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2009年9月 1日 (火)

「花と兵隊」

「花と兵隊」

 無謀なインパール作戦に従軍、敗戦後、動機はそれぞれだが帰国を拒み、そのまま六十余年タイ・ビルマに残った日本人たち。ブラジル移民の息子で日本へ帰ったところ徴兵された人。沖縄出身で、戦後、沖縄の惨禍を知り、親族も大半が死んでしまった人。自動車部隊出身で修理が得意であるとか、衛生兵出身とか、技術によって現地の人の信頼を得ている人が多いのが目立った。中国語が得意なので中国人になりすました人。戦後に進出してきた日本商社の代理人になった人。敗戦直後は日本兵への敵対心もあり、そこに現地の民族的対立も絡まり、ビルマ人の反日感情から逃れてカレン人に匿われたというケースもある。夫人が姉妹で近所に暮らしているのに、決して日本語で会話しない二人。理由は語られないが、逃亡生活の苦労から、現地の人に疑われないようにという暗黙の配慮なのか。

 未帰還兵たちは齢九十を超えようとしている。幸いなことに、登場する彼らはみな良い伴侶に恵まれ、中には大家族に見守られながら息を引き取った人もいる。とっつきにくそうな老人が、亡くなった妻の若き日の写真にじっと見入る姿が印象的だ。彼らなりに充足した人生を送ることができたのか、ふとそんな安心感も覚えるシーンである。

 緑鮮やかな南国の風景の中、彼らのたたずまいはのんびりしているようにも見えるが、戦争の影はいつまでも引きずっている。戦地での人肉食のシンガポールの中国人虐殺の経験を語る老人。「分かるか、分かるか?」と念を押しながら、どうせ分からないだろう、と言いたげな表情も浮かぶ。あるいは、「それは話せない」と表情は穏やかなままボソッとつぶやく人。老人なので耳が遠くなっているだろうし、普段は使わない日本語なので、途切れ途切れの短い断片的な語り。饒舌ではないからこそ、一語一語に込めた感情的な強さと、語りたくないつらさとがにじみ出てくる。

 不運に死んでいった人たちの話も時折混じる。ある老人は、兵隊たちの骨を拾い、慰霊塔を建てた。無念を語る機会を得られないまま倒れた人たちのこと、彼らの心情を私は想像すらできないことに、胸がざわつくようなもどかしさがよぎる。

【データ】
監督:松林要樹
2009年/106分
(2009年8月30日、渋谷、シアター・イメージフォーラムにて)

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