ジョナサン・マンソープ『許されざる国:台湾の歴史』
Jonathan Manthorpe, Forbidden Nation: A History of Taiwan, Palgrabe Macmillan, 2009
先史時代、海賊跋扈の時代、オランダ統治期、鄭氏政権、清朝、台湾民主国、日本統治期、国民党政権、アメリカ・中国の思惑の絡んだ冷戦期における複雑な立場も絡めて現代政治に至るまでの台湾の通史を描き出している。叙述は読みやすく、たとえて言うなら中公新書の『物語~の歴史』シリーズのような感じ。論調は民主派・本土派に同情的である。著者はカナダのジャーナリストらしい。日本語文献は使えないようで日本統治期についての記述は薄いが、全体としてはよくまとまっている(台湾の親日傾向については、差別はあったが近代化が進められたこと、清朝・国民党と比べて統治が合理的で腐敗はなかったことが挙げられており、通説の範囲内)。
2004年総統選挙における陳水扁狙撃事件から説き起こされるあたりはいかにもジャーナリストらしい書き方だ。海峡両岸の緊張関係の中で“台湾意識”の行方を探るところに関心のあることが示される。エピローグでは、2008年総統選挙を踏まえ、事実上独立しているが中国を刺激したくないという考え方が国民の間で主流となっている中、国民党の馬英九が“台湾意識”を無視できない一方で、民進党もアイデンティティ・ポリティクスの行き過ぎではアピールできないことが指摘される。
近代以前の歴史であっても、政治的立場によって捉え方が異なってくることがある。例えば、先史時代において台湾への最初に来住者は何者だったのか。南方から舟で流されてきたのか、それとも大陸から海峡を渡ってきたのか? いずれの遺跡も見つかっているのだが、日本の学者は南方系を強調し、中国の学者は大陸渡来を強調すると本書では指摘される(ただし、大陸渡来系の遺跡の存在を最初に指摘したのは金関丈夫・国分直一であったことには注意を喚起しておく)。こうした見解の相違が最も鮮明になるのが鄭成功の位置付けである。海峡両岸の双方とも、オランダ=ヨーロッパ帝国主義を駆逐した英雄という点で評価が一致する。国民党が明朝復興の大義を掲げて大陸反攻の機会をうかがっていた点で蒋介石になぞらえるのに対し、台湾独立派にとっては鄭氏政権の下で台湾の本格的な開発が進められた点で台湾人アイデンティティのシンボルとみなされる。日本統治期においては鄭成功の母親が日本人であったことが強調され、神格化された。
歴史をはるか振り返るときでも、そこに現在の価値意識が投影される点で「あらゆる歴史は現代史である」と喝破したのはベネディット・クローチェであった。歴史の捉え方と現代政治とは連動しており、陳水扁が死に物狂いで支持をかき集めようとしたとき、二・二八事件の記憶を動員したことはひときわ目立った(ただし、いまや白色テロを知らない世代が有権者となりつつある)。その点では、欧米人によって距離をもって書かれた歴史書も、当事者ではないからこそ一読の価値があるだろう。日本人の場合には植民地支配の問題があり、それを否定するにせよ、肯定するにせよ、ナーバスになってどうしても過剰な意識を持ちやすい。
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追記:この連休中、ちょっと台北に行って書店を見ていたら、文達峰(柯翠園訳)《禁忌的國家──台灣大歴史》(望春風世界文庫、2009年)というタイトルで中国語訳が出ていて、新刊台にも積まれていた。彭明敏が序文を寄せている。そう言えば、本文中にも彼からじかに聞いたらしい発言がよく引用されていた。
投稿: トゥルバドゥール | 2009年10月13日 (火) 01時07分