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2009年10月18日 (日)

10月12日 帰国

【最終日・台北】
・朝8:00頃に宿舎を出て、MRT中山站近くの台湾料理店・青葉餐廳へ行く、が、依然として改装中のまま。近くの仮店舗へ行っても営業時間は11:00~となっている。一昨年に来たときは朝8:00からやっていたのだが。
・午前中の目的地、台湾大学近くの書店へ行くことにして、ラッシュ時のMRTに戻るのは面倒なので、タクシーを拾う。分かりやすいだろうと思って台湾大学と指示を出したのだが、ゲートが見えてきたので小銭を探している最中にずんずん奥まで入って行ってしまった。ついでだからキャンパス内を散策。正門から図書館まで続く椰子並木が壮観。9時10分、キーンコーンカーンコーンというチャイムは日本で聴くのと同じ音。学生たちはスクーター、自転車、徒歩と様々に足を速めている。雨模様なので、親に車で送ってもらっている子も見かけた。
・正門から出て大通りを渡り、さらに路地に入った。基本的に住宅街の雰囲気(たまに、古い日本式家屋も見かける)の中、喫茶店や食堂などお店もちらほら見かける一帯に、南天書局と台湾e店がある。両方とも台湾史関連の専門書を揃えている。南天書局は史料復刻や学術書出版もしており、レジの向こう側がパソコンに向かう人たちのいる部屋になっていたから編集部か。台湾e店は台湾独立派色が濃い。
・それぞれ棚をくまなく見て、関心のあるテーマの本を、持って帰れる範囲内に取捨選択しながら購入。台湾では植民地統治期の日本語文献も覆刻されていて、そのうち池田敏雄『台湾の家庭生活』(南天書局)を購入。『民俗台湾』(全8巻、南天書局)は迷った末に断念。黄栄燦という人に興味を持って(→こちらを参照)、横地剛『南天之虹』という本を探していたのだが、その中文版(陸平舟訳、人間出版社、2002年)を見つけ、購入。邱函妮『湾生・風土・立石鐵臣』(雄獅図書、2004年)という本は、立石鐵臣(→こちらを参照)の作品や当時の写真などカラー図版を豊富に盛り込んだ伝記で、私が欲しかった『台湾畫冊』も小型版ながら収録されており、掘り出し物だった。それから、『日治時期的台北』(国家図書館、2007年)には当時の写真や絵葉書がテーマ別に並べられており、興味深い。
・じっくり眺めていて、ふと時計をみたら、もう11時半。本のつまった袋をぶら下げて両手がふさがって重いのでタクシーを拾い、宿舎へ直行。トランクに本を詰め込んで、バタバタと慌しくチェックアウト。MRT西門站から台北站に出て、高速バスに乗って桃園国際空港へ。

【帰国】
・カウンターで航空券を受け取って、時間に少し余裕があり、朝食抜きだったので空港内の食堂で食事。注文口に並び、座席番号を尋ねられたので、確認のためにちょっと4,5歩ばかり外れたら、後ろに並んでいたじいちゃんたちがすぐに殺到して「台湾ビールはあるかい?」みたいな感じに口々にワヤワヤ、係のお姉ちゃんが「並んでお待ちください」と制止していた。なんか一昔前の日本の農協さんみたいでほほ笑ましい。
・台湾へ行くのにJALを使ったのは初めてなのだが、4つの言語で機内アナウンスが流れた。日本語、英語、北京語までは分かったが、4つ目の言葉が聞き慣れない。おそらく台湾語(ホーロー語)だろうと思いつつ、スチュワーデスさんに尋ねたら、やはりそうだった。そのスチュワーデスさんは台湾人で(きれいな人に意図的に声をかけるところが私のいやらしいところだ)、若い世代は北京語に慣れているが、台湾語アナウンスは年配の人向けとのこと。北京語は4声であるのに対して台湾語は8声。「時々、あなたの台湾語は違うなんて言われてしまいます」と苦笑いしていた。さっき空港で出くわした農協さんのようなじいちゃん・ばあちゃん向けか。チャイナエアラインでも台湾語アナウンスは流れていたっけ? 気にかけていなかったので覚えていない。
・行きの飛行機では、早起きして眠たかったので、白ワイン飲みながらボーっとして、「サマーウォーズ」をやっていたのでぼんやり眺めていた。評判の良い映画だった気がするが、つまらなくはないにせよ、そんなに絶賛するほどでもなかったぞ。
・帰りの飛行機では、なぜかやたらと喉がかわいていたのでビールを飲みながら、柳宗悦『民藝四十年』(岩波文庫)をゆっくり読んだ。“民芸”を、特殊に技巧的な美として見るのではない。有名無名、多くの人々が孜々として積み重ねてきた営み、そこにおいて、人間の意志的な努力と大きな意味での自然とが調和のとれているところに美を見出す。一言でいえば、不自然でないこと。土地により、民族により、それぞれの生い育った環境や伝統に応じて独自の美がある。植民地化=同化政策はそうした美を破壊するものであった。有名な「朝鮮の友に贈る書」では、「私には教化とか同化という考えが如何に醜く、如何に愚かな態度に見えるであろう。私はかかる言葉を日鮮の辞書から削り去りたい」と記しているが、皇民化政策が進められる戦争中、『民俗台湾』同人が柳を台湾に招いたのは、こうした柳の考え方に共鳴するところがあったからであろう。
・台湾時間14:40頃に少し遅れて出発したが、日本時間18:30頃、定刻通りに着陸。京成スカイライナーを初めて使って帰った。

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