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2009年12月21日 (月)

斎藤充功『日台の架け橋・百年ダムを造った男』、平野久美子『水の奇跡を呼んだ男──日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』、胎中千鶴『植民地台湾を語るということ──八田與一の「物語」を読み解く』

 日台関係に関心を持つ人以外では八田與一という名前にはあまりピンとこないかもしれない。土木技師として、1930年、当時では東洋一の規模を誇る烏山頭ダムを完成させ、嘉南大圳という灌漑水路網を整備した。彼の業績は台湾ではよく知られており、例えば私の手もとにある呉密察監修『台湾史小事典』(遠流出版、2000年)、李筱峰・荘天賜編『快讀台湾歴史人物Ⅰ』(玉山社、2004年)、公共電視台『台湾百年人物誌1』(玉山社、2005年)を見ると八田に一項目立てられている。最近、八田與一紀念館が開館し、オープンセレモニーには馬英九総統も日台関係に配慮して出席したらしい。

 斎藤充功『日台の架け橋・百年ダムを造った男』(時事通信社、2009年、旧版は1997年)は八田與一のダム造りに執念を燃やした生涯をたどる。ダム造りは水利技術や農業技術など様々な民生技術と一体のプロジェクトであって、関連分野で活躍した技術者(たとえば、蓬莱米を開発した磯永吉、末永仁など)にも時折言及される。台湾というコンテクストをはずしても、技術開発に専念した一徹な仕事人として、例えばNHK「プロジェクトX」が好きな向きには興味深い人物だろう。1942年、南方産業開発派遣隊としてフィリピンへ渡るとき、乗船していた船が撃沈されて落命、敗戦後、彼の完成させた烏山頭ダムで夫人が入水自殺したという悲劇性も地元の人々の気持ちを引いたのかもしれない。

 平野久美子『水の奇跡を呼んだ男──日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』(産経新聞出版、2009年)。八田與一の仕事は政府主導の大規模公共事業であったが、対して本書が取り上げる鳥居信平(のぶへい)は民間企業の技師であったため永らくその名は埋もれたままだった。サトウキビ増産のため台湾糖業に招かれた土木技師。彼の整備した二峰圳は地下ダムによって伏流水を利用した灌漑用水であり、自然の生態や原住民の生活と折り合いをつけながら水の力を最大限に引き出そうという工夫がこらされていた。生態系バランスを考えた環境型ダムとして先進的であったと評価される。本書のように日台関係の埋もれた人物を掘り起こしていく作業も大切である。

 八田にせよ、鳥居にせよ、彼ら個人としてのひたむきな技術者魂は政治とは無縁であるが、それが日台双方のある種の政治性の中では微妙な意味合いを帯びてくる。胎中千鶴『植民地台湾を語るということ──八田與一の「物語」を読み解く』(風響社、2007年)は日本、台湾、それぞれで八田を受け止める歴史的記憶のコンテクストが異なるのではないかと指摘する。日本の植民地支配にはプラス、マイナス両面があり、従来はマイナス面ばかり強調されてきたのは確かであるが、その反発から「良い日本人もいた」→植民地支配全面肯定と飛躍してしまう人を時折見かける。極論に行かないように解毒剤として本書も併せて読んだ方がいいだろう。

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