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2009年11月 7日 (土)

正木恒夫『植民地幻想──イギリス文学と非ヨーロッパ』

正木恒夫『植民地幻想──イギリス文学と非ヨーロッパ』(みすず書房、1995年)

 ポカホンタス、コロンブス、シェイクスピア『テンペスト』、ロビンソン・クルーソー物語、キャプテン・クック、コンラッド『闇の奥』、シャーロック・ホームズ──。日本でもよく知られたエピソードや文学作品を読み直しながら、ヨーロッパが異世界と出会ったときにどのような眼差しを向けてきたのかを再検討する。

 意図的かどうかはともかく、“野蛮”イメージ(とりわけ“食人種”に注目される)を作り上げたことによる、相手文化に対して振るった暴力の後ろめたさへの正当化、さらにはキリスト教もしくは近代化の“偉大さ”の勝利。こうした発想によって欧米の植民地支配が“文明の福音”という名目で美化されていたことは周知の通りである。逆に、ルソーをはじめとしてよく見られる“高貴なる野蛮人”も、自分たち自身を批判するために作り出された他者イメージであった、その意味では相手文化の実際など閑却されていたという点ではやはりヨーロッパ中心的な視点がはらまれていた。いずれにしても、ヨーロッパからの一方的な他者規定が意識の奥底まで根深く巣食っていた様子が文学作品の些細な一節からも浮き彫りにされてくる。

 こうした眼差しは日本にとっても他人事ではない。本書の糸口となる竹山道雄『ビルマの竪琴』に現われた食人種の話や新井白石がシドッチを通して得た世界認識などは歴史上の一エピソードにとどまるかもしれない。だが、日本は近代化が不徹底だったから“侵略国家”になったのではなく、むしろ近代化=西欧化を進めてきたからこそ植民地主義的な眼差しをも内面化してしまったのではないかという問題提起はよく考えてみる必要があるだろう。

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