« 「空気人形」 | トップページ | 10月12日 帰国 »

2009年10月16日 (金)

陳翠蓮『台湾人の抵抗とアイデンティティ 1920~1950年』

陳翠蓮《台灣人的抵抗與認同 一九二〇~一九五〇》遠流出版、2008年

 日本による植民地支配において、日本国民であるはずなのに日本人ではないとして差別を受けた経験が共有され、台湾という範囲内で「日本人ではない」→「台湾は台湾人の台湾である」という意識が生み出された。この“想像された共同体”(ベネディクト・アンダーソン)意識が日本の統治が終わってからも継続し、戦後も目に見えない形で作用したという論点を本書は示す。また、植民地支配は日本/台湾=抑圧/被抑圧という単純な図式にまとめられるものでもなく、近代化の方向としての西洋、同族意識・祖国意識の拠り所としての中国といった要因も絡まり、西洋─日本─台湾─中国という複層的な連関の中で葛藤があったことも指摘される。

 従来の議論では、抑圧/抵抗という二項対立的な図式の中で民族運動を捉える傾向が強かった。それに対して、これまで不徹底とみなされてきた台湾文化協会の台湾議会設置請願運動についても、台湾人意識が明瞭に打ち出されていたことに注目される。大正デモクラシーの気運も利用して、自由・平等・人間の尊厳・法治主義といった近代的理念を目指すようになっていた。文化協会の活動の背景には、台湾社会全体の文明化という問題意識があった。とりわけ文化普及のための言語が問題となるが、漢字白話文かローマ字台湾文かという議論(つまり、たとえ口語であっても北京語は台湾の一般民衆になじみがない。しかし、ローマ字で台湾語を表記しようにも、漢字以外の文字には抵抗感があって普及せず)にも“台湾”アイデンティティをめぐる揺らぎが見えてくる。

 本書では、謝春木、黄旺成、呉濁流、鍾理和の中国体験も検討される。だいたいにおいて彼らは、第一に近代文明という指標から中国社会の後進性に気付く一方で、第二に同族意識・祖国意識から、これは帝国主義のせいだ、と同情的な見解を示していた。差異に気付きつつも、将来は中国と一緒になるべきだと考えていた。

 やがて日本の敗戦で植民地支配が終わり、国民党がやって来た。当初、台湾の人々は中華民国への“復帰”を歓迎した。同時に、彼らは台湾人自身による自治を望んでおり、それは近代的理念に基づくものであるはずだった。しかし、国民党政府は「台湾人は日本によって奴隷化教育を受けてきた」と差別視、有無を言わさず“中国化”政策を推し進めた(こうした偏見によって、台湾人自身による高等教育機関を目指した延平学院が挫折したケースも本書で取り上げられる)。プライドを傷つけられた台湾人は、これを再植民地化と受け止めた。かつて日本人に対して向けられた「台湾は台湾人の台湾である」という主張が、今度は中華民国に対して向けられた。こうしたギャップが二・二八事件で爆発する。支配/被支配の関係が意識形態そのものまで従属化された点でポストコロニアルの議論も援用される。

 なお、二・二八事件を近代化の差による文化衝突と捉える議論については、日本植民地近代化論=日本統治肯定論につながりかねない。だが、これはあくまでも、戦後中華民国政府による再植民地に対する反発→日本統治期への高評価という形で表われた抗争論述としての性格が強い点にも注意を促している。

|

« 「空気人形」 | トップページ | 10月12日 帰国 »

台湾」カテゴリの記事

近現代史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/46503016

この記事へのトラックバック一覧です: 陳翠蓮『台湾人の抵抗とアイデンティティ 1920~1950年』:

« 「空気人形」 | トップページ | 10月12日 帰国 »