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2009年11月17日 (火)

蒋介石関連で5冊

 野村浩一『蒋介石と毛沢東──世界戦争のなかの革命』(岩波書店、1997年)は、地域割拠や国共対立といった国内の分裂、日本からの軍事的圧迫などの危機に直面した1920~40年代の政治状況について蒋介石・毛沢東の二人(前者に重きが置かれている)を主軸に描く。最終的に国民党が共産党に敗れたのはなぜなのかというテーマは中国現代史の大きな論争点の一つである。蒋介石の南京国民政府は、三民主義に基づいて中国の近代化を目指しつつも、統治体制の再編にあたって旧来的な政治文化をひきずっていたため、抗日戦争の中でそのほころびが表面化した。対して共産党は農民世界における郷村秩序の再編成を通して支持を集めたとされる。

 家近亮子『蒋介石と南京国民政府』(慶應義塾大学出版会、2002年)は、従来主流であった共産党中心の歴史解釈の中で国民党の位置付けが閑却されてきたという問題意識をもとに南京国民政府(台湾移転まで)をめぐる政治過程を分析する。地域割拠や国民党内の路線対立などで蒋介石の権力基盤は必ずしも強固ではなかったが、近代国家建設を担う政権としての正当性を内外に示すことを目指していた。国民党敗退の原因として、党の権力組織が国の末端まで行き渡っていなかった点を挙げる。孫文が示した軍政→訓政→憲政という政治プログラムは抽象的で、現実の政治状況は想定されていない。後継者が三民主義の解釈件を確立できなかったため情勢の変転に対応できなかった。各地の指導者が独自に三民主義を解釈して中央の方針と矛盾を来すことも生じた。上掲野村書では蒋介石政権の特徴として恩顧主義が挙げられていた。本書ではその恩顧主義が蒋介石への忠誠を強いるだけの片務的なものであり、国民党は中国国内の社会的資源を独占できず、従ってその配分ができなかったことが弱点になったとされる。他方で、南京国民政府期において国家建設に必要な基礎用件(とりわけ、人的資源の動員や対外的地位の確立)はすでに用意されており、中華人民共和国はこれらを引き継いだという意味で政治的継続性があると指摘される。

 パターナリスティックな訓政から国民主権の憲政へと移行するには、それにふさわしい近代的な国民を創出しなければならない。蒋介石は1934~49年まで新生活運動を発動した。段瑞聡『蒋介石と新生活運動』(慶應義塾大学出版会、2006年)はこの新生活運動に着目して蒋介石の政治理念や政治構造を分析する。思想的には、①儒教(→中国の伝統重視)、②ファシズム(→大衆動員)、③キリスト教(→欧米へのアピール)、④日本留学体験を通して武士道への関心(清潔と規律を重視。日本の武士道はそもそも中国の陽明学に起源があると認識→三民主義の儒教的解釈に影響)といった特徴が指摘される。新生活運動を大衆レベルで展開することで蒋介石のリーダーシップによる国家建設と現代的戦争形態に対応できる国家総動員を目指していたが、必ずしも成功したわけではなかった。蒋介石自身の直接的号令で行なわれたことは一見すると独裁者的だが、これを裏返すと、国民党組織を通じた指令が国の末端まで浸透していなかった、その意味で彼の権力基盤が国レベルでも党レベルでも弱かったことが浮き彫りにされる。

 大陸ではリーダーシップを確立できなかった蒋介石だが、国共内戦に敗北後、皮肉なことに撤退先の台湾で強固な独裁体制を確立する。松田康博『台湾における一党独裁体制の成立』(慶應義塾大学出版会、2006年)は、豊富な史料を活用しながら複雑に錯綜する政治力学を丹念に解きほぐし、国民党の権力機構が台湾で確立されていく過程を詳細に描き出している。国民党の中央集権化を阻んでいた最大の要因は軍事力を持って割拠する地方派閥の存在だったが、これらの軍隊は台湾に逃げ込んだ時点で縮小・解体され、地方派閥は完全に消滅した。“法統”にも危うい問題があったが、蒋介石はわずかなスキをついてギリギリの神経戦を勝ち残った。党の改造があらかた終わると、その大鉈を振るっていたC・C派の陳兄弟を実質的にパージ、蒋介石による“領袖独裁”が確立される。それは、中華民国総統と国民党総裁という二つの職務を兼任することで、総統として国軍と特務機関(中共との対立→スパイの不安→蒋経国が指揮する特務機関の活動→党や軍も見張る)を掌握、総裁として党を通じて中央・地方の行政にも指導を貫徹させる体制であった。他方で、①自律的・技術的に政策立案を追求するテクノクラートの存在、②アメリカの目を気にして“憲政”の建前、③“法統”維持という建前から立法院を存続(大陸で選挙できないから改選なし→不逮捕特権があるため蒋介石も手出しできなかった。民意の反映という点でたとえ不完全な方法であっても、いったん選出されたら体制内部でダイナミズムを引き起こす潜在力を秘める。かつては強硬派であったC・C派が、党中央との対立を契機に民主化を求める体制内野党に転じたという政治力学が興味深い)、④外省人支配の体制ではあったが地方議会選挙では台湾の地域派閥と妥協、以上のように国民党独裁体制ではあっても後の民主化につながる初発条件を内在していたとも指摘される。

 日本との関わりも含めて蒋介石の生涯をたどるには、保阪正康『蒋介石』(文春新書、1999年)が読みやすいだろう。

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