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2009年12月12日 (土)

「泣きながら生きて」

「泣きながら生きて」

 東京で不法就労という形ながらも懸命に働いて娘の学資のため仕送りを続ける丁尚彪さん、上海に残してきた奥さん、そして娘さん、三人の姿を十年間にわたって撮り続けたドキュメンタリー。社会派的な力みかえりはなく、むしろヒューマン・ドラマとしての内容に引き込まれた。もともとテレビ番組だったが、これを見て感動した大学生の奔走で映画館上映にこぎつけたらしい。

 丁尚彪さんは1989年に35歳で来日。文革で下放されて教育を受ける機会がなかったため一念発起、親戚知友から借金をかき集めて留学したのだという。留学先の日本語学校は北海道の寒村にあった。学資は働いて稼ぐつもりだったし、借金も返さねばならないのだが、過疎化が進む地方に仕事などない(受け入れ先はこうした留学生事情まで把握していなかった)。やむを得ず東京に出て働き始める。大学で学びたいという夢は潰えてしまった。しかし、上海に残してきた娘は進学させたい、そこに夢を託して仕事をいくつも掛け持ちしながら仕送りを続ける。念願かなって娘はアメリカ留学が決まり、トランジットで東京に降り立ったとき再会。さらに、娘に会いに行く妻ともやはりトランジットの折に再会する。13年ぶりであった。空港まで見送りに行きたいのだが、一つ手前の成田駅で降りねばならない。不法滞在のため身分証明書の提示を求められたら困るからだ。

 勉学への意欲はあったにもかかわらず、文革で挫折し、日本でも挫折し、心中にはやりきれない不条理感があったろうに、丁さんは一言も愚痴を言わない。それは前向きというのとはニュアンスが違うが、ひたむきで謙虚な姿には見ていて本当に頭が下がる。娘さんもプレシャーが大きかったかもしれないが、むしろそれが頑張る動機付けになっていたようだ。丁さん、奥さん、娘さん、三人三様に自分の背負っているものへのはっきりした想いがある。互いに負担を掛け合うこと自体が絆となり、生きていく原動力になっている家族の姿がうかがえる。

 不法就労というとネガティヴなイメージになってしまうかもしれないが、事情がやむを得ない人もいる。日本に来ている中国人も多種多様で、そうしたあたりは吉田忠則『見えざる隣人──中国人と日本社会』(日本経済新聞出版社、2009年)で読んだ。

【データ】
企画・演出:張麗玲
ナレーター:段田安則
2006年/108分
(2009年12月11日レイトショー、新宿バルト9にて)

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