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2009年12月16日 (水)

青砥恭『ドキュメント高校中退』、小林雅之『進学格差』、本田由紀『教育の職業的意義』、他

 事情を知らなければ、勉強する意欲は本人の努力の問題、やる気がない奴は脱落しても仕方がないと単純な精神論で片付けられてしまいかねない。ところが、苅谷剛彦『階層化日本と教育危機―─不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』(有信堂高文社、2001年)は、家庭環境の相違、とりわけ経済的背景が子供の学習意欲を左右していることを指摘していた。職業的ステータスが学歴と強い相関関係を持つ社会において、貧困等の家庭環境は子供の世代でも繰り返され、階層的固定化が生じてしまう。こうした問題をめぐっては、山野良一『子どもの最貧国・日本──学力・心身・社会におよぶ諸影響』(光文社新書、2008年)、阿部彩『子どもの貧困──日本の不公平を考える』(岩波新書、2008年)などの本も以前にこちらで取り上げた。

 青砥恭『ドキュメント高校中退―─いま、貧困がうまれる場所』(ちくま新書、2009年)は、高校を中退してしまった生徒たちからじかに話を聞き取って、彼らの置かれた行き場のない苦境を訴えかける。高校中退者はいわゆる底辺校に集中し、そして底辺校に通う生徒の多くは家庭的に恵まれていない。基礎学力ばかりか、基本的な生活習慣すら身についていない子もいるが、親自身が生きていくのに必死で子供のことに構っている余裕がない。文化資本の問題ばかりでなく、見捨てられた感覚、ほめられることでの達成感も経験したことがないと、何をやっても無駄だというあきらめの心境になってしまう。高校の先生たちも対処しきれず、問題児は早く退学して欲しいという雰囲気まで生まれているという。そうした生徒は中退してもまともな就職先はない。学校にも社会にも居場所がなくなってますます負のスパイラルに陥ってしまう。「貧しいとは選べないことなんです」という言葉が深刻だ。「選べない」家庭は貧困を世代間再生産させることになり、そうした階層格差が高校の序列化という形ではっきり示されてしまっている。

 小林雅之『進学格差―─深刻化する教育費負担』(ちくま新書、2008年)は、大学進学にあたっての学費+生活費というトータルな費用について国際比較を行ない、その中で日本の現状を捉える。日本では成績上位生徒の場合、所得の高低に関係なく親の進学させたい意向は強いという。しかしながら、生活費等の条件も考えると、家計上負担できるかどうかで進学上の格差が生じてしまう。日本では教育費を親が負担するのは当然だとする観念が従来から強かったため、こうした問題がこれまで顕在化しなかったのだと指摘される。奨学金制度の見直しが提言される。なお、国際比較では各国の社会的・文化的背景を踏まえて考察されるので、どれが良いと単純化するような議論にはならない。海外の進学事情を知る上でも興味深い。

 本田由紀『教育の職業的意義──若者、学校、社会をつなぐ』(ちくま新書、2009年)。戦後の高度経済成長期、家庭、学校=教育、企業=仕事を三本柱とする人材供給経路において学卒一括採用→企業が人材育成をしていた。こうした日本型雇用システムが崩れ、個人の「生きる力」が称揚される中で進められる「キャリア教育」の問題点を本書は指摘する。自分で決める「自己実現」を急かされる一方で、そのために必要な手段は社会的に供給されていないという隘路(=自己実現アノミー)。自己実現の上での進路選択にあたっては、社会の現実とぶつかり合う試行錯誤の中で自分自身のあり方を掴み取っていくしかない。著者は「柔軟な専門性」教育を提唱している。とりあえずの足場として何らかの職業的専門性を身に付けさせ、同時にその足場をきっかけに自分の方向性を模索させる。つまり、自分の職業適性を考えるための具体性を持った回り道の猶予期間を学校という制度の中で保証すること(このあたりの議論は著者の『若者と仕事―─「学校経由の就職」を超えて』[東京大学出版会、2005年]、『多元化する「能力」と日本社会─―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』[NTT出版、2005年]で展開されている)。そのようにして社会的現実に「適応」する一方で、仕事現場の不合理な待遇にまで過剰に適応してしまわないように「抵抗」のための社会的知識(例えば、法律など)を身に付けさせること。こうした「適応」と「抵抗」という二つの面で習得の機会を提供していくところに「教育の職業的意義」を探ろうとしている。

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