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2009年3月22日 - 2009年3月28日

2009年3月28日 (土)

エドウィン・ブラック『IBMとホロコースト──ナチスと手を結んだ大企業』

エドウィン・ブラック(小川京子訳)『IBMとホロコースト──ナチスと手を結んだ大企業』(柏書房、2001年)

 ナチスによるユダヤ人の大量移送・虐殺はなぜあれほど迅速かつ正確に遂行できたのか? 几帳面なドイツ人という印象論では説明がつかない。パンチカード機の導入による組織活動の効率化がホロコーストを支えていた。機械だけでなく、統計学を駆使して人的資源の効率活用を目的とする経営管理技術によってユダヤ人の選別・動員が行われており、そうしたノウハウを提供したのがIBMであった。本書はその詳細を調べ上げたノンフィクションである。被占領地の中でも、このシステムが行き渡ったオランダではユダヤ人の死亡率が75%に達するのに対し、行き渡っていなかったフランスでは25%にとどまるなど具体的な違いが出ている(フランスの場合、政教分離が前提なので、データの基礎となる過去の国勢調査に宗教に関する項目がなかったことも一因のようだ)。“ソリューション・カンパニー”は、文字通りユダヤ人問題の“ファイナル・ソリューション”(最終的解決)に寄与したわけである。

 IBMの倫理的責任はもちろん免れ得ないにしても、非難するだけではあまり意味はない(社長のトーマス・ワトソンはファシズムに傾倒していたとも言われるが)。効率性の最大化を図ることを至上命題とする近代的組織において、組織人は私見を挟まず与えられた職務を粛々と遂行することが求められる(ヴェーバー的に言うと、“鉄の檻”における“精神なき専門人”といったところか)。目的は何であれ、いったんインプットがあれば自動的に動き出す人的システムが出来上がっていた。それを技術的に補完したのがIBMであった。彼らにとって“ビジネス”が至上目的で、自分たちの提供するものがどんな目的に使われるかは関係ない。そうした考え方を持っていた点で“近代”の不可分な要素としての技術至上的風潮が端的に表われていたと言える。ジーグムント・バウマン『近代とホロコースト』(→こちらを参照のこと)は、近代的組織モデルそのもののはらむ問題がホロコーストという極限状態を通して具体化したのだと指摘。本当に恐ろしいのは殺戮の事実ではなく、このような近代的組織モデルが必要とされている限り(実際、これは不可欠なのだ)、それは別の国でも今の時代でも起こり得ることだと言う。

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ピーター・J・カッツェンスタイン『日本の安全保障再考』

Peter J. Katzenstein, Rethinking Japanese Security: Internal and External Dimensions, Routledge, 2008

 日本の安全保障を中心テーマにまとめられた論文集である。タイトルのrethinkingには、日本の安全保障について独自の視点を示すというだけでなく、国際関係論における分析アプローチのあり方そのものを考え直そうという問題意識も込められている。

 暴力の行使に抑制的な態度を取る日本の安全保障政策は、パワー・バランスで考える国際関係的ロジックとは必ずしも整合的ではなく、従ってリアリズムでは説明のつかない部分が残る。著者は『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』(有賀誠訳、日本経済評論社、2007年→こちらを参照のこと)で、日本の“平和国家”という集団的アイデンティティー(自己イメージと言った方が分かりやすいか)が内政面で一定の規範意識を形成しており、これが対外政策決定における抑制要因の一つとなっていることを示した。この分析において、平和主義という価値観の是非は問題にならない。そうした集団的アイデンティティーや規範意識が現実に作用しているという社会的事実そのものに着目し、それはなぜなのかという問いも分析の視野に入れていく。このような立場をコンストラクティヴィズム(構成主義)という。リアリズムもリベラリズムも国家を一つのまとまりある行動単位とみなしがちだが、これに対して国家の内部的な抑制要因も合わせて議論を進めようというスタンスは本書のInternal and External Dimensionsというサブタイトルに示されている。

 リアリズムやリベラリズムは行動主体を単純化して前提とすることで洗練された一般理論を構築できる。本書はそのことにも一定の意義を認めつつも、アプローチ本位(つまり、理論枠組みの中に分析対象をはめ込む視点)ではなく個別の問題意識本位の迫り方が必要だと強調する。とりわけ方法論について体系的な説明を試みる第10章では、リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズムの三つを頂点とするトライアングルを示し、ケースに応じてこれらの組み合わせが有効であることを指摘する。そうした立場を分析的折衷主義(analytical eclecticism)という。もちろん、場当たり的でちぐはぐな議論に堕してしまうおそれもあるが、それでも異なるアプローチ相互の対話を通して分析対象そのものへの理解に奥行きを持たせられる点で有益だと主張する。

 テロ対策というテーマで日本とドイツの比較を試みた第7章Coping with terrorism: norms and internal security in Germany and Japanや第9章Same war─different views: Germany, Japan, and counterterrorismといった論文に興味を持った。ドイツの警察はハイテク化されて機動力が高い(それを法的にバックアップできるよう基本法は頻繁に改正されている)のに対し、日本の警察は一般社会とのインフォーマルな協調関係を保つところに特徴があるという。日本の世論は強硬手段に否定的→地道な活動で日本赤軍をジワジワと追い詰めた→海外へ追い出す→日本赤軍が海外で何をしようと知ったこっちゃない。また、対外的安全保障の面でドイツ軍はNATOに組み込まれているのに対し、周辺国と安全保障上の協力関係のない日本は日米同盟に依存している。国内的安全保障ではドイツはホッブズ的、日本はグロチウス的(国内社会における信頼関係を前提としている点で)であり、対外的安全保障ではドイツはグロチウス的、日本はホッブズ的(周辺諸国から孤立している状況の中で対米同盟を戦略的に選択している点で)だと整理される。分析視角の点で、ホッブズ的というのはリアリズムに適合的であり、グロチウス的というのはリベラリズムに適合的だと言えよう。

 なぜ東アジア共同の安全保障的協力関係がないのか? 第8章Why is there no NATO in Asia? Collective identity, regionalism, and the origin of multilateralismによると、まず西欧におけるNATO成立にはアメリカのイニシアチブが大きかった。半世紀前の時点でのアメリカは西欧には親近感があって積極的にコミットする(=集団的安全保障の枠組み)用意があったのに対し、東アジアに対しては価値観レベルでの違和感→共同の枠組みを作ってその中にアメリカが直接関与するなんて発想すらなかった→個別にアメリカ優位の同盟関係を並立させるという形をとった。つまり、アメリカ自身のアイデンティティー意識(自分たち=西欧)が政策決定上の相違をもたらしたのだと指摘される。

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2009年3月27日 (金)

I・ブルマ&A・マルガリート『反西洋思想』

I・ブルマ&A・マルガリート(横田江理訳)『反西洋思想』(新潮新書、2006年)

 オクシデンタリズムとは、西洋=非人間的な他者(物質主義、エゴイズム、享楽的etc.とネガティヴなイメージが付与される)とみなし、それへの憎悪が攻撃的政治性と結び付いた思想形態を指す。“東”の側の内面において、“西”的なものと“東”的なものとが葛藤を起こしたときに芽生える。日本における“近代の超克”や特攻隊、ナチズムの源流としてのドイツ・ロマン主義、ロシアのスラブ主義、イスラム過激主義など、話題は幅広く網羅される。個々の論点について雑に思われるところもあるかもしれないが、オクシデンタリズムという一つの軸によって大きな枠組みで整理された比較思想的な試論として興味深いと思う。

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ロジェ・カイヨワ『聖なるものの社会学』

 ロジェ・カイヨワ(内藤莞爾訳)『聖なるものの社会学』(ちくま学芸文庫、2000年)から気になった箇所を抜書き。

「戦争は、すぐれて聖の本質的な性格を帯びている。…それは、いわゆる批判的精神といったものを麻痺させてしまう。戦争は恐ろしいものだが、また印象的でもある。人はこれを呪うけれども、またたたえることも忘れない。」「聖は魅了と畏怖との根源だと見られている。戦争もそれが魅了的・畏怖的な存在として示されるかぎり、聖なるものとして受けとられる。」(129~131ページ)

「戦争はこれまで、宣告された暴力、命令された暴力、あるいは賞揚された暴力として、人類の基本的な本能に満足を与えてきた。もっともこうした本能に対して、文明は少なからず、─危なっかしいやり方ではあったが─その規制に努力してきた。それから戦争は、それが組織的な破壊だという点で、社会的な生産過剰に対して、一時的ではあるけれども、手取り早いまた抜本的な解決策をもたらすことになった。ところで戦争は、これが周期的に生起する。そしてその間、個人も社会も、まるで自分が完成したかのような気持になる。つまり真理への到達と人間存在の絶頂への接近、こうした喜びにひたることができる。となると、戦争が機械化された社会で果たしている機能も、そう特異なものではない。祭が未開社会で果たしているそれと同じである。事実、戦争は、人間を祭のときと同じような熱狂へと誘っていく。戦争はこんにちの世界が生んだ《聖》である。そして以上は、その唯一の表示ということができる。戦争はおびただしい生産手段と資源とが生んだ、こんにち的な《聖》である。」(222~223ページ)

「戦争と祭とは、どちらも動揺と喧騒、そして大いなる会合の時期である。そしてその間、貯蓄経済は濫費経済によって代わられる。そこでは交易や生産によって蓄積され、営々として手に入れられたものが、惜気もなく消費され、破壊される。それから近代戦と原始的な祭礼とは、どちらも激しい情動の期間だといえる。そこでは暗い静かな日々の単調さが破られて、あかるく騒々しい危機がもたらされる。集合的な偏執観念が、個人や家庭への関心にとって代わる。だから個人の独立は、一時ストップされて、一人ひとりは組織化し、一体化した多数者のうちに没する。またそこでは、肉体的・感情的、さては知的な自律性さえ消えてなくなる。個人はもう、おのれに頼ることができない。既存のあらゆる差別も、新しい位階によって霧消する。慣れた労働技術、私生活の細々した義務、日常生活の規則的なリズム、それらが厳格で熱狂的な世界によって代わられる。つまり横溢と規律、苦悩と喜悦、規則と放埓という奇妙な組合わせから成る世界によって代わられる。そこでは断食や儀式の粛静さ、あらゆる禁止が喧騒と叫喚と並んで存在する。そしてもっと大きな、もっとひどい蹂躙をおこなうために、もっと細心な組織化がくわだてられる。秩序と打算とが、死の危険と破壊の陶酔とに結びついてくる。(246~247ページ)

「…戦争は、国家にとってひとつの熱狂となり、ひとつの絶対となっている。平和がなんだろうと、それは大したことではない。平和が戦争を犠牲にすることはない。平和は戦争を準備し、戦争を懸念するだけのものにすぎない。」(263~264ページ)

 消費経済における貯蓄の濫費としての戦争→言語を絶した破壊の陶酔→善悪という次元を超えた“聖”なるもの。カイヨワのお仲間だったジョルジュ・バタイユも、『呪われた部分』などでこうした視点から、余剰→蕩尽を地球規模で把握する“普遍経済学”なる議論を展開していた。バタイユは、原爆投下も“蕩尽”の具体化だと平気で言ってのけてしまう…。そうしたインモラルでありつつも不思議な説得力を持ってしまうところに異様な魅力を感じてしまうのだが。

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2009年3月25日 (水)

フラント・ディンクのこと

 2007年1月19日、イスタンブール。トルコのアルメニア人ジャーナリスト、フラント・ディンク(Hrant Dink、1955~2007)が17歳の民族主義的な青年によって射殺された。アルメニアとトルコの関係を考える上でディンクの存在を無視することはできないが、遠い国のことなので日本で入手できる文献が乏しい。とりあえず入手できた小冊子Freedom of the Media in Turkey and the Killing of Hrant Dink(London: Kurdish Human Rights Projects, 2007 September)とwikipediaの記事(困ったときのwiki頼み…)を参照。

 ディンクはアルメニア人とトルコ人の相互理解を深めるためにアルメニア語・トルコ語併記の新聞アゴス(Agos)を創刊。世界中の離散アルメニア人、アルメニア共和国、トルコ国内のアルメニア人ばかりでなく、トルコ市民をもその対象に考えていた。彼は、トルコ政府がアルメニア人ジェノサイドの事実を認めないことを批判する一方で、海外のアルメニア人のロビー活動の結果としてフランスでアルメニア人ジェノサイド否認を刑罰化したことにも批判的であった。相互理解を伴わない強制力では和解は達成できないということだろう。

 トルコ国内の言論状況として、トルコ人及びトルコ共和国を侮辱する言動は禁固刑に処すと規定された刑法第301条が問題となる。アルメニア人ジェノサイドに関連した政府批判はこの条文によって脅かされる。ディンクは有罪判決を受けたことがあるし、ノーベル文学賞受賞者オルハン・パムクも起訴されたことがある(その後、取り下げられた)。上記Freedom of the Media in Turkey and the Killing of Hrant Dinkは、刑法第301条によってトルコ民族主義感情が極度に高められており、従ってディンク暗殺の原因は刑法第301条にこそ求められると指摘している。

 犯人の青年は出身地である黒海沿岸の都市トラブゾンでアルメニア教会に殴りこみをかけたり、マクドナルドに爆弾を投げ込んだりといった事件を起こして警察に捕まったことがある(ちょうどイラク戦争で反米感情の高まっていた時期)。同様に捕まった若者たちの中に警察の情報提供者になった者がいた。ディンクの遺族や弁護団は、警察はディンク暗殺計画を事前に知っていたはずなのに黙認していたと主張、警察・軍部・情報機関への調査を求めている。

 ディンクの葬儀には10万人ほども参集し、「我々はみなディンクであり、みなアルメニア人だ」とアルメニア語・トルコ語・クルド語で書かれたプラカードを掲げてデモ行進が行なわれた。葬儀にはトルコ政府閣僚も出席したほか(エルドアン首相は別件で欠席)、ギュル外相の招待により国交のないアルメニアからも外務次官が出席した。トルコ国内でディンク暗殺事件を深刻に受け止める世論が高まった一方、ナショナリズムの動きも根強い。「我々はみなディンクであり、みなアルメニア人だ」というプラカードについて極右勢力が反発するのは予想できるにしても、中道左派の野党・共和人民党(CNP。社会主義インターナショナルに加盟。ケマル・アタチュルク創設の世俗主義政党に源流を持つ)もこれには否定的で、刑法第301条についても擁護している。

 トルコの軍部・司法・世俗主義政党には、立国の基礎とされているケマリズム(政教分離の世俗主義、同化主義的国民国家志向、近代志向の三本柱から成る)の担い手としての自負が強い。イスラム主義に立つとされる(従ってかつては欧米からの受けが悪かった)現エルドアン政権の公正発展党よりも、こうした世俗主義勢力の方が強固なナショナリズム・権威主義的傾向という点でむしろ強硬派に転じているという逆転現象はPhilip H. Gordon and Omer Taspinar, Winning Turkey: How America, Europe, and Turkey Can Revive a Fading Partnership(Brookings Institution Press, 2008→こちらで取り上げた)で指摘されていた。

 政治的イデオロギーによる言論・教育の統制(具体的には刑法第301条の問題)→体制を正当化する形で歴史記述→アルメニア人ジェノサイドの事実すら一般のトルコ人は知らない→海外からの批判は不当だという反発によりナショナリズム感情の強化。一人一人の個人としてのトルコ人には悪意はないからこそ、こうした負の連鎖を何とか断ち切るためにディンクは相互理解を深めようと努力していたわけだが、社会に組み込まれたイデオロギーの壁は高い。

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2009年3月24日 (火)

エルンスト・ユンガー『追悼の政治』

エルンスト・ユンガー(川合全弘編訳)『追悼の政治』(月曜社、2005年)

 エルンスト・ユンガー(1895~1998年)は第一次世界大戦に志願兵として従軍、あまりにも多くの人々が命を落とすのを目の当たりにした。その実体験による、彼らの死を無駄にしてはいけないという思いがユンガーのナショナリズム思想を形作ったのだという。第一次世界大戦の戦死者へ捧げられた追悼文集『忘れられぬ人々』(1928年)のまえがきとあとがき、政治評論的なエッセー「総力戦」(1930年)、第二次世界大戦末期に書かれた「平和」(1944年)、以上が“追悼”というテーマで一冊にまとめられている。

 編訳者は橋川文三を念頭に置きながらこの本をまとめたそうだが、私は読みながら吉田満『戦艦大和ノ最期』を思い浮かべた。大和の絶望的な特攻、自分たちの死は無駄死にじゃないかという激論が沸き起こり、自分たちは将来のための捨て石になるという趣旨の臼淵大尉の発言が収拾をつける。そうした光景を目の当たりにして生き残り、戦後、やむにやまれぬ思いで手記に書き上げた吉田満。

 絶望的な不条理の中で耐え難いつらさがあったろうにもかかわらず、それでも自分の持分を守って死んでいった人々。理念的には反戦平和主義を標榜する人であっても、彼らのように不条理な死を受け容れていった人々のことを軽んずることはできないだろう。彼らの死のおかげでいまここに生きている自分たちは、では果たして彼らの払った犠牲に見合うだけの生き方をしているのか? 彼らの犠牲への緊張感をはらんだ想起が、常に自分たちのありようを厳しく戒めていく。そうした意味で時間を超えて切り離せない一体感。それをナショナリズムと言いたいところだが、あまりにも手垢がつきすぎた表現なので使いたくない。この次元において右とか左とかいう皮相な政治論は全く問題にならない。やむをえざる悲痛なひたむきさを「国のため、民族のため」というスローガンに貶めて、胡散臭いルサンチマンを正当化する隠れ蓑として利用してしまうのは間違っている。ユンガーは民族的な保守革命論者と目されつつもナチスとは一線を画し、1944年のヒトラー暗殺未遂事件では関与を疑われて軍から免官されている。ナチズムのはらむ精神的に不純ないびつさを嗅ぎ取っていたのだろう。

 第二次大戦末期に書かれた「平和」は兵士たちの間で秘かに読まれたという。そこには戦後のヨーロッパ連合における民族共存の構想なども記されている。他方で、彼は戦争を全否定しているわけでもなく、戦争における純粋な献身を称揚している。生命保存の動機から平和を求めるというのではなく、戦争も平和もその総体を通してある種の精神性が発露されていく(彼はドイツ精神という言い方をする)ところに人間性を見ており、むしろニヒリズム批判に主眼が置かれている。

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2009年3月22日 (日)

『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』

 ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」(引用は多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』[岩波現代文庫、2000年]所収の野村修訳)から気になった箇所だけ適当に抜書き。

・芸術作品は一回限りの存在→「オリジナルが、いま、ここに在るという事実が、その真正性の概念を形成する。そして他方、それが真正であるということにもとづいて、それを現在まで同一のものとして伝えてきたとする、伝統の概念が成り立っている。真正性の全領域は複製技術を─のみならず、むろん複製の可能性そのものを─排除している。」…「ある事物の真正性は、その事物において根源から伝えられうるものの総体であって、それが物質的に存続していること、それが歴史の証人となっていることなどを含む。歴史の証人となっていることは、物質的に存続していることに依拠しているから、この存続という根拠が奪われている複製にあっては、歴史の証人となる能力もあやふやになる。たとえ、あやふやになるのがこの能力だけだとしても、でもこうして揺らぐものこそ、事物の権威、事物に伝えられている重みにほかならない。」「この権威、事物に伝えられた重みを、アウラという概念に総括して、複製技術時代の芸術作品において滅びゆくものは作品のアウラである、ということができる。」「複製技術は複製されたものを、伝統の領域から切り離してしまうのである。」(139~141ページ)

・「いったいアウラとは何か? 時間と空間とが独特に縺れ合ってひとつになったものであって、どんなに近くにあってもはるかな、一回限りの現象である。」「一回性と耐久性が、絵画や彫刻において密接に絡まり合っているとすれば、複製においては、一時性と反復性が同様に絡まり合っている。対象からその蔽いを剥ぎ取り、アウラを崩壊させることは、「世界における平等への感覚」を大いに発達させた現代の知覚の特徴であって、この知覚は複製を手段として、一回限りのものからも平等のものを剥ぎ取るのだ。このようにして視覚の領域で起こってきていることは、理論の領域で統計の意義がしだいに顕著になってきていることに、ひとしい。」(144~145ページ)

・「芸術作品の技術的な複製が可能になったことが、世界史上で初めて芸術作品を、儀式への寄生から解放することになる」。「しかし、芸術生産における真正性の尺度がこうして無力になれば、その瞬間に、芸術の社会的機能は総体的に変革される。儀式を根拠とする代わりに、芸術は別の実践を、つまり政治を、根拠とするようになる。」(147ページ)

・「政治の耽美主義をめざすあらゆる努力は、一点において頂点に達する。この一点が戦争である。戦争が、そして戦争だけが、在来の所有関係を保存しつつ、最大規模の大衆運動にひとつの目標を与えることができる。政治の側面からはそうまとめられる。技術の側面からは、つぎのようにまとめられよう。戦争だけが所有関係を維持しながら、現在の技術手段の総体を動員することができる、と。」(185ページ)

・「人類の自己疎外は、自身の絶滅を美的な享楽として体験できるほどにまでなっている。ファシズムの推進する政治の耽美主義は、そういうところにまで来ているのだ。コミュニズムはこれにたいして、芸術の政治化をもって答えるだろう。」(187~188ページ)

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P・J・カッツェンスタイン『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』

P・J・カッツェンスタイン(有賀誠訳)『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』(日本経済評論社、2007年)

 戦後日本における警察及び軍隊のあり方を考えてみるとき、暴力的手段の行使には極めて抑制的な態度を取ってきたことが一番の特徴として挙げられるだろう。これはなぜなのか? 文化的規範が安全保障政策に及ぼした影響の分析が本書のテーマである。

 リアリズム(パワー・ポリティクス)は、合理的計算に基づいて振舞う国家がパワーの最大化を図ろうとする点を前提として置き、いかにそのバランスをとるかという視座から国際関係を把握する。リベラリズムは、国際関係の中で定式化された一定の規範に従って国家が協調的に振舞う側面に注目する。いずれにしても国家という政治的アクターを単一のまとまりとみなし、その外的環境への態度の取り方から説明しようとしている。

 対して、本書が踏まえているコンストラクティヴィズム(構成主義・構築主義)では、国家というアクターの中から行動を規制している内部的な規範の形成過程が重視される。つまり、国際システムにおける政治力学への適応というよりも、国内における政治的・社会的・文化的な相互作用を通して制度化された規範に基づいて安全保障政策が形成されたという観点から本書は日本政治を分析している。制度化というのはつまり、当たり前のこととして自明視された規範意識が国民の間に共有されることにより、その枠組みの中で政策決定の選択肢がおのずと絞り込まれてくることを指す。

 具体的には、“平和国家”“通商国家”といった自己イメージ(集団的アイデンティティ)。それは良い悪いという価値判断の問題とは次元が異なり、規範として作用している時点で一つの社会的事実となっていることに着目される。歴史的経緯(敗戦、原爆、日米関係など)、調整型の民主主義(多数派の自民党は野党の意向を無視して政策強行はできず、広い意味でのアイデンティティ規範のあったことがわかる)、社会的規範と法的規範との相互作用(たとえば、警察は市民の視線に敏感なこと、憲法第九条の問題)などの面で、国内的に競合する要因のせめぎ合いを通して規範としてのコンセンサスが形成されていた。

 原書は1996年に刊行されており、時代背景として若干古さを感じさせる点もあるが、コンストラクティヴィズムの分析アプローチによる事例研究として興味深い。

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田野大輔『魅惑する帝国──政治の美学化とナチズム』

田野大輔『魅惑する帝国──政治の美学化とナチズム』(名古屋大学出版会、2007年)

 現代史を振り返ってみたとき、ナチスの存在感は独特だ。ホロコーストのような第三帝国という政治体制が引き起こした残酷な禍々しさに戦慄しつつも、むしろそうであればこそ、この帝国の過剰なまでの演出に我々の眼差しがひきつけられる強烈な印象は否定できない。なぜあれだけ広範な大衆を巻き込むことができたのか、本書はその“魅力”のメカニズムを解明しようとする。“魅力”と表現することには抵抗を感じるかもしれない。無論、ナチスの政治体制は否定されるべきものだが、その“美学”を低俗なものとして一方的な断罪をするだけでは客観的な評価は望めないというスタンスを著者はとっている。斬新な視点でとても面白い研究書だと思う。

 ナチスは恐怖政治だけでドイツを支配したのではない。リベラルな個人主義による混沌を克服しようという志向性をナチスは持っており、普遍的な美の基準をもとに、近代を特徴付ける技術的進歩という手段によって、民族共同体の“美しい”秩序を作り出そうと目論んでいた。そこに大衆自身の欲望が動員されることになる。支配の手段として“美”的なものを利用したというのではなく、国民も巻き込んで政治と芸術の一体化した“国家芸術”を目指していたのだと本書は指摘する。

 “美”の基準とは? ローゼンベルクのようなイデオローグはゲルマン民族にこだわるフェルキッシュな反近代への志向性があったが、ヒトラーやゲッベルスはそれを軽視し、むしろナショナルな近代への志向性があったという。ヒトラーは古典期ギリシアを超歴史的なシンボルとして具体的な“美”の基準とみなした。それは帝国の力強さのシンボルであって、そこに向けて動員される技術信仰と矛盾するものではなかった。技術=近代性という点で、簡素な機能美を重視するバウハウスの美意識とナチズムのそれとは共通しているという指摘が興味深い。国民車(フォルクスワーゲン)や国民受信機(ラジオ)の大量生産は国民の画一化を促し、歓喜力行団での娯楽は労働者であっても同じ楽しみを得られるという点で社会的平等の感覚を植えつけた。ヒトラーは(ムッソリーニとは異なり)いかにも独裁者らしい傲慢な態度はとらず、むしろ謙虚さを演出し、メディアを通して国民との距離感を解消、ヒトラーを通して大衆の自己意識を映し出させた。つまり、ヒトラーという“祭祀”を媒介として、大衆一人ひとりが“民族共同体”の幻想に一体化させていく情緒的基盤をつくりあげたのである。

 ナチスの時代、ドイツ国民の消費生活水準はそれなりに豊かだった。ヒトラーを模したキッチュな小物が出回ったというのが面白い。ヒトラー人気にあやかって商品化する人がいたわけだ。そのキッチュさは権威を損なうものだとナチスは神経をとがらせたが、動機は好意だから対応に困っていたようだ。歓喜力行団もただの享楽に堕して政治性は失われた。そうした市民の脱政治化傾向もナチスは国民統合の手段として容認していた。

 ナチス時代の建築については井上章一『夢と魅惑の全体主義』(文春新書、2006年)でも取り上げられていた。最近読んだナチスものでは、飯田道子『ナチスと映画』(中公新書、2008年)がナチスのプロパガンダ映画と戦後におけるナチス=“悪役”イメージの両方をテーマとして取り上げていて興味深く読んだ。

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