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2009年11月20日 (金)

アレクサンドラ・ハーニー『中国貧困絶望工場』、レスリー・T・チャン『ファクトリー・ガールズ』

 アレクサンドラ・ハーニー(漆嶋稔訳)『中国貧困絶望工場──「世界の工場」のカラクリ』(日経BP社、2008年)の原題は“The China Price”。中国製品の低価格による競争力は世界経済の中で大きな存在感を示す一方、健康被害や環境問題なども引き起こしていることは周知の通り。経済成長を最優先させる中国自身が払わざるを得なくなっている代償は何かを取材したノンフィクションである。低コスト→安い労働力→苛酷な労働環境という因果関係は邦題からもうかがえるだろう。

 中国の工場は、取引先の外国企業から労働条件等の社会規範遵守を迫られてはいる。しかし、そのまま守ろうとすると、高コスト→競争力は落ちる。だから、双方とも見て見ぬふり。高コスト→価格に反映→それでも海外の消費者は買ってくれるのか? 生活に余裕のある人ならともかく、低価格商品を求めるのは低所得層である。それに、低コストのしわ寄せが国内のことであれば世論の喚起もしやすいが、国境の外である中国のことはなかなか目に見えない。労働問題に取り組む弁護士や待遇改善を進める工場経営者の努力には何とか希望をつなげられそうでも、行く手はなかなか難しそうだ。目先のコスト計算をもとに法の抜け穴をかいくぐろうとする動きが必ず出る。劣悪な労働環境→生産効率の低下や社会不安の増大→長期的には市場にとっても不利、という考え方が中国社会全体のコンセンサスとして定着するかどうかがカギか。

 どんなに苛酷な工場労働であっても、“新しい何か”を都市に求める農村の貧しい若者たちを引き付けてやまない。『中国貧困絶望工場』でも工場から不動産業に転職してチャンスをつかんだ少女の話が出てくるが、たとえ稀ではあってもそうした実例があればこそなおさらだろう。

 Leslie T. Chang, Factory Girls: From Village to City in a Changing China (Spiegel & Grau, 2009)の著者は中国系アメリカ人の女性ジャーナリスト。香港と広州の間に位置する新興工業都市・東莞に住み込み、この地の工場で働く少女たちに密着インタビューしたノンフィクションである。現代中国版「女工哀史」のようなつもりで読み始めたのだが、むしろ不利な条件の中でもポジティヴに生きようとする姿が描かれる。とりわけ二人の女性に的が絞られ、一人からは日記を読ませてもらい、もう一人には春節の里帰りにまで同行している。

 男性に比べて従順で扱いやすいという理由で工場労働の7~8割ほどは女性で占められているという。過去を置き忘れたように目まぐるしく変わり続ける都市部、故郷から離れてツテもない中、頼れるのは自分だけ。成功するにはチャンスをつかめ! 貪欲に、時には失意にうちひしがれて疲れた表情を見せながら、追い立てられるように慌しい彼女たち。スキルをみがき、もっと広い世界を見たいという思いは英語学習熱に表われる。あるいは、マルチ商法に自己啓発セミナー、それから出会い系サイトで結婚相手を探したり。

 里帰りすれば、都市と農村との落差が明らかになる。彼女たちは、家族に会えるのは嬉しくても、退屈な故郷に戻ることなどもはやできない。『中国貧困絶望工場』でも指摘されていたが、出稼ぎ第一世代が生活のため仕方なく都市に出てきたのに対し、現在の第二世代はむしろ自己実現志向が強い。別世界に行ってしまった娘とそれに戸惑う親とのギャップを目の当たりにしながら、著者も自身のルーツに思い当たる。著者の祖父はアメリカ留学経験のある技術者であったが国共内戦の混乱で殺されてしまい、台湾に逃れた祖母は子供たちをアメリカ留学に送り出した。つまり、故郷を離れて新しい生活を築き上げようとした人たちであったという点でイメージを重ね合わせる。他方で、現代史の流れの中で祖父母の世代と比べると、現代のファクトリー・ガールズの個人主義志向の強さも際立つ。良い悪いは別として。

 仕事や人間関係に悩む女の子たちの普段の表情がこまやかに観察されているのが本書の魅力だが、著者がこれまで避けてきた自身のルーツ探しのエピソードも絡められ、そこを通して中国現代史の一端も描かれる。意外と奥行きのある作品で、なかなか読み応えはあった。

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