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2009年12月15日 (火)

マルセル・モース『贈与論』

マルセル・モース(吉田禎吾・江川純一訳)『贈与論』(ちくま学芸文庫、2009年)

 マルセル・モース(Marcel Mauss、1872~1950年)の言わずと知れた文化人類学の古典。現代思想にも広く影響を与えたことでよく知られており、頻繁に引用されるので知ったかぶりだったが、新訳が出たのを機に読んだ。

 未開社会における贈与関係を、経済的にばかりでなく道徳的にも宗教的にも、受け取ったら(人間だけでなく神様や精霊からも)お返ししなければいけないという義務感を生じさせることで成り立つ人的ネットワークの精神的メカニズムとして把握する。このようなモラルと経済との結び付きが、現代の我々の社会でも隠れた形で機能しているのではないか? こうした問題意識を踏まえて、太平洋諸島やネイティブ・アメリカンの民族誌的事例の検討を通して贈与制度の理念型を抽出し、その名残をローマ、古典ヒンドゥー、ゲルマンなどの古代法からも読み取るという構成。

「与えることを拒み、招待することを怠けることは、受け取ることを拒むのと同じように、戦いを宣言するに等しい。それは結びつきと交わりを拒むことである。さらに、人に与えるのはそれが強制されているからであり、受贈者は贈与者に属する物すべてに一種の所有権を持つからである。この所有権は霊的な絆として示され、そのように捉えられている。」「これらすべてにおいて、与え、受け取るという権利と義務に対応する消費と返礼という一連の権利と義務が存在している。しかし、この対称的で対立的な権利と義務の混淆については、物──これはある程度、人に結びつく──と個人や集団──これはある程度、物とされる──との間に霊的な結合の混淆があると考えれば、矛盾は解消する。」(38~39ページ)

「…そこでは、物質的、精神的生活と交換が打算的でない、義務的な形で行われている。さらにこの義務は、神話的、想像的、あるいは象徴的、集団的な方法で表現されている。しかもこの義務は交換される物に結びついた関心という形をとる。交換される物は、交換を行う者から完全に切り離されることはない。交換される物によって作られる人間の交わりや結合関係は比較的崩れない。実際に、社会生活におけるこのような象徴──交換される物に対する執着の持続──は、これらのアルカイックな類型に属する、分節化された諸社会の下位集団が互いに錯綜し、しかも、自分達が互いに義務づけられていると感じるその有様を明確に表わしている。」(93~94ページ)

「つい最近、われわれの西洋社会は人間を「経済動物」にしてしまった。しかし、今のところわれわれのすべてがこうした存在になっているわけではない。大衆においてもエリートにおいても、一般的に行われているのは純粋で非合理的な消費である。それはわれわれの貴族階級の残存の特徴である。ホモ・エコノミクスは、われわれの後方ではなく前方に見出される。道徳的な人間、義務を果たす人間と同様に、そして科学的に思考する人間、理性的な人間と同様に、長い間、人間は他のものを有していたのである。人間が計算機によって複雑化された一つの機械になってしまってから、まだそれほど時間が経過していない。」(279ページ)

 全体的な「社会」関係の中のあくまでも一つとして機能していた「経済」が突出して、それが市場システムという形であたかも一元的に「社会」を動かす原動力になっているかのように見えるのは、あくまでも「近代」という人類史の中では特殊な一時代のことに過ぎない。このように現代の市場経済を相対化していく視点はカール・ポランニーが展開した経済人類学と同じである(例えば、『経済の文明史』をこちらで取り上げた)。

 例えば、ポトラッチが取り上げられているが、面子や権威の維持という社会的ステータスに関わる動機から財の破壊=消費→功利計算に基づいて利益最大化を図るホモ・エコノミクスとは異なるロジックをとる。つまり、経済活動は社会的慣習に動機付けられていることを示している点では、ソースティン・ヴェブレン『有閑階級の理論』(→こちら)とも比較できる。見方を変えれば、ホモ・エコノミクスという人間類型そのものが現代の我々に特有な思考習慣に過ぎないと相対化することができる。

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