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2009年3月15日 - 2009年3月21日

2009年3月21日 (土)

アンドリュー・J・ベイスヴィッチ『パワーの限界:アメリカ例外主義の終焉』

Andrew J. Bacevich, The Limits of Power: The End of American Exceptionalism, Metropolitan Books, 2008

 ブッシュ政権に巣食ったネオコンが乗り出した世界戦略のせいでアメリカは評判を落とし、その後始末はオバマ政権に委ねられている。アメリカの超大国としての自信過剰が対外政策を歪めているという批判が本書の基本ラインをなす。国家的安全保障(national security)という神話は拡大主義を正当化し、少数の“賢者”たち(wise men)に依存した政策決定はイデオロギー的な思い込みをそのまま具現化してしまった。軍事技術が高度化したといっても戦争につきまとうリスクと不確実性はいつの時代であっても不変で、それを統御すべきリーダーシップの質はハイテクの向上度合に見合っていない。

 アメリカの対外的拡張行動を正当化するロジックは9・11に始まったわけではなく、それこそ19世紀のマニフェスト・デスティニーや米西戦争の頃からたびたび表面化している。少数の“賢者”依存の政策決定はブッシュを動かしたネオコンの専売特許ではなく、ケネディ政権の“ベスト・アンド・ブライティスト”の焼き直しとも言える。従って、政権が変わったからと言ってこうしたアメリカの対外的拡張行動の性格が消える保証はないと指摘される。本書はラインホルド・ニーバーをたびたび引用し、虚傲を抑えるにリアリズムを、偽善を抑えるに謙譲の必要を説く。イスラム過激派に対してはブッシュ政権のような予防攻撃論ではなく、封じ込め政策を提言。冷戦期のものとは違い、イスラム世界と適切な関係を結ぶことで過激派の主張が無効であることを浮び上らせるのが目的。そのためにはアメリカの信頼感を高めることが必要だと主張している(その努力には核廃絶も含まれる)。

 著者はボストン大学教授で歴史学・国際関係論が専攻。ウェストポイント(陸軍士官学校)の出身で湾岸戦争後に大佐で退役したらしい。子息はイラク戦争で戦死しており、本書は彼に捧げられている。本書は純粋にアカデミックというよりも政治評論的な性格が強い。悪いことを言っているわけではないにせよ、どこまで有効かは私には分からない。ノーム・チョムスキーのブッシュ批判、アメリカ批判なんかがお好みの方はどうぞ。

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牧野雅彦『ヴェルサイユ条約──マックス・ウェーバーとドイツの講和』

牧野雅彦『ヴェルサイユ条約──マックス・ウェーバーとドイツの講和』(中公新書、2009年)

 ヴェルサイユ条約、ワイマール共和政確立という政治体制変動期にあたってマックス・ウェーバーはどのような態度をとったのか、彼の関わりを中心に政治史的な動向を描き出す。政治行為への責任の取り方について彼が信念・動機の純粋性を優先させる心情倫理と結果の是非を問う責任倫理とに分類していることはよく知られているが(『職業としての政治』を参照のこと)、これに加えて“戦争責任”の問題を取り上げているところに本書の特色がある。

 戦争の勝敗と道義的な正邪とに本来は関連性がないにもかかわらず、“戦争責任”を一方的にドイツに帰するのはおかしいという立場を彼は示した。勝者の自己正当化という問題もあるが、それ以上に「動機のよくない戦争→負けても仕方なかった」という論理で敗戦国ドイツが受け容れてしまうのは、これもまた敗北というありのままの事実から目を背けようとする裏返しの自己正当化に過ぎず、政治の結果責任を取る態度とは言いがたいと彼は考えた。ニーチェ的なルサンチマンの視点を絡めているところが興味深い(日本の戦争責任の問題について同様の趣旨のことを西尾幹二も論じていたな)。

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バーバラ・タックマン『八月の砲声』『決定的瞬間』

 以前、ケビン・コスナー主演「13デイズ」という映画を観たことがあった。キューバ危機におけるホワイトハウスの葛藤を描いているが、強硬アプローチ(力の論理)と融和アプローチの相克が端的に浮び上っていて国際政治学の入門としても面白いのではないかと思っている。軍部の強硬派が「ミュンヘンを忘れたのか!」と声を荒げるのを後に執務室に戻ったケネディが「バーバラ・タックマンの『八月の砲声』を読んだか?」と側近に声をかけるシーンがあった。

 バーバラ・タックマン(山室まりや訳)『八月の砲声』(上下、ちくま学芸文庫、2004年)は1914年8月、第一次世界大戦が始まった前後における関係各国首脳部の動向を中心に描き出したノンフィクションである。ヨーロッパ各国では同盟・敵対関係が複雑に入り組み、ドイツとフランスは互いに万一に備えて(本気ではないにせよ)戦闘計画を用意していた。張り巡らされた網に火をつけたのがサラエボ事件、錯綜した同盟・敵対関係が連鎖的に作動し始める。どの国も当初は短期・局地戦で済ませるつもりだった。しかし、はったりのかまし合い、見通しの誤り、カイゼルの気まぐれ、軍部の官僚的硬直(ヴィルヘルム2世が気まぐれで出した動員令を慌てて取り消そうとしたら、参謀総長(小)モルトケは「一度発令された動員は解除できません」)などなど、誤算の連続。パリとペテルブルクで宣戦の文書を手交するドイツ大使自身が当惑しており、相手国側と慰めあう始末。ベルリンの帝国宰相ベートマン・ホルヴェーグは「どうしてこんなことになってしまったのか、さっぱり分からない…」。青ざめる政治指導層とは裏腹に国民は熱狂している。

 バーバラ・タックマン(町野武訳)『決定的瞬間──暗号が世界を変えた』(ちくま学芸文庫、2008年)は、イギリス情報部によって解読されたドイツ外相ツィンメルマンの電報が結果としてアメリカの参戦を促し、大戦の流れを大きく変えることになった経緯をたどる。当初、アメリカは中立の立場を取っていたが、ドイツは万一アメリカが参戦してきた場合に備えて日本・メキシコと同盟を組んでアメリカに圧迫を加えようと画策していた。その極秘指令電報をイギリスは解読したのだが、解読の事実は極秘という条件でアメリカ側にリーク。ツィンメルマンはそんな電報など存在しないと突っぱねることもできたが、なぜか認めてしまった。アメリカの国内世論は沸騰し、アメリカの参戦が決まる。たった一本の電報でも、その使い方によって大勢を変えてしまうことがあり得る。

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2009年3月20日 (金)

「ワルキューレ」

「ワルキューレ」

 1944年7月、ヒトラー暗殺未遂事件。作戦会議室でカバンに入った小型爆弾が炸裂、しかしヒトラーはかすり傷だけで奇跡的に助かった。計画の立案者であったシュタウフェンベルク大佐を中心に事件前後の動向を描く。テンポのよさに緊張感のあるストーリー展開で、一種のポリティカル・サスペンスとして見ごたえはあると思う。タイトルは、非常時における予備軍動員令“ワルキューレ作戦”に由来する。ヒトラー暗殺と同時にこのオペレーションを発動させてベルリンを制圧する計画だったが、参加者の逡巡からほころびが生じ、失敗。粛清の嵐が吹き荒れる。

 暗殺計画の背景としては、第一に無謀な戦争でドイツが破滅に突き進むのを食い止めようという愛国心があるが、第二に、ドイツ国防軍の高級将校にはプロイセン以来の貴族意識を持つ者が多く、成り上がり者のナチスに対する軽蔑があったことも挙げられる。国防軍と並立する軍事組織としてヒムラー率いるSS(親衛隊)が存在し、ヒムラーは国防軍も自分の影響下に置こうとしていたことへの反感があった。映画の中で、ヒトラーだけでなくヒムラーもターゲットにすべきと執拗な主張があったのは、国防軍が仮に叛旗を翻したとしてもSSに鎮圧されるおそれがあったことと、こうしたヒムラー個人への反感と両方が背景として挙げられる。

 シュタウフェンベルク側、ヒトラー側双方から矛盾した命令が出されても、電信室は「とにかく職務を遂行するのが自分たちの義務だ」と言ってそのまま流すシーンがあった。さり気なく挿入されたシーンだが、第三帝国の特徴を端的に表わしている。上からの命令があれば私的な見解は保留して組織行動に徹するという、社会学的な理念型としての“官僚制”の純粋な具現化(これが大規模に組織化されていたからこそ、ユダヤ人虐殺も職務として粛々と遂行された)。シュタウフェンベルクはこの特徴を逆手にとって“ワルキューレ作戦”を利用しようと目論んだわけだが、それ以上に、生き残ったヒトラーの“カリスマ”があまりにも圧倒的だった。

【データ】
原題:Valkyrie
監督:ブライアン・シンガー
出演:トム・クルーズ、ケネス・ブラナー、テレンス・スタンプ、他
2008年/アメリカ・ドイツ/120分
(2008年3月20日、新宿ピカデリーにて)

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2009年3月18日 (水)

ジョセフ・ナイ『国際紛争』『ソフトパワー』『リーダーパワー』

 ジョセフ・S・ナイ(田中明彦・村田晃嗣訳)『国際紛争 理論と歴史』(第6版、有斐閣、2007年)はハーバード大学の講義に用いられた国際政治史・理論のテキスト。主要な理論枠組みを整理した上で、第一次世界大戦から現在に至るまでの国際紛争を具体例として分析の応用を示してくれる。どの視座をとるかによって事象の捉え方が様々に異なってくるのが実感され、複眼的な思考の訓練としても格好の良書だと思う。

 静態的なパワーポリティクスに立つリアリズムや国際協調の理念性に偏るリベラリズムとは異なり、理念と現実との相互作用の中から政治的事象が形成されてくるプロセスを重視するコンストラクティヴィズム(構成主義)の立場からはソフトパワーという概念が重要となる(“理念”と言っても望ましい結果ばかりでなく、たとえばエスニックなシンボルの動員によって紛争が激化するケースもあるが)。

 ソフトパワーという言葉は上掲『国際紛争』にも散見されるが、ジョセフ・S・ナイ(山岡洋一訳)『ソフトパワー──21世紀国際政治を制する見えざる力』(日本経済新聞社、2004年)はそれを具体的に論じている。他国をいかに動かすか? ハードパワーが軍事・経済力など物理的な影響力の行使、いわば“アメとムチ”によって誘導を図るものであるのに対し、ソフトパワーは他国も含めて共通の政治課題を設定し、そこに向けて他国にも自発的に望ませる形で味方につけていく影響力だと整理できる。文化(→他国をひきつける魅力)、政治的価値観、外交政策(→正当性の確保)といった要素がある。

 たとえばイラク戦争においてアメリカは、テロ・核の抑止、さらにはアメリカの存在感が侮られてはならないという動機から武力行使に踏み切った点でハードパワーを使った。ただし、ネオコンの中東民主化構想にはソフトパワーとしての側面もあった。しかし、武力行使の正当性への疑問からアメリカのソフトパワーは弱められた。単独行動主義はソフトパワーにとってマイナスだという教訓をナイは引き出す。

 ハードパワーであっても、“強国”というイメージそのものが魅力としてソフトパワーに転化することもあり得る。アルカイダの主張は一部の人々にソフトパワーとしての力を持った。日本の場合には、劇的な成長によって経済大国となったこと自体が一つのソフトパワーとなっている。他方、周辺諸国との歴史認識問題は、この論争の具体的な是非は別として、そうしたギャップのあること自体が日本のソフトパワーを弱めている。

 本書の登場によってソフトパワーという言葉が先走っている観もあるが、ハードパワーとソフトパワーはどちらが良い悪いという性格のものではない。状況に応じて組み合わせるべきで、それをナイはスマートパワーと呼ぶ。ソフトパワーの行使において肝要なのは、一定の魅力ある政治課題を設定することにより他国をひきつけることで、それはヴィジョンを提示する側のリーダーシップの問題とつながる。

 ジョセフ・S・ナイ(北沢格訳)『リーダーパワー──21世紀型組織の主導者のために』(日本経済新聞出版社、2008年)はそのリーダーシップ概念を政治という場面において論ずる。一方的な命令ではなく、リーダーとフォロワーとの関係性が重要であることは経営学・組織論の方でよく論じられているが、国際政治の場面においてはフォロワー側の文化的・政治的・社会的状況がリーダーの提示するヴィジョンに見合うかどうかが問題となる。つまり、フォロワー側の状況も見極めながらハード・ソフトを問わずあらゆるリソースを活用しなければならない。その点で、状況を把握する知性、つまりリーダー・フォロワー双方の置かれているコンテクストを読み解く能力がリーダーシップの核心に位置付けられる。

 ナイはオバマ政権の駐日大使に内定している。2007年に超党派でまとめられた対東アジア政策についての提言、いわゆる「アーミテージ=ナイ・レポート」(The U.S.-Japan Alliance: Getting Asia Right through 2020→アーミテージとナイの連名で公表されており、こちらで読める。なお、アーミテージはブッシュ・ジュニア政権のパウエル国務長官の下で国務副長官、ナイはクリントン政権で国防次官補)にざっと目を通した。

 ポイントは、①民主制・市場経済・言論の自由などの価値観を日米は共有しており、かつ日本は今後も経済大国であり続ける→日米同盟を基軸とすべき。②中国は国内的に不安定→共産党は支配正統化のためナショナリズム、またエネルギー問題→対外的な影響力を模索している。だからと言って、日米同盟による中国封じ込めという話ではない。むしろ、中国が暴発しないよう共通の価値基盤の中へと取り込み、中国も含めたトライアングルの関係にもっていく、そうすることで東アジアの安定化を図ろうという点に主眼が置かれている。ナイを駐日大使に起用したということは、中国をソフトパワーによって取り込んでいこうという外交方針をオバマ政権は持っていると言えるのだろうか。

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2009年3月16日 (月)

ジャクリーン・ノヴォグラッツ『青いセーター:つながっている世界で貧富の格差の懸け橋となる』

Jacqueline Novogratz, The Blue Sweater: Bridging the Gap between Rich and Poor in an Interconnected World, Rodale, 2009

 著者は現在、Acumen Fundという非営利の投資ファンドCEOを務めている。もともとチェース・マンハッタン銀行に勤務していたが、海外に出て社会貢献できる仕事をしたいと非営利組織に飛び込み、アフリカに派遣された。現場で奮闘し、その体験を踏まえてAcumen Fundを設立するまでの経緯がつづられる。タイトルの『青いセーター』とは、アメリカで捨てた青いセーターを着ている少年にルワンダの首都・キガリで偶然出くわしたことに由来する。古着が援助として送られていたわけだが、目に見えないところでも世界はつながっていることをほのめかしている。

 アフリカの現場に飛び込んだ当初、彼女の“熱意”が必ずしも現地の人々に受け容れられるわけでもなく、失意の中、家族のもとに帰ることもあった。しかし、めげずに奮闘、ルワンダでマイクロファイナンスの手法を使い、女性中心のパン屋さんを軌道に乗せることに成功する。そのプロセスで、返済の義務を説いたり(未返済者を見逃すと真面目に返済した人は嫌気がさす)、簿記の収支のシステムを納得させたり、約束の遵守、品質管理など経済活動の基礎中の基礎から取り組んでいくところが興味深い。何よりも、男性優位の伝統的社会の中で、自前の経済的基盤をつくることで女性たち自身が尊厳を回復していく。

 アフリカでの経験を踏まえてマネジメントの手法をMBAで習得しようとアメリカに戻っていた1994年4月、彼女はルワンダからのニュースに青ざめた。あの忌まわしい大虐殺──。その後、ルワンダに戻った彼女はかつてパン屋さんだった建物を訪れたが、そこには見知らぬ人が暮らしていた。生き残った何人かに会って話を聞く。あの時の仲間たちのうち、ある者は殺され、あるいは家族を失い、そして、ある者は殺す側にまわっていた…。

 しかし、ルワンダの復興とともに、生き残った女性たちは再び活動を始める。ジャクリーヌと仲間たちのまいた種は無駄にはなっていなかった。彼女はアメリカに戻ってAcumen Fundを設立。こちらはマイクロファイナンスとは異なり、インフラ整備のための大規模事業にも積極的に投資を行なっていく。その具体的活動も紹介される。

 貧困国への一方的な援助が、現地の状況を無視して非効率・無意味であるばかりでなく、腐敗の温床となるなどかえって状況を混乱・悪化させてしまっているという問題意識はたとえばジェフリー・サックス(鈴木主税・野中裕子訳)『貧困の終焉──2025年までに世界を変える』(早川書房、2006年→こちらで触れた)、ポール・コリアー(中谷和男訳)『最底辺の10億人』(日経BP社、2008年→こちらで触れた)などで示されている。援助に依存させるのではなく、その国の経済的自立を促す。そのために市場経済を適切に確立させることが基本ラインとなる。彼らの議論はマクロ視点だが、それでは、現場ではどんな取り組みがなされているのか、それを具体的に知りたいという人に本書はおすすめできる。

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2009年3月15日 (日)

ムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』、他

ムハマド・ユヌス(猪熊弘子訳)『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』(早川書房、2008年)

 マイクロクレジットという金融システムを考案・実践した功績によってバングラデシュのグラミン銀行及びその創設者ムハマド・ユヌスは2006年度ノーベル平和賞を受賞した。マイクロクレジットとは貧しい人々が貧困から抜け出し経済的に自立できるよう、無担保、ただし5人ほどでグループをつくって連帯責任をとってもらう形式で行なう小規模融資のこと。融資対象には女性が多い。男性は浪費してしまうのに対し、女性は家事・子供の養育などに気を使わねばならないのできちんと活用するからだ。援助とは異なり返済は当然ながら義務付けられる(貸倒率は低い)。返すという前提があるからこそ自尊心をもって自分の仕事に取り組む動機となっている。

 こうしたマイクロクレジットも含め、ユヌスはソーシャル・ビジネスという考え方を提唱する。資本主義という社会構造は前提で、投資→費用・収益→利潤という企業運営形態は変わらない。ただし、従来型の企業観が利潤の最大化を動機とするのに対し、ソーシャル・ビジネスはその利潤の部分が社会的貢献に置き換えられる。コストは回収せねばならないが、だからこそ援助とは違って自律的な活動ができる。

 自分の手で何かを作り上げたい欲求、自分の成果を承認してもらいたい欲求、自分が何らかの役割を果たしているという自尊心、そうした広い意味での“表現”欲求が人間には本来的にある。だから、創意工夫に努力して他者とは違った自分らしさを出そうとする。そうした“表現”欲求が経済活動という形でうまく制度化されているところに資本主義の長所がある、そのように私は考えている。金銭的評価というのはそうした数ある“表現”欲求の中のあくまでも一部であって、すべてではない。社会的貢献というのも企業活動の動機として十分あり得ると思う。それはいわゆる慈善活動とは異なる。貧しい人であってもその人なりにもって生まれたものがあり、それがうまく活用されていくよう促していく、そのきっかけづくりとしてマイクロクレジットの役割を見出そうとしているユヌスの考え方に私は共鳴できる。

 『ムハマド・ユヌス自伝』(早川書房、1998年)も手もとにあったはずなのだが、行方不明。蔵書をちゃんと整理しなきゃなあ…。

 坪井ひろみ『グラミン銀行を知っていますか──貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社、2006年)はグラミン銀行の仕組みについて具体例を通して解説してくれる。平易で読みやすい。

 日本でも社会的格差、雇用問題が深刻になっている中、こうしたマイクロクレジットの考え方が応用できないのか? 菅正広『マイクロファイナンスのすすめ──貧困・格差を変えるビジネスモデル』(東洋経済新報社、2008年)はそうした問題意識を念頭に置きながらマイクロファイナンスの仕組みを解説、日本で活用する際に考えるべき論点を整理してくれる。

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片倉佳史『台湾に生きている「日本」』

片倉佳史『台湾に生きている「日本」』(祥伝社新書、2009年)

 ふとしたきっかけから台湾に行くことが習慣化している。理由は三つ。第一に、私の祖父母がかつて台湾で暮らしていたという個人的事情からの親近感。第二に、台湾の消費生活水準は日本に近接しており(韓国も同様)、映画・音楽・文学などで日本も含めて東アジア圏共通の文化的感性があり得そうなことへの興味(だから中国語は苦手なくせに書店にも積極的に足を運んだ)。

 第三。こんな小さな島国なのに原住民族も含めて多様な民族構成、しかも清→日本→中華民国と支配者が目まぐるしく変わる中でアイデンティティも複雑に錯綜している。そうした歴史的な複雑さそのものに私は関心がある。そこに植民地支配という形で日本も一役買っていることはやはり気になる。ただし、視点はあくまでも台湾人自身にとってどんな意味を持ったのかというところに置くべきで、親日/反日という安易で無粋な(日本人視点の)政治論を絡めるのは好きじゃない。

 本書『台湾に生きている「日本」』は、田舎まで足を運び、古老から話を聞き取りながら、台湾に見える「日本」の痕跡を丁寧に掘り起こし、記録している。巻末にある「台湾の言葉となった日本語」も眺めているだけで台湾史の様々な背景が見えてきて興味深い。片倉佳史『台湾 日本統治時代の歴史遺産を歩く』(戎光祥出版、2004年)、同『観光コースでない台湾──歩いて見る歴史と風土』(高文研、2005年)は私が台湾を歩く際に格好のガイドブックとしてお世話になったし、氏のホームページ「台湾特捜百貨店」も時折のぞかせてもらっている。この2冊及びホームページに掲載されている写真も見ながら読むとおもしろいだろう。

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