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2009年12月20日 (日)

木村汎『現代ロシア国家論』、ミヒャエル・シュテュルマー『プーチンと甦るロシア』、栢俊彦『株式会社ロシア』、酒井明司『ロシアと世界金融危機』、中村逸郎『虚栄の帝国ロシア』、ドミトリー・トレーニン「ロシアの再生」

 木村汎『現代ロシア国家論──プーチン型外交とは何か』(中央公論新社、2009年)は外交に着目して現在のメドベージェフ=プーチン「タンデム」政権の性格を分析する。ロシアは歴史的にみても強力な指導者の伝統があり、外交方針も指導者のトップダウンで一元的に決定される(ゴルバチョフ・エリツィン政権期は例外)。その指導者とは、現代ロシアではプーチンであり、憲法上の再選規定をクリアするため忠実なメドベージェフを大統領に据えつつも、実質的な権限はプーチン首相が持つという苦心のカラクリは周知の通りである。メドベージェフは比較的リベラルであり、将来的にはプーチンとの権力闘争の可能性も排除できないという指摘もあるが(例えば、中村逸郎『ロシアはどこに行くのか──タンデム型デモクラシーの限界』講談社現代新書、2008年)、それはあくまでも相対的な温度差の問題で彼自身も強硬なナショナリストだと本書は指摘する。

 他の国ならば複数の政治アクターのせめぎ合いによる政策決定過程に注目されるところだが、こうしたロシア政治の性格においては、指導者の権力基盤がいかに強固であるか、そして彼個人の思考方法はどのようなものであるのかに分析の焦点が合わされる。強いロシアの復興が外交の目標であり、そのためには国際的ルールは無視(徹底したリアリズム)、ハードパワー(軍事力と資源ナショナリズム)偏重が特徴である。長期的戦略としては対米協調だが、個別問題ではアメリカとの対決も辞さない。CIS諸国は「特殊権益圏」とみなして影響下に置くべく力をちらつかせる。中国とは欧米型民主主義への反発という点では共通するが、互いに潜在的脅威とみなしているため同盟までは至らない。グルジア侵攻で顕著になったように、ロシアもいずれはノーマルな国になるという希望的観測は打ち砕かれ、ロシアは怖い国だという国際的印象を強めてしまったこと、ハードパワーとしてのエネルギー戦略依存→モノカルチャー的で経済的多元化ができていない弱さが指摘される。

 ミヒャエル・シュテュルマー(池田嘉郎訳)『プーチンと甦るロシア』(白水社、2009年)は、ドイツの歴史家による現代ロシア政治論。2007年、ミュンヘン安全保障会議でプーチンがアメリカ一極支配に反発、他国の押し付けを受け入れるつもりはないと断言したシーンから説き起こされる。歴史的・政治的に幅広い論点からロシア政権の内在的論理を浮かび上がらせようとする趣旨で、タイトルからも分かるようにとりわけプーチンの人物像や考え方に重きが置かれる。なお、著者のシュテュルマーはドイツのいわゆる歴史修正主義論争で保守派として発言した人らしい。

 栢俊彦『株式会社ロシア──渾沌から甦るビジネスシステム』(日本経済新聞出版社、2007年)は、企業経営者、政治家、学者など様々な人々へのインタビューを通して、現代ロシアにおける市場経済化への模索をロシア人自身はどのように捉えているのかを伝える。1990年代の経済自由化ショック療法→新興財閥(オリガルヒ)の台頭→クローニー・キャピタリズム(仲間うち資本主義)→政府との対立からユーコス事件、不満を抱いていた国民からの喝采。こうした経緯の中で「国の役割強化」が求められているが、ただし、市場経済そのものを否定するわけではなく、ロシアの現実に見合った秩序ある市場経済ということになるらしい。資源輸出依存のモノカルチャーでは、輸出による通貨価値の上昇→しかし、国内製造業等が脆弱だと国際競争力が低下といういわゆる「オランダ病」に陥ってしまう。国内市場の活性化が必要で、ビジネス環境整備のため国家による市場監督機能を求める声が中小企業から上がっているが、リベラル派テクノクラートはロシア政治の性格からして統制強化と汚職を招くだけだとして否定的だ(たとえば、ガイダル)。なお、本書は色々な人々の見解を順番に並べる構成で、ロシア的「ビジネスシステム」が明示されているわけでもなく、タイトルとズレがある。

 酒井明司『ロシアと世界金融危機──近くて遠いロシア経済』(東洋書店、2009年)は、ソ連時代の計画経済の問題点から経済自由化後の金融危機、資源問題まで丁寧に解説した入門書。国際的な資本市場の動向と結び付いた金融危機、原油価格の上下で左右される心理的効果、そうした中で国際経済の流れと自国経済強化とのバランスに腐心しているとプーチン政権の経済政策を捉える。システムの解説というよりも、海外から持たれやすい誤解を解きほぐすことに重きを置く。ロシア擁護の論調が強いが、「残念ながら~は十分でない」という但書きが目立ち、ロシアにはロシアなりの事情や内在的論理があるのだからマイナス面への過剰反応は禁物という趣旨だと受け止めるべきだろう。

 中村逸郎『虚栄の帝国ロシア──闇に消える「黒い」外国人たち』(岩波書店、2007年)は、ロシアに周辺国から流れ込む出稼ぎ労働者たちの現場の調査を通してロシア社会の矛盾点を浮き彫りにする。法的手続きが煩雑なので不法就労とならざるを得ない彼らに対して、警官や役人はことあるごとに難癖をつけて金を巻き上げる。不法就労だからと言って追い出してしまうと“金づる”がなくなってしまう。それから、外国人労働者排斥を叫ぶスキンヘッド・グループの存在。外国人労働者を守る人権団体もロシアにはない。労働力として彼らを必要としつつも、彼らの存在を非合法とすることで“利ざや”を稼ぐ社会構造になっており、それを著者は「虚栄の帝国」と呼ぶ。

 Dmitri Trenin, “Russia Reborn,”Foreign Affairs, vol.88 no.6,(Nov/Dec 2009)は、ロシアは欧米のルールにはのらないというプーチンの対抗意識は現実の情勢に見合わないことを指摘する。小国であっても主権国家として自律的な行動をとる21世紀にあって、アメリカ、EU/NATO、ロシア/CISの勢力圏均衡という19世紀的発想は通用しない。例えば、中国は中央アジア諸国、ベラルーシ、モルドヴァなどにロシアを上回る貸付をしているし、ガス資源もトルクメニスタン→中国ルートの構築が進められている。グルジア侵攻は周辺諸国に動揺を招いた。ソ連時代は軍事力とイデオロギーで勢力を維持していたが、現代のロシアにそれだけの実力はない。ロシアの経済的・社会的・技術的後進性を直視すること、ソフト・パワーの再構築が必要であり、西側に加わらないまでも外交方針を変更しなければ立ち行かない。過去の栄光にしがみつくのではなく、現在の必要に応じて自己変革することによって国際社会の中で大きな役割を果たせるようにすべきだと主張する(具体的には、キリスト教圏とイスラム教圏との対話の仲介など)。キャッチ・アップの対象として中国、日本、韓国を挙げ、「もしピョートル大帝が生きていたら、バルト海(つまり、ペテルブルク)ではなく日本海側に遷都するだろう」という言い回しが面白い。

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