、今後どのような方向に進むかは流動的である。(本書の奥付発行日は2月28日となっているが、意図してつけたのだろうか)

林初梅『「郷土」としての台湾──郷土教育の展開にみるアイデンティティの変容』東信堂、2009年

 本書は1990年代以降の郷土教育(具体的には歴史と言語に関わる)に着目して台湾アイデンティティのゆらぎを考察する。その前段階として日本の植民地統治期及び国民党による中国化教育期におけるそれぞれの郷土教育観が取り上げられる。台湾という「郷土」→「日本」もしくは「中国」という上位レベルへ結び付けられる同心円構造を持っていた点で両者は共通するが、日本時代は身近な生活領域としての郷土性が意識されていたのに対し、中国化教育期は郷土としての台湾の特殊性への言及がほとんどなかった点で異なるという。

 郷土教育はそうした中国化教育内容の画一性から脱却しようという動きとして表われたが、同時に、台湾内のエスニック集団の多様性という問題に直面することになる。閩南語文化=台湾文化としてしまうと、客家系や原住民、さらには外省人も無視されてしまう。このとき、「台湾」ではなく「郷土」という曖昧な表現が、こうした台湾内部の多元性を統合する機能として働いたという指摘が興味深い。政治レベルにおいては、「郷土(台湾と読み替え可能)→中華民国→世界」(国民党など)と「郷土→台湾→世界(中国を含む)」(民進党など)という二つのナショナル・アイデンティティがせめぎあっているが、「郷土」という表現の両義性によって教育現場は政治的対立を回避、むしろ郷土教育の内容の多様性を生み出せたのだという。多文化主義の台湾=単一の中華民族ではない、という形で今後の台湾におけるナショナル・アイデンティティの方向性を本書は見出している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三上章『象は鼻が長い』

 街の語学者、三上章(1903~1971年)。金谷武洋『主語を抹殺した男 評伝三上章』(講談社、2006年)で著者は三上文法と出会った衝撃をつづっている。たとえば、「好きです」→「I love you」→「私はあなたを好きです」。この不自然さは一体何なのだ! 英語の基本文型はSVOであり、必ず主語がないと文は成立しない。だから、たとえば「10時です」→「It is ten o’clock」というふうに意味のないitが要求されたりする。だけど、そんなのあくまでも英語側の事情にすぎない。問題は、日本語を説明するのに、西欧語的なSVO式の文法理論を借用して不自然な日本語文法をつくってしまったこと。三上の結論──日本語に主語はない。「主語専制の外国式よりも補語の共和制」。

 三上章『象は鼻が長い』(くろしお出版、第10版、1979年)をひもとく。「象は」というのは西欧語的な主語ではなく、題目の提示、つまりこれからこんなテーマについて言いますよという態度を表わす。この着想を軸にして日本語文法を説明していく。西欧語文法理論をそのまま移入して事足れりとしてきた学界本流に対する闘争心だけでなく、漢文口調が日本語の自然な流れを阻害しているという問題意識も目に付いた。いま自然に使っている日本語のありようを、妙な借物理論なんかで汚さずにありのままに見つめていこう、そうした点で三上は国学の系譜を受け継いでいるようにもうかがわれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 5日 (日)

ケント・E・カルダー『日米同盟の静かなる危機』、孫崎享『日米同盟の正体──迷走する安全保障』

ケント・E・カルダー(渡辺将人訳)『日米同盟の静かなる危機』(ウェッジ、2008年)

 歴史的・文化的・経済的な背景も政策意思決定のあり方も全く異なる日本とアメリカ。ダレスのつくった非対称的な性格を持つ日米同盟は安全保障と経済とをいわば取引して成立してきたと言えるが、1990年代以降、グローバリゼーションの進展によって弱体化しつつあるという問題意識を本書は示す。本書は“同盟”概念の比較政治史的な考察を踏まえ(イギリス・ポルトガル同盟が600年以上も続いていることは初めて知った)、そのケース・スタディとして日米同盟を検討していると読むこともできる。

 かつて、同盟とはパワー均衡のための戦略的手段にすぎず、用が済めば解消されてしまう程度の短命なものだったが、現代においては経済繁栄や相互依存などを保障する制度的枠組みとしての新たらしい意味も持つようになり長期化している。その長期化の要因について本書は“同盟の自己資本”という分析概念を提示する。9・11以降、日米同盟における軍事協力は強まったが、同盟を包括的に支える経済的基盤や人的な政策ネットワークは弱まり、両国内におけるコンセンサス(日本では安全保障の問題について国内世論の反発が強い)は同盟の当初から欠いたままであることを指摘、具体的な提言へとつなげる。著者はジョンズ・ホプキンス大学エドウィン・ライシャワー東アジア研究所長である。

孫崎享『日米同盟の正体──迷走する安全保障』(講談社現代新書、2009年)

 日米同盟は非対称的と言われるが、アメリカの世界戦略にとって重要な拠点を日本は提供して利益をもたらしており、互いにないものを補い合ってウィン・ウィン関係にもっていくという点では取引は十分に成立していると本書は指摘。近年、日米同盟のあり方が対米追随の方向で変質しつつあり、日本の自衛隊はアメリカの世界戦略の下で応分の危険な負担を強いられることになるだろう、その傾向はオバマ政権になっても変わらないという現状認識を示し、日本独自の道を考えるべきことを主張する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年3月29日 - 2009年4月4日 | トップページ | 2009年4月12日 - 2009年4月18日 »