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2009年12月13日 (日)

カール・ポランニー『経済の文明史』

カール・ポランニー(玉野井芳郎・平野健一郎編訳、石井溥・木畑洋一・長尾史郎・吉沢英成訳)『経済の文明史』(ちくま学芸文庫、2003年)

・経済人類学者カール・ポランニー(Karl Polanyi、1886~1964年)のエッセンスとなる10編を集めた論文集。
・人類史を広く見渡してみたとき、市場経済は決して普遍的なのではなく、19世紀以降の近代に特有なシステムに過ぎないのではないか? こうした問題意識から文化人類学や歴史学の博識を総動員して文明論的な枠組みの中で経済史を捉える。いま我々がその中に生きていて自明視しがちな市場経済というシステムを相対化していく視点が有益である。

・もともと広い意味での「社会」の中に「経済」は組み込まれていたが、19世紀以降、「経済」が離脱→価格調節機能によって自律的となった市場経済が逆に「社会」全体を動かすようになった(すなわち、“大転換”)。本来、商品ではあり得なかった労働・土地・貨幣そのものを商品取引の対象とみなす擬制の成立→市場の価格システムの中に投げ込まれたことが契機。
・経済の変遷について「分析用具として提示する概念は、経済が、社会との関連で、社会に埋め込まれた(エンベッデッド)状態にあるか、社会から離床した(ディスエンベッデッド)状態にあるかという区別である。十九世紀における離床状態の経済は、社会のほかの部分、とりわけ政治システムと統治システムから分離独立していた。市場経済では、物的財の生産と分配は、原則として、価格を決定する市場の自動調節的なシステムをとおして行われる。それはさらに、それ自身の法則、すなわち、いわゆる需要供給の法則に支配され、飢えの恐怖と利得の希望に動機づけられる。個人を経済に参加させるような社会的状況をつくり出すのは、血縁関係や、法的強制や、宗教的義務や、忠誠心や、魔術ではなく、私企業や賃金システムなど、特定の経済制度である。」「以上はすなわち経済の領域が社会のなかで独立している十九世紀型経済である。それは貨幣的利得の衝動をその弾みとしているのであるから、動機的にも特異な経済なのである。それ自身の法則をもつオートノミーに到達している。そこには、好感手段としての貨幣の広範な使用に端を発する、社会から離床した経済の極端な事例がみられるのである。」(265~266ページ)
・「このような概念は、人類学と歴史学の事実に合致しない。交易は、ある種の貨幣使用と同様に、人類と同じくらいに古い。経済的な性格をもった出会いは古くは新石器時代から存在したと考えられるが、市場は歴史上、比較的最近まで重要性をもつにいたらなかったのである。市場システムを構成する唯一の要素である価格決定市場は、どの記録をみても、紀元前一千年紀以前にはまったく存在しなかった。」(385ページ)

・市場経済が「社会」から離床した際に、人間行動の動機も経済的なものに一元化されてしまった。「任意の動機を選び出し、その動機を個人の生産活動の誘因とするような生産組織をつくってみると、その特定の動機に全面的に心を奪われた人間像がそこに現出する。動機は宗教的なものでも、政治的なものでも、美的なものでも、さらには、誇りや、偏見や、愛や、嫉みでもなんでもよい。そうすると、人間は本質的に宗教的な、あるいは政治的な、あるいは美的な、あるいは高慢な、あるいは偏見をもった、あるいは愛にあふれた、あるいは嫉み深い人間として現れてくるだろう。それ以外の動機は、生産活動という重大事にかかわりがないことになるから、影が薄くなり、関係が遠くなる。いずれにせよ、いったん特定の動機が選ばれると、それが「真の」人間を表すことになる。」…「しかし、われわれがここで関心をよせるのは、現実の動機ではなく、仮想された動機であり、仕事の心理(サイコロジー)ではなくて、仕事の思想(イデオロギー)である。人間の本性の見方の基盤は前者にあるのではなくて、後者にある。というは、ひとたび社会がその成員に対して一定の行動を要請し、現行の制度によってその行動をほぼ強制することができるようになれば、人間の本性についての意見は、現実がどうであろうと、その理想型を反映することになるからである。そこで、飢えと利得が経済的動機と定義され、人間はそれにしたがって日常生活の行動をすると考えられるようになり、その他の動機は日常生活から切り離された、この世ばなれした動機であるかのようにみられたのである。そうなると、栄誉と誇り、市民的責務と道徳的義務、自尊心や共通の礼儀さえも、生産には無縁のものとされ、「理想」という意味ありげな言葉でまとめられることになった。」(62~64ページ)

・現在において自明視された視点で過去を意味づけてしまう“視圏(パースペクティヴ)の逆立ち”。古代史に「市場」の存在を見出そうとする際には「われわれは危険な落とし穴を注意深く避けなければならない。機能が非常に異なっていながら、発展した市場条件下における経済活動が、市場前の条件下における同様な活動に類似することがありうるからである。実は典型的に原始的な、あるいは古代的な現象に直面しているにもかかわらず、歴史家が時にこれを驚くほど「近代的」現象とみてしまうことがあった。これは「視圏の逆立ち」とでも呼ぶべきものである。市場以前と市場以後を区別することが、この「視圏の逆立ち」を避けるのに役立つであろう。」(234ページ)
・具体例:古代バビロニアにおける交易は市場活動ではなかった。アリストテレス経済論の読み直し→自給自足的共同体の維持という当時の社会的要請から価格設定の考え方を彼は示していたが、後世の史家はそれを単にアリストテレスの誤謬と片付けて問題にしてこなかった。

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