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2009年12月 3日 (木)

「証言ドキュメント 永田町・権力の興亡」

 見逃していたNHKスペシャル「証言ドキュメント 永田町・権力の興亡」が今週深夜に再放送されていたので見た。細川政権が成立したのはちょうど私が大学に入って間もない頃だった。その頃から政局話は結構好きでこまかにチェックしていたので、一種のなつかしさもある。

 色々なキーパーソンがインタビューを受けているが、全体的に言って小沢一郎が主役となっている。第1回「1993~1995 “政権交代” 誕生と崩壊の舞台裏」。力技で細川護熙政権を成立させた小沢だが、反自民以外には何の共通点もない各勢力をまとめ上げることができずに崩壊、今度は反小沢というモメントが働いて自社さの村山富市政権が成立。第2回「1996~2000 漂流5年 “数”をめぐる攻防」。与党であり続けることにこだわる自民党の強烈な執念を体現した野中広務は小沢、公明党、加藤の乱と熾烈な駆け引きをくぐりながら与党の座を守り抜く。第3回「2001~2009 小泉そして小沢 “民意”をめぐる攻防」。自民党の内部から最も自民党らしからぬ小泉純一郎が登場、選挙を意識した参院自民党は取り込まれ、野中は抵抗勢力として蹴落とされ、野党・民主党は“改革”合戦で遅れをとってしまう。この異様な小泉旋風が吹き荒れる中、再び下野して民主党入りしていた小沢は組織固めに専念していた。

 安定的ではあったが経年劣化著しい自民党システム。小沢その他の撹乱要因が相俟って過半数を割り込み、選挙が危ないという危機感から支持を集めた小泉は自民党を決定的に変質させた。過半数というルールそのものに特別な根拠はない。ただし、具体的な誰かの恣意は働いていないところにルールの意義がある。きっかけは誰かの発意であっても、それに反応した人々それぞれに思惑があったとしても(利害でも怨念でも)、さらには偶然的な要因も複雑に絡まりあってルールに参加する者同士のせめぎ合い、すなわち権力闘争が激化していった。過半数確保というルールに従う限り必然的に妥協や取引が行なわれ、時にはだまし討ちや裏切りもある。しかし、それらの力学が合わさると誰にとっても意図した展開にはならないという意味で、ある種の非人格的なダイナミズムが生み出される。その結果として、当事者の思惑とは関係ないレベルで政局が大きく変動していく様子が見えてきた点で私にはこの番組は面白かった。

 “数合せ”というと一般に評判は悪い。しかし、たとえ“数合せ”であっても惰性的な停滞の中からダイナミズムのきっかけを作り得るところに議会制民主主義の面白さがあり、長所がある。どの勢力が過半数をとって政権をにぎるかという点が問題なのであり、政策理念はその副次的な手段に過ぎない。政策理念初めにありきではなく、そんなものは所詮建前のフィクションに過ぎないわけで、むしろ一定の勢力をかき集める旗印として“政策理念”なるものは機能すると捉えることができる。その点で“政治改革”なる抽象語は便利だったし、“郵政民営化”なるスローガンはその意味するところを知らない人々に対してもアピールできたわけである。変化の可能性(それがどのような方向に向かうかはともかく)を常に内在させているところに議会制民主主義の長所があるという意味で、小沢が政権交代可能な対抗勢力を模索してきたことは、それがたとえ泥臭く見えたとしても正当に評価すべきだろう。

 民主党の政策はもともと新自由主義的であったが、小泉と“改革”を競い合って負けた、そこで小沢は対立軸を変えることで反小泉改革の票を集めようとした、という趣旨の話が番組中にあった。政策理念の変更は一般に裏切りと受け止められ、評判は悪い。しかし、対立軸を変えることで“数”のモメントを引き寄せようとする努力は議会のダイナミズムを作り出す上ではむしろ有効である。選挙を通した民意の反映とは言っても、選挙という儀式を通してコンセンサスを仮構して現行体制に正当性の根拠を賦与するフィクションに過ぎない。受け皿が二つ以上あって、政策理念をいつでも入れ替えできるようにしてあれば議会制度のダイナミズムは十分に機能する。例えば、1930年代までアメリカの民主党は共和党よりも保守的とされていたが、フランクリン・D・ローズヴェルトのニューディール連合によってイメージを逆転させたことはよく知られている。政策の対立軸をはっきり打ち出すことで有権者に選択肢を示すべきだという考え方に私ももちろん賛成だが、それ以上に、敢えて違う主張をすること自体に意味がある。似たような政策理念ではダイナミズムが働かないからだ。次は、民主党がちょんぼしたときに備えて、自民党がしっかりと党勢を立て直しておくことが望まれる。

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