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2009年11月 8日 (日)

ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』

ジョゼフ・コンラッド(黒原敏行訳)『闇の奥』(光文社古典新訳文庫、2009年)

 アフリカの象牙を扱う貿易会社に飛び込んだ冒険心旺盛な船乗りのマーロウ。コンゴの奥地で会社随一の成績をあげていたクルツからの連絡が途絶えたため、会社は彼の救出をマーロウに命じた。コンゴ河をさかのぼり、現地民の襲撃をかいくぐってたどり着いた先に見えてきた闇──。クルツは病に衰弱しながらも、カリスマ的な威信で現地民を従えて自分の“王国”を築き上げていた。

 コンラッド『闇の奥』は文学史ばかりでなく、フランシス・コッポラ監督「地獄の黙示録」の原案となったことでも知られている。ヴェトナム戦争に舞台を移したこの映画の有名なシーン、ワーグナー「ワルキューレの騎行」を大音響でがなり立てながらナパーム弾をぶちこみ、「朝のナパーム弾のにおいは最高だぜ!」と言い放つ姿に、コンゴでの白人による現地民殺戮という過去が重ね合わされているのは言うまでもないだろう。『闇の奥』は植民地支配の非人道性を告発した、いや、『闇の奥』という作品自体にも西欧側の偏見が込められている──様々な見解からポストコロニアルの議論の対象となり、両義的な性質を帯びた作品だと言える。たとえば、藤永茂『『闇の奥』の奥──コンラッド・植民地主義・アフリカの重荷』(三交社、2006年)は、『闇の奥』をめぐる議論を踏まえながら、その背景にある植民地収奪の歴史をたどっている。

 こうした話題は別にして、やはり目を引くのはクルツ(「地獄の黙示録」のカーツ大佐)という人物の存在感だ。西欧の価値観の通用しない密林の奥地(そうであればこそ、白人による野蛮な暴力がむき出しになったわけだ)、さ迷いこんだ人間を倒錯した熱狂に駆り立てるような、“文明”という虚飾のひき剥がされた孤独。もちろん、物理的な意味で一人ということではなく、精神的に世界のまっただ中で一人宙吊りにされたような不安感。そうした感覚が体現された、不可解な凄みの恐ろしさと言ったらいいのか。

 なお、『闇の奥』の描写にはコンラッド自身がコンゴへ行った時の実体験や見聞が反映されており、クルツも複数の実在の人物がモデルとなっているらしい(Adam Hochschild, King Leopold’s Ghost: A Story of Greed, Terror and Heroism in Colonial Africa, Pan Books, 2006, pp.144-146)。

 中野好夫訳の岩波文庫版で読んだことはあったが、新訳が出たので購入。光文社古典新訳文庫のラインナップは結構好きなので頑張ってもらいたいところ。

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