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2009年12月26日 (土)

「牛の鈴音」

「牛の鈴音」

 木々や田んぼの緑が青々と美しい山あいの村。腰の曲がった老夫婦が緩慢な動きながらも懸命に田んぼの世話をしている。かたわらには、やはり年をくって仕事もきつそうな老牛が一頭。隣の田んぼでは別の農家がトラクターでスムーズに作業を進めている。

 老牛が死ぬまでの老夫婦の生活を撮り続けたドキュメンタリーである。韓国で大ヒットした作品らしい。

 おばあさんは「うちも機械を入れようよ」「農薬を使ってないのはうちだけだよ」「いつも牛のことばかりで、私が病気になっても薬も買ってくれやしない」「こんな男に嫁いできたなんて、なんて不幸なんだ」──。生活の苦しさを嘆く声には、どこか牛への嫉妬めいた感情もこもっているように聞こえてくる。耳の遠いおじいさんはそんな愚痴にもどこ吹く風。しかし、たとえ病気でふせっている時でも、牛の鳴き声が聞こえてくると心配そうにハッと表情を変える。

 やはり足腰が立たないのはきつい。子供たちの意見もあって、結局、老牛を連れて市場へ行くが、「老いぼれ」と言われて買い手はつかない。おじいさんも売りたくないからわざと高い値段をふっかけたのだろう。「老いぼれ」だろうと何だろうと、老牛とは親子以上の心情的つながりがある。ライフスタイルをテコでも変えないおじいさんの頑固さ。“ロハス”などという優雅だが陳腐な響きとは一切無縁の厳しい生活だが、他の人から何と言われようとも自分にはこういう生き方しかないという達観があるのだろうか。

 死んで動けなくなった牛の埋葬はクレーンを使うほど大がかりだ。老牛のお墓のかたわらで放心したように座る二人。愚痴ばかりこぼしていたおばあさんも「この牛は本当によく働いてくれた、見てよ、この薪、残していく私たちのためにこんなに運んできてくれたんだよ」と悲しげに神妙である。

【データ】
監督・脚本・編集:イ・チョンニョル
2008年/韓国/78分
(2009年12月26日、新宿バルト9にて)

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