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2009年9月29日 (火)

陶晶孫のこと

 先日、用事があって千葉県市川を訪れた折、郭沫若記念館があるのを知って立ち寄った。郭沫若は蒋介石に追われて、1928年、日本へ亡命、村松梢風の紹介で市川に居を構えたのだという。日中戦争勃発後は、日本人である妻・をとみを残して中国へ戻った。彼の旧家を復元・移築して記念館として整備されている。

 をとみの妹みさをと結婚したのが、郭の九州帝国大学医学部での友人・陶晶孫である。最近、金関丈夫のことを調べていたら、陶の名前もたまたま出てきたばかりだったので気になった。日本の敗戦直後の1946年、陶は台北帝国大学の後身・台湾大学医学院に衛生学科教授兼熱帯医学研究所長として赴任、留用されていた金関とも親しく付き合ったことが金関のエッセイに記されていた(たしか『孤燈の夢』に収録されていたと思うが、図書館で借りて読んで、いま手元にないので確認できない)。同じく衛生学者の杜聡明とも交流があったはずだ。

 陶は大学で医学教育に打ち込むが、二・二八事件や続く国民党による白色テロの暗い影は身近に迫っていた。1949年、大陸で中華人民共和国が成立、義兄・郭沫若がその要職に就いたため、陶自身も特務警察のブラックリストに載ったことを知る。1950年、日本へ亡命、市川に落ち着いた。倉石武四郎の招聘で東大文学部講師となったが、1952年、病死。死後、彼の日本語の文章を集めて『日本への遺書』(新版、東方書店、1995年)が刊行された。簡潔で、どこかユーモラスな筆致が人柄をしのばせる。

 陶晶孫は1897年、中国・無錫に生まれ、1906年、父に従って来日、東京・神田の錦華小学校、府立一中、一高、九州帝国大学医学部、東北帝国大学理学部に学ぶ。医学者として身を立てるが、文学にも造詣が深く、1921年には郭沫若らの創造社に加わった。

 厳安生『陶晶孫 その数奇な生涯──もう一つの中国人留学精神史』(岩波書店、2009年)は、陶晶孫を軸に郭沫若や郁達夫も絡め、大正教養主義の真っ只中に多感な青春期を送った中国人留学生の精神形成を描いている。彼らはいわゆる“旧制高校”的スノビズムに浸る中でヨーロッパ志向の高い教養を身につけた。彼らの文学活動の背後に、新中国建設という意気込みだけでなく、文学青年たちの同人誌ブームや大正生命主義などを読み取る指摘が興味深い。雑誌『創造』というタイトルも、確かにベルグソン『創造的進化』を想起させる。

 陶は1929年に中国へ戻る。上海の東南医学院に勤めたが、大学とは名ばかりの実態に失意、“魔都”上海の喧騒に耽溺する。文章を書き、プロレタリア演劇を立ち上げ、尾崎秀実やアグネス・スメドレーなどとも交流。1930年からは上海自然科学研究所に入った。そこでの陶の生活ぶりは佐伯修『上海自然科学研究所──科学者たちの日中戦争』(宝島社、1995年)に見える。この本は上海自然科学研究所に関わった日中の多彩な人物群像を詳しく調べ上げており、意外な人的つながりも見えてきたりしてとても面白い。できれば索引があればありがたかった。

 郭沫若記念館のガイドの方と話していて、陶晶孫の名前を出したら、彼の家は近くにあって、「子孫の方が暮らしていますよ、だいたいこの辺りです」と地図で教えてくれた。駅まで戻る途中である。風景はだいぶ変わっているはずだが、彼の歩いたと思しき道を私もそぞろ歩いた。

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» ユーモア、ゆとり、遊び [magnoria]
 臼井吉見さんの書かれたもので読んだんですが、陶晶孫という、日本で亡くなった知日派の中国の知識人がおりまして、この人が「日本への遺書」という著書を残しているんですが、その中で、日本人に欠けている二つの心情として、ユーモアとメランコリーというものを挙げているそうです。日本人は何でもむきになる。隣の団地の奥さんが子供にバレーを習わすと、うちも負けじと習わず。分不相応に高い月謝を払ってむきになってやらせる。何だかゆとりがない。ユーモアがない。それから、いわゆるメランコリー―物事を憂うつな目で見て...... [続きを読む]

受信: 2010年9月17日 (金) 23時37分

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