「花と兵隊」
「花と兵隊」
無謀なインパール作戦に従軍、敗戦後、動機はそれぞれだが帰国を拒み、そのまま六十余年タイ・ビルマに残った日本人たち。ブラジル移民の息子で日本へ帰ったところ徴兵された人。沖縄出身で、戦後、沖縄の惨禍を知り、親族も大半が死んでしまった人。自動車部隊出身で修理が得意であるとか、衛生兵出身とか、技術によって現地の人の信頼を得ている人が多いのが目立った。中国語が得意なので中国人になりすました人。戦後に進出してきた日本商社の代理人になった人。敗戦直後は日本兵への敵対心もあり、そこに現地の民族的対立も絡まり、ビルマ人の反日感情から逃れてカレン人に匿われたというケースもある。夫人が姉妹で近所に暮らしているのに、決して日本語で会話しない二人。理由は語られないが、逃亡生活の苦労から、現地の人に疑われないようにという暗黙の配慮なのか。
未帰還兵たちは齢九十を超えようとしている。幸いなことに、登場する彼らはみな良い伴侶に恵まれ、中には大家族に見守られながら息を引き取った人もいる。とっつきにくそうな老人が、亡くなった妻の若き日の写真にじっと見入る姿が印象的だ。彼らなりに充足した人生を送ることができたのか、ふとそんな安心感も覚えるシーンである。
緑鮮やかな南国の風景の中、彼らのたたずまいはのんびりしているようにも見えるが、戦争の影はいつまでも引きずっている。戦地での人肉食のシンガポールの中国人虐殺の経験を語る老人。「分かるか、分かるか?」と念を押しながら、どうせ分からないだろう、と言いたげな表情も浮かぶ。あるいは、「それは話せない」と表情は穏やかなままボソッとつぶやく人。老人なので耳が遠くなっているだろうし、普段は使わない日本語なので、途切れ途切れの短い断片的な語り。饒舌ではないからこそ、一語一語に込めた感情的な強さと、語りたくないつらさとがにじみ出てくる。
不運に死んでいった人たちの話も時折混じる。ある老人は、兵隊たちの骨を拾い、慰霊塔を建てた。無念を語る機会を得られないまま倒れた人たちのこと、彼らの心情を私は想像すらできないことに、胸がざわつくようなもどかしさがよぎる。
【データ】
監督:松林要樹
2009年/106分
(2009年8月30日、渋谷、シアター・イメージフォーラムにて)
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 【映画】「新解釈・三国志」(2020.12.16)
- 【映画】「夕霧花園」(2019.12.24)
- 【映画】「ナチス第三の男」(2019.01.31)
- 【映画】「リバーズ・エッジ」(2018.02.20)
- 【映画】「花咲くころ」(2018.02.15)
「ノンフィクション・ドキュメンタリー」カテゴリの記事
- 武田徹『日本ノンフィクション史──ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』(2019.02.04)
- 髙橋大輔『漂流の島──江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』(2019.02.02)
- チャイナ・ミエヴィル『オクトーバー──物語ロシア革命』(2018.02.20)
- 稲葉佳子・青池憲司『台湾人の歌舞伎町──新宿、もうひとつの戦後史』(2018.02.13)
- 佐古忠彦『「米軍が恐れた不屈の男」──瀬長亀次郎の生涯』(2018.02.14)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント